6 家族との別れ
私はパエンドール王国の北西に位置するマール村で、優しい両親、五つ下の可愛い妹と慎ましやかに暮らしていた。
「おねーちゃん。まってっ」
私が家の前の畑に向かって歩いて行くと、妹のアニーが小さな歩幅で一生懸命に走ってついてきた。くるくるの赤毛が風になびいている。
「おねーちゃっ……きゃっ」
どてん。
「……う、う、うぇーん。いたいよぉ。わ――んっ」
「アニーッ。大丈夫?」
後ろで転んで泣いているアニーに駆け寄り、抱き起こす。彼女の手のひらと膝が擦りむけて血が滲んでいた。
「大丈夫よアニー。お姉ちゃんがすぐに治してあげるわ」
私が傷に手をかざすと白い光が溢れ、みるみるうちに治っていく。アニーは潤んだ瞳を目一杯広げて、光を見つめている。
「わぁっ、おねーちゃん、すごぉい。もういたくなぁい」
「ふふっ、そう? 良かった」
私に魔法が使えるのが分かったのは、怪我をしたアニーを助ける時だった。
お転婆なアニーは木に登り、落ちたことがある。頭を打ってぐったりしているアニーを助けたいと思った時、身体の中から力が溢れ出して、白い光がアニーに降り注いだ。その光のおかげでアニーは目を覚ましたのだ。
自分でも何が起こったか分からなかったけど、妹を助ける力があって嬉しく思った。
――八年前。私が十歳の時、家族との別れは突然やってきた。大量の魔物が私達の住む村を襲ったのだ。
「魔物が出たー。逃げろー!」
村人の悲鳴が聞こえ、私の父を含めた村の男達は鍬などの農具を持ち、魔物を食い止めに行った。老人や女子供は着の身着のまま逃げた。
母はアニーをおんぶし、私の手をしっかりと握る。しかし、人混みに紛れ手が離れてしまう。
「きゃっ、お母さんっ」
「ア、アイリス――ッ」
私を呼ぶ声が遠ざかっていく。私は人の波に流され、母を見失ってしまった。
母と妹と合流できないまま、私は騎士様に助けられた。騎士団の設置した避難所には、次々と人々が逃げ込んでくる。
多くの怪我人も運び込まれ、騎士団に同行した聖女様達が怪我人の治療に当たっている。
私は父や母、妹が無事で逃げてくるのをずっと待ち続けていたが、いつまで経っても皆は来ない。
その後、騎士団によって魔物は討伐されたが、魔物による被害は甚大で、多くの命が奪われてしまった。
避難所に運び込まれる遺体を前に泣き叫ぶ人。助けてくれと聖女様に詰め寄る人……。
聖女様は遺体に回復魔法をかけ、傷口を塞ぎ綺麗な状態にしてくれた。
――まるで眠っているだけのように見える遺体が並ぶ中に、父、母、アニーの姿を見つけてしまった。
私は駆け寄り、泣き崩れる。
「うぅ……うっ、いや、いやよ。お父さん、お母さんっ……。ぐっ、アニー……」
私は手をかざし、力いっぱいアニーに向かって魔法を注いだ。白い光が小さな身体を照らす。
「お願いっ、目を開けてっ」
目の前がぐらりと回っても、呼吸が苦しくなっても、懸命に力を放出した。
「もう、お止めなさいっ」
後ろからそう言われて肩を掴まれた。
「もうこれ以上魔力を消費すれば、あなたの命が危ないわ」
びっくりして振り返ると、聖女様が心配そうに見ている。
「で、でも、これで治ったんですっ。だからっ」
聖女様は頭を左右に振った。
「回復魔法は亡くなった方を蘇らせることはできないの」
「でも、でもっ、うっ……ぐっ」
嗚咽で喋れなくなった私を、聖女様が優しく抱きしめてくれた。
その後、貴重な聖属性の魔力を持っていると判明した私は、そのまま王都の神殿に引き取られることになる。
神殿では見習い聖女として入れるのは十三歳からなのだが、孤児になった私は特別、神殿に置いてもらえることになった。その代わり、文字の読み書きや一般教養、聖女の歴史など、見習いになる前に勉強しなければならないことは多い。
田舎の孤児の私が神殿に入るのを反対する者もいたが、当時の大聖女様が取り計らってくれたらしい。
実は私を抱きしめてくれた聖女様は、大聖女様だったのだ。今は引退されてしまったけど、とても慈悲深く素晴らしい大聖女様だった。
「失う哀しみを知っているあなたなら、きっと立派な聖女になれるでしょう。一緒に神殿に来ませんか?」
そう誘ってくれた先代の大聖女様の優しい眼差し。
『聖女になる』
それは何もかも失ってしまった私の、生きる希望になった。
◇ ◇ ◇
静かな夜。何度も寝返りを打ったが、結局眠れずにベッドから起き上がった。
この部屋は住み込みで働いている使用人用の部屋で、ここに来た八年前から使っている。ギシギシと軋む年季の入ったベッドに、古びた家具、最低限の物しかないが、田舎の家より遥かに豪華だ。
ガタガタッ。
少し建付けの悪い窓を押し開けると、冷たい夜風が入り込んできた。空には少し欠けた月が輝いている。
ふと窓際の机の上に目が止まった。月明かりに照らされているのは、ライオネル様から渡された魔伝言鳩だ。
そっと鳩の形をした白い紙を一枚取り、今日の出来事を思い返す。
(ライオネル様って不思議な人よね……)
氷の副団長様と呼ばれてるのに、クレープ奢ってくれて、平民の見習い聖女の護衛をしてくれるって言うし、こんな高価な魔道具をほいほい人にあげちゃうし。そして、とても妹想いだし。
月のような金色の瞳をし、夜風のようなひんやりとした空気を纏っていて、一見近寄り難そうな雰囲気なのに。
「本当、不思議な人……」
これから護衛を頼むのは気は引けるけど、どこか楽しみな自分もいる。
私はもう一度、夜空を見上げた。




