8 初めての護衛依頼(1)
私は魔伝言鳩を片手に悩んでいた。
市場に向かおうと裏門に来てから、かなりの時間が経過している。
「あ~、どうしよう。やっぱり迷惑よね。でも一人で市場にいる所を見つかったら、怒られちゃうだろうし」
ライオネル様に護衛依頼の魔伝言鳩を送ろうと試みるが、やっぱりやめるというのを繰り返していた。
「でも、いいって言われたし、大丈夫よね? ――よし、やるぞ」
私はやっと腹をくくった。
魔伝言鳩を使うのは初めてだが、魔道具の使い方は一般教養として一通り勉強してある。
目を閉じて魔伝言鳩を口元に持って来て、送りたい相手、ライオネル様を頭の中でイメージして……。
「アイリスです。これから市場に行きます。お忙しいと思いますが、護衛をお願いできますか? 神殿の裏門で待ってます。よろしくお願いします」
私は小声で呟きながら、持っている魔伝言鳩に向かってペコペコと頭を下げた。誰も見てないからいいけど、かなり不審な行動に違いない。
私が言い終わると紙の鳩は仄かに光り、立体の白鳩に姿を変える。そしてパタパタと翼を羽ばたかせて飛び立ち、空中でスッと姿を消した。
「あ、行っちゃった」
魔伝言鳩を見送った後になって、急に後悔の念が湧き上がってくる。
(来てくれるかな……? 仕事中に送ったりして迷惑だったんじゃないの? そもそも、こんな平民の見習い聖女の私が副団長様を呼び出すなんて、おこがましいにもほどがあるわ! うぅ、やっぱり出すんじゃなかった……)
ぐるぐると悪い思考が止まらなくなった。
裏門の外の塀に寄りかかって待っていると、見覚えのある長身の人影が近づいてくる。
(ライオネル様だ! 来てくださったんだ!!)
恐縮する気持ちもあるが、素直に喜びで胸が高鳴った。
「待たせたな」
「ライオネル様、ありがとうございます。今日は、よろしくお願いします!」
なぜか気恥ずかしさが込み上げてきて、思いっきり頭を下げた。
「あぁ。じゃ行くぞ」
「はい!」
スッと踵を返したライオネル様の背中を追いかけた。
相変わらず市場は賑わいを見せている。
「フォーレン副団長、お疲れ様です」
「あぁ、ごくろう」
市場の警備をしている騎士様が、ライオネル様に気づいて挨拶をした。
(そういえば、最近よく騎士様を見る気がする。スリとかも多いって言っていたし、市場どうしたんだろう。今までそんなことなかったよね……?)
「……ん?」
どこからともなく食べ物の甘い香りが漂ってきたので、私は大きく息を吸った。
最近は大聖女様やフェリシティ様がいらっしゃるからか、シャーロット様達の嫌がらせも一旦落ち着いている。だから昼食は食べてはいるが、夕方のこの時間になると小腹がすいてくる。
(いい匂いだな~。なんだろう? どこか懐かしい香りだけど)
辺りを見回してみると、揚げ菓子の屋台に目が止まった。
(あっ、揚げ菓子だわ! 懐かしい!)
私の故郷のマール村ではお祭りの時とか、特別な日だけに食べるお菓子だった。
屋台に気を取られていたら、ドンッと前の人にぶつかってしまう。
「わっ、すみません!」
「いやいや、平気さ。お嬢ちゃんも大丈夫かい?」
ぶつかった人は中年の旅人風の男性だった。その人は私の顔を見るなり、ニヤニヤとしてどこか不気味だ。
「お嬢ちゃんは一人かい? 良かったら街を案内してくれないかな? おじさん、今王都に来たばかりで困っているんだ」
「えっと、ちょっとそれは……」
気味が悪くて一歩ずつ後ずさりするが、その男も同じだけ近づいてくる。そしてその男が私に向かって手を伸ばしてきた。
(――ひっ、怖いっ)
「俺の連れに何か用か?」
腕を引かれ、ライオネル様の後ろに庇われた。
「ライオネル様っ!」
「へ? 騎士……、いや、その、あはは……」
旅人風の男はライオネル様を見るなり、明らかに動揺している。
「街案内が必要というなら、騎士団の者を紹介するが?」
「あー、いやいや、大丈夫でっす! 何となくわかりましたんでっ」
そう言うや否や、逃げるように走り去っていく。私はほっとして大きく息を吐いた。
「すまなかった。目を離した俺の責任だ」
「いいえ、そんな、私がよそ見をしてたのが悪かったんです。本当にありがとうございました」
「……よそ見? 何を見ていたんだ?」
「あ、えっと……、揚げ菓子を……」
恥ずかしくて小声になってしまう。
「揚げ菓子……?」
ライオネル様が屋台の方に視線を送る。すると屋台に向かって歩いていった。
どうしたんだろうと見ていると、包みを片手に持って戻ってきた。
「詫びだ」
紙の包みを差し出される。
「え? そんな、申し訳ないですよ!」
私はぶんぶんと両手を振って断る。元々は私が悪いのに、ライオネル様に気を遣わせてしまったようだ。
ぐ~っ。
袋から食欲をそそるいい匂いがして、おなかが鳴ってしまった。
(私のおなかは正直だわ……、恥ずかしい……)
「腹が減っているのだろう? 遠慮するな」
「あ~、あの……、はい。じゃあ、いただきます。ありがとうございます」
「あぁ」
受け取った包み紙は温かく、開けると一口サイズの丸い揚げ菓子がコロコロと何個も入っていた。こんがりとした狐色で、表面には砂糖がまぶしてある。
(とっても美味しそう! 折角なので温かいうちにいただきます!)
私は一つつまんで口に入れた。
「わぁ、おいしい……」
表面はサクッとして、中はふわっとした食感に、ほのかな甘さが口いっぱいに広がった。今まで食べた揚げ菓子の中で一番おいしい。
……それなのに、私の心はどこか物足りなさを感じていた。
私が知っているものは、砂糖なんてあまり付いてなかったし、色だってもっと黒っぽくて、食感もべちょっとしてた。
でも家族みんなで分け合って食べた、特別なお菓子。あれがまた食べたいって思うなんて……。
心の奥から切なさが込み上げてくる。私は湧き上がる気持ちを誤魔化すように、口いっぱいに揚げ菓子を頬張った。
口にいっぱい入れた状態でライオネル様と目が合ってしまう。ライオネル様はじっとこちらを見ていた。
(わ、見られてるわ!)
私は慌てて咀嚼する。
「……ふっ。くくっ」
突然、ライオネル様が口元を押さえ、静かに笑い声を上げた。
驚いてまじまじと確認したが、間違いではない。いつも表情を崩さないライオネル様が笑っている。それにしても美形の笑顔って破壊力が半端ない。
「君は、まるでリスみたいだな。くくっ」
(リス……、ですか。確かにちょっと口に詰めすぎましたが……)
恥ずかしくて、顔を隠すように俯く。




