39 未来は甘く続いていく
私は連日、魔術師団研究所を訪れていた。
神聖魔法には魔物による傷を治すだけでなく、魔物に対する忌避効果があると分かった。そこで神聖魔法を様々な所で活用できないかと、魔術師団と共同研究をすることになった。
例えば、神聖魔法の聖水を霧状にし、魔物に噴射すれば撃退できないかとか、壁に神聖魔法の効果を付加すれば、魔物用の防御壁ができないか、とか。
共同研究というより、一方的に実験台にされてる感が否めないが……。
でも、人々の役に立つのなら、それもいいかと思っている。
ライオネル様も自分で魔力抑制魔法を解いてしまったが、自分の魔力を受け入れ共に生きていくことに決めたらしい。そして今度は、この魔力を上手く魔物討伐の為に活用できないか考えると言っていた。
研究室でアンディさんの手作りアップルパイを食べながら視線を移すと、ライオネル様と魔術師団長様は真剣にお話をしている。
実は魔術師団研究所までの護衛を、ライオネル様がやってくれている。それは大聖女様が特別に取り計らってくださったからだ。
『貴方の護衛を、フォーレン副団長殿にお願いしました。婚約したばかりなのに、お互い多忙でなかなか会えないのでしょ? 私からの婚約祝いです』
大聖女様の言葉を思い出す。
……そう、婚約。私達は正式に婚約しました。
夢を見ているようで、今でも信じられないし、実感が湧かない。
「アイリスちゃん、味の方はどう?」
アンディさんに話しかけられて、現実に引き戻される。
「あ……、お、おいしいです!」
「今、別の事考えてたでしょ~。ま、いいけどさ~」
「あ、いえ、本当においしいですよ!」
研究所に来るたびにアンディさんは手作りのお菓子をご馳走してくれるのだけど、段々とレベルが上がってきているのは確かだ。どこを目指しているのだろうか……。
私がアップルパイを頬張っていると、アンディさんがライオネル様の方に視線を送り、独り言みたいに呟いた。
「……あいつはさ、淋しいなんて言わないし、一人で色々抱えちゃうからさ~、ずっと一緒にいてやってよ」
「アンディさん……」
「あいつをよろしく頼むね~」
「……はい」
私が頷くと、アンディさんはいつもの茶目っ気のある笑顔とは違う、優しい顔で笑った。
馬車が神殿の裏門の前で止まる。
いつものことながら、やっぱり別れ際はつらい。またすぐに会えるんだし、気持ちを入れ替えないと。
ライオネル様に手を引かれ馬車を降りて手を離そうとすると、逆に掴まれた。
「アイリス、この後、少し俺に時間をくれないか?」
「え?」
どこか真剣な顔のライオネル様に驚きつつ、首を縦に振る。
(私だって、少しでも一緒にいたい……)
「そうか。じゃあ、君が嫌じゃなかったら、ラヴィーの丘でも行かないか?」
「はい」
私達は手を繋いだまま、ラヴィーの丘に向かって歩き出した。
丘の木々は少しずつ色づき始めている。石階段を上っていくと、展望台になっていて王都が一望できた。
「わ、すごい! いい景色ですね!」
どこまでも広がる青い空、吹き抜ける風。
ラヴィーの丘には何度か来たことはあるが、その奥に展望台があったことを初めて知った。
「展望台があったなんて知らなかったです! ライオネル様はよく来るんですか?」
「いや、ここは初めてだ。騎士団本部にある警備用の展望塔にはよく上るが、ここは、その、こ、恋人達の展望台などと呼ばれているからな」
「こ、恋人!?」
思わず声を上げてしまった。照れくさくなって顔を伏せる。
(そ、そうよね。私達も恋人……なのだし、おかしくはないよね……)
――バサッバサッ。
突然鳥が飛んできたのでびっくりして身構えると、その鳥はライオネル様の腕の中に収まる。
よく見るとそれは鳥ではなくて、大きな花束に黄色い翼が付いている、どこか見覚えがあるものだった。
「それって、運搬鳥……?」
「知ってるのか?」
「あ、はい。前にアンディさんが使ってるのを見まして」
「そうか。時間と場所を指定すると、どこにでも運搬してくれるらしい」
「え!? そうなんですか!?」
(すごい! あれから進化してるわ)
感心していると、ライオネル様は私に両腕に抱える程のピンクのバラの花束を渡してくれた。ふわりと芳しい香りに包まれる。
「これを君に」
「え、私に!? ありがとうございます! 綺麗……」
急にどうしたんだろうと疑問に思ったが、嬉しいので素直に受け取った。
「俺はどうも、女性の心理などに疎く、君を喜ばせる方法を知らない……」
ライオネル様が自分の前髪を触りながら、肩を落とし自信無さげに言う。こんな姿を見るのは初めてだ。
「エリゼに怒られて……」
「エリゼ?」
そこで私は、エリゼに両思いになったと報告をしたことを思い出した。その時プロポーズまでの経緯をかいつまんで話した。
(きっとそのことで、エリゼに何か言われたのかな……?)
「そんなこと気にしなくても大丈夫ですよ。私、ライオネル様がそばにいてくれるだけで、最高に嬉しいんですから!」
それは私の正直な気持ちだ。この花束も、髪飾りも大切な宝物だけど、生きて、そばにいてくれる、それ以上の幸せはないのだから。
「……俺もだ。俺も、君と一緒にいられることが嬉しい。……愛してる」
蕩けるような笑顔で見つめられ、胸が震えてくる。
眩しくて、これ以上は目を合わせていられず視線を落とす。
展望台に来たのにさっきから地面ばかり見てる気がするわ、と考えていると、ふいに頬に彼の指先が触れた。
「アイリス、君からも聞かせてほしい」
「え……、わ、わた……し……も、あ、愛してます……」
声が震える。恥ずかしくて、全身が燃えるように熱い。
「……ふっ、よく出来ました」
耳元に低音の声が甘く響く。驚いて顔を上げると、月のような瞳に囚われて目が離せない。
(クールな騎士様は、今日も甘すぎる……)
近づく気配に瞼を閉じると、甘いバラの香りを乗せた風が、私の頬を優しく撫でた。
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました。本編はこれで完結です。次回は番外編です。




