終わらない呪い
「ありがとう、ありがとう冒険者さん、君のおかげで村は救われた! ――まさか、新人と聞いていた君がここまでやれるなんて……!」
「ええっとコリーさん、すごく勘違いされてます、私はほとんどなにもしてないのです……」
元の青年の姿に戻ったコリーは、病床につきながらもリリィに礼を言っていた。
リリィも少しは力になったかもしれないが、他二人の功労者と比べてしまい、恐縮していた。
「すや~……名誉、うまうま……」
「……一番がんばったのはたぶん、クリスティーナさんです」
その片割れであるクリスティーナは、膝を抱え小さく丸まりながら、ぐっすりと眠っている。
ジーノの手によって簡単な処置を施された彼女は、至るところに包帯が巻かれていた。
「クリスティーナが……ばかやろう、あんな酷いこと言ったってのに……」
コリーはクリスティーナの寝姿に視線を向け、複雑な表情を浮かべる。
蒸気を発した燃えるような〝血〟に、村人コリーからの罵倒。
部外者が立ち入るには、なにか複雑な事情があると思ったリリィは、これ以上の質問をさけた。
結果として気まずい沈黙が訪れてしまい、リリィは世間話をするつもりで、こんなことを聞いた。
「コルトン村は、クリスティーナさんの故郷って聞きました。彼女のご両親って、どなたなんでしょう? この建物には、村人さん全員がいるはずですよね」
荒療治を行った建物には、依然として村人全員が集められている。
激しく苦しむ者はいなくなったが、元気溢れるとはほど遠い空間だ。
ときおり、咳の声が響いた。
「ああ……いや、その……クリスティーナの両親は……」
「あっ――もしかして、もう亡くなって」
「いや、元気だ。……元気、のはず」
リリィにはその答えがどういうことか、分からなかった。
なにか悪いことを聞いてしまったかとリリィが思っていると、コリーが口を開く。
「クリスティーナの両親は、この村にはいない。村の人間だったが……クリスティーナが生まれてからは、少し外れた場所で暮らしてる」
コリーはそれ以上、語ろうとはしなかった。
リリィの脳裏に、ある心配がよぎる。
「この建物にはいない、ってことですか? そ、それじゃあもし、ヴァンパイアに襲われていたら」
「――そしたら私が止める! それが私の名誉だ!」
隣で寝ているクリスティーナが宣言する。さらに続ける。
「それに大丈夫だ。あの場所には、私の〝血〟を撒いておいたから――すや~……」
「って、今の寝言なんですっ!?」
まるで会話してるかのようなやり取りだったが、どうやら今のは寝言らしい。
「ほっ……でもよかった、クリスティーナさんがそう仰るなら、大丈夫なんでしょうね。これで、コルトン村はヴァンパイアから救われ――」
クリスティーナの言うことを、不思議と信じることのできるリリィ。
だがそこに――凶報がもたらされる。
「残念だがまだ終わっていない。――コリー君と言ったな、この子は?」
「この子は私の娘で、名はエミリー……な、なんですか、終わっていないって……私の娘も、救われたんですよねっ!?」
ジーノが抱えてきたのは、コリーの娘のエミリーだった。
コリーの隣に寝かされたエミリーは、人間の少女の姿のまま、未だ荒い呼吸を繰り返していた。
「薬は確かに塗った。ヴァンパイアの灰の分量を間違えたわけでもない。なのにまだ、この子だけが苦しんだままだ。まだ、終わっていない」
「そんな、どうしてっ! お、お医者さま、娘は治るんですよね!? ヴァンパイア化した私たちを治してくれたあなただ、苦しんでいるだけの娘を治すくらい、わけないはずじゃ!」
コリーは痛む体を起こすと、ジーノに泣きついた。
ジーノが語り始める。
「まず二つ訂正することがある。俺は医者じゃなくて、錬金術師だ。そして、村人の皆さんがかかったのは、ヴァンパイア化ではなく、眷属化だ」
「じ、ジーノさんっ、今はそんなことどっちでも――」
「こちらのほうが分かりやすいと思ってな」と、ジーノは一呼吸おくようにして言うと、続けてこう告げた。
「エミリーがかかっているのは、まぎれもなくヴァンパイア化だ。だから、眷属化を治す素材や要領では、治療には至らなかった」
リリィはその言葉を聞いて、絶望の表情を浮かべてしまった。
「ヴァンパイア化!? じ、じゃあこの子が噛みつかれたヴァンパイアって、まさか――真祖!?」
「そうだ。ただのヴァンパイアに噛まれた場合には眷属化するように、この子は真祖に噛まれたことによって、ヴァンパイア化の症状が起きている。だから、あの薬では治らなかった」
村人のコリーでもその名を聞いたことくらいはあるのだろう。同じように、肩を落とす。
「し、真祖……そんなっ……冒険者に依頼するとき、真祖だけはどうにもならないって言われた、あの……!」
「はい……ヴァンパイアの始祖にして、王。魔物の中でも極めて高位の存在で、究極の技術は時を操るとまで言われている――伝説上の魔物です」
どうにもならない。
真祖とは、そういう相手だ。
リリィはかすかに震えながらも、「で、でもっ」と、ジーノに聞く。
「戦って勝つのは無理でも、治療方法には関係ないのではっ」
「いや、関係ある。真祖の呪いを取り除くには、真祖の灰が必要になる」
すなわち、真祖を討ち取るしかない。
余計に絶望するだけのことをしたリリィは、自分の失態を悔やんだ。
コリーは頭を抱えながら、ジーノに聞く。
「む、娘は、どれくらいまで保つんだ……」
「日没までだ」
時刻はとうに正午をすぎ、茜色の夕陽に変わろうというころ。
もとより冒険者に依頼することはかなわない。
打つ手はもう、なにもなかった。
「コリー君、少し娘を借りるぞ」
絶望が支配する空間で、しかしジーノはそう言うと、少女の手首を短剣で斬りつけた。
「な、なにを――」
「真祖をあぶり出す。おい、この村の近くに深い洞窟か、もしくは古城跡はないか。いるとしたら、その周辺だ」
ジーノの両腕にはオーラが宿っていた。
切り裂いた短剣はガラス製で、元は小瓶だったらしく、もう一度小瓶に姿を変える。
少女の血を、その小瓶いっぱいに入れていた。
「あ、あぶり出すって、なにするつもりですかジーノさん! ま、まさか真祖を――」
「ちょっと行って狩ってくる。他の患者を頼んだぞ、リリィ」
少女の傷を治し、「おっ、地図があるじゃないか」と、ジーノは部屋の壁に地図があったのを見つけて、取り外した。
「じ――冗談ですよね? S級冒険者はおろか、魔王を倒した、あの勇者さんでもかなうかどうかの相手なんですよ!? 〝伝説級〟の魔物なんですよ!?」
「そうなのか? 伝説とか、俺にはよくわからんが」
「採取地にこもっていたからな」と、ジーノは無表情に答える。
「エミリーは置いていく。現地で治療した方が早いだろうが、さっきみたいな混戦になるのも厄介だからな。クリスティーナには起きたらよろしく伝えておいてくれ」
ジーノは本当に、「ちょっと行く」感覚でそう告げる。
だが、問題はまだある。
「ま、待ってくれ医者の――錬金術師の人! 古城跡はあるにはあるが、日没に間に合うような距離じゃないぞ! 早馬なんてコルトン村にはないし――第一、あなたは裸足で」
「裸足なのはいつものことだ。馬も必要ない」
ジーノは最後にこう言い残した。
「この辺りは、魔物猪の生息地だからな」




