野生児ジーノ
「おい速度が落ちてるぞ。日没まであと二時間もないんだ、気合いを見せろ」
「ブ、ブヒィィィィっ!?」
ジーノは今、颯爽とワイルドボアにまたがっていた。
ワイルドボア――体長二メートルを超す、魔物化した猪のことである。
時は少しさかのぼる。簡単に解説するとこうだ。
村を飛び出たジーノは、作製した罠でワイルドボアを誘い出し、ワンパンで倒した。
そして、服従させた。説明は以上である。
「違うぞワイルドボア、古城跡はもっと西だ」
「ブヒブヒィィ!」
口から大きく伸びた牙をつかんで、巧みに方向転換するジーノ。
とても手慣れた操縦テクニックだった。
そうやってしばらくワイルドボアと森を突き進んでいると、進む先に古城跡が見えてきた。
体力のかぎり走ったワイルドボアは、勢いを殺せずにその古城跡の正門前まで突っ込んだ。
「よしよしご苦労だったな。帰りもがんばってもらうつもりだから、しっかり休め」
「ブヒ!? ……ブ、ブヒィィ……」
逃げられないと悟ったワイルドボアは、返事をするように納得するしかなかったのである。
「だいぶ長いあいだ――きっと何百年と、人の出入りはないみたいだな」
古城は丘の上にあった。
白色の外壁はくすんでいて、苔むしている。
城壁には根を下ろした木々が伸び、その長さは尖塔よりも高くをいっていた。
「――いるな」
城のすぐ外にいたジーノは、野生の勘か、あるいは臭いでも嗅ぎわけたか。
少女の血が入った小瓶を取り出すと、それを半分地面に垂らした。
「隠れていないで出てこい。ごちそうの時間だ」
しんとした沈黙だけが返ってくる。
その時――背後の木で羽を休めていた森の鳥たちが、この場を離れていった。
「なにやら獲物の匂いがすると思ったら――これはこれは、実に数世紀ぶりの来客だ」
「お前が真祖だな」
いつの間にそこにいたのだろうか。
城のバルコニーの椅子に腰掛けていたのは、一体のヴァンパイア。
口からのぞく牙に、赤い目。そして――しわひとつない黒の礼服。
今まで見てきたヴァンパイアもそうではあった。
だが、このヴァンパイアからは、格別の気品が備わっている。
「いかにも。余こそ、全てのヴァンパイアの始祖にして父。真祖と呼ばれる存在である」
――真祖。
ヴァンパイアの頂点が、ジーノを見下すかのように出迎えていた。
「薄汚れた人間よ、我が居城に何用で立ち寄った。そしてなぜ貴様が、あの少女の血を持っている」
真祖はバルコニーのデッキチェアに深々と座っている様子だった。
優雅にグラスを掲げていたが――その中身はワインなどではないだろう。
「真祖をおびき出すために採血した。あの少女の血が、だいぶお気に召したようだな」
「おまえ、か。無礼な男よ。軟弱な人間と違い、余は何世紀もこの地を守護してきたというのに」
皮肉めいた言い方をするジーノだったが、真祖はその気品を崩すことはなかった。
冗談を受け流すようにして、話を続ける。
「いずれにせよ、その少女の血を持っているということは、貴様はあの辺鄙な村の住人だということ。……妙な話だ。あの少女以外は今頃、少女を守るための眷属となっているはずだが」
「それなら治した」
真祖はグラスを傾ける。
ジーノの短い返答に、わずかのあいだ考え込んだ真祖は、こう聞く。
「眷属化を解く方法は一つしかない。我々一族の遺灰を花と混ぜる方法だ。どういうことか理解できるかね――いや、待て」
真祖はなにかに気づく。
「もしや貴様か。我が一族を狩っている者とは」
「狩ったつもりはない。そっちから襲いかかってきたから、返り討ちにして素材に変えただけだ」
一族を手にかけている。
それを聞いた真祖の気品が、感情が露呈したことで、崩れた。
「そうか、貴様だったか。それは――良いことを聞いた、クク、フハハハハ!」
怒りではなく――喜びの感情で。
真祖は笑うのをやめた。その表情には、まだ嬉しさがくすぶっていた。
「貴様を探していたところだったのだ。大事な子供たちを手にかけた者に、裁きを与えようとな。安心したまえ、ただでは殺しはしない。至上の拷問で、たっぷりと苦痛を――」
「時間がないから要点を言う。次はお前だ、真祖」
ジーノは長話に付き合うつもりはないと言いたげに、真祖の話をさえぎる。
「真祖の灰を採取しにきた」
お互いに、死刑宣告をかわす。
年長者の余裕を見せていた真祖の表情がぴくりとつり上がる。
「……なるほど、少女のヴァンパイア化を解くためにここまで来たわけか。ならば、取り引きをしないか」
「取り引き?」
グラスを揺らし、その中身が――血のワインが波立つ。
「今までの非礼と、余の一族を手にかけたことを詫びるつもりなら、少女の呪いを解き、忘れてやらんでもない。贖罪の方法はもちろん、貴様のその身を拷問にかけること」
「はぁ……何言ってるんだ、逆だろ」
一族を手にかけていたことは理解できた聡明な真祖でも、今の言葉は理解ができなかった。
「逆……?」と、その意味を尋ねる。
「お前は村を襲い、眷属化とヴァンパイア化を行った。久々の来客ってことは、村人がこの城になにかしたわけでもない。ただ平和に暮らしていた村に手を出した。――なら、逆だろ」
数世紀も生きているだろう天上の存在。
「お前が謝れ。謝って少女を治すっていうのなら、許してやってもいい」
指をさし、そんな存在に堂々と、ジーノは言い放つのだった。
「許してやってもいい……だと……!?」
真祖は、傲岸不遜な態度の人間に、手にしていたグラスを握りつぶす。
「下等な人間が、余の怒りに触れたな! よかろう、望みどおり、死を超越した苦痛を味わわせてやろう!」
気品あふれる真祖が、凶悪な魔物の気配を表出させた。
それが合図か、どこに潜んでいたのかも知れぬヴァンパイア二体が、ジーノに襲いかかる。
が――ジーノはその二体の頭を掴むと、その頭どうしをぶつけて一瞬で灰に還した。
「日没まで時間がない。早めにかたをつけさせてもらう」
その両腕には、炎のように揺らめく無色のオーラがあった。
「クク、よいのか? そのヴァンパイアも、元は人間だぞ」
「ここまで魔に染まったら、もう元には戻せない」
戦闘態勢には移行済み――なのだがもちろん、普通の灰も見逃したくないジーノなので、ドサっと地面に落ちた灰を、せっせと集めながらのセリフではあるが。
「余に背を向けるとは、無礼を重ねる――」
「よし集め終わった! ――そこで待ってろ、こちらから行く」
しゃがみ込んでいたジーノは、その態勢のまま、オーラの宿った手のひらを地面につける。
「技術・整地」と言うと、地面を盛り上がらせて足場を作る。
真祖がいるバルコニーに、一気に乗り込んだ。
「灰はいただくぞ、真祖」
「フハハハ! どの時代にも、無謀な男はいるものよ!」
みすぼらしい格好で裸足の人間と、しわ一つない礼服に身を包む魔物。
両極端な存在が、ここに対峙する。




