38 この想いの行方
目を開けると、見覚えのない場所だった。
まばゆい黄金の天蓋から、白く美しいレースのカーテンが流れる。金の装飾が施された煌びやかな天井には、大きなシャンデリアが吊るされている。
(……え、目がチカチカする。ここはどこ!?)
すごく不相応な場所で寝ていて、戸惑ってしまう。
起き上がろうとした時、ベッドサイドで椅子に座り、私の手を握っているライオネル様の存在に気が付いた。
「ライオネル……さま……?」
私が静かに呼び掛けると、ライオネル様は目を開けこちらを覗き込んだ。
「気が付いたか。体調は大丈夫か?」
「はい……」
「……そうか、良かった」
大きく息を吐いたライオネル様は、私の手を強く握る。彼の瞳は僅かに潤んでいるように見えた。
心配を掛けてしまったようで、申し訳なさでいっぱいになる。
「あの、ここは……?」
「ここは王宮のゲストルームだ」
(王宮のゲストルーム……。だからこんなに豪華なのね、納得だわ……)
私が起き上がろうとすると、ライオネル様が私の背中を支えてくれた。
「起きても平気なのか? もう遅いし、朝まで使っていいと許可をいただいているから、ゆっくりと休んでいればいい」
「え、それは……ちょっと遠慮したいです……」
(こんな眩しい部屋で、ゆっくりと寝られません……)
「そうか。そうしたら後で神殿に送ろう」
「はい、ありがとうございます」
寝起きでぼんやりする頭が覚めてくると、さっきの出来事を思い出し身震いする。
フェリシティ様に呪死魔法をかけられたこと。彼女の悲痛な叫びや、ライオネル様への思い。
信じられないが、現実に起こったことだ。
毒を盛ったと疑いをかけられ、取り乱していたシャーロット様のことを思い出す。
「シャーロット様は、大丈夫でしょうか?」
「あぁ、彼女なら平気だ。君を心配していたが、大聖女様と共に神殿へ戻ってもらった」
「そうですか……」
彼女にも、心配をかけてしまったようだ。
「……あの、フェリシティ様は……?」
私の問いに、ライオネル様は険しい顔をした。
「……彼女は今、牢にいる。その後、貴族裁判に掛けられ、それ相当の罰を与えられるのは間違いないだろう」
「そう……ですか……。……フェリシティ様はいつ私に呪死魔法をかけたんでしょうか? 全然気がつかなかったです」
そんな呪死なんて物騒な魔法を、気付かれずにかけられるものなのだろうか。
「あぁ、それは、君の飲んだ飲み物に仕掛けられていたんだ。そして、体内で魔法が発動した」
「体内で!?」
驚いて声を上げてしまう。
(何それ!? 聞いたことないよ)
「あぁ、俺達も焦ったよ。解術する為に魔法の核を破壊しようにも、体内じゃどうすることも出来ない」
「そうだったんですね。じゃあ、どうやって解術してくれたんですか?」
「……」
私の何気ない質問に、ライオネル様がピタリと停止した。
(ん? 何か言ってはいけないことを言ったかな?)
こうやって私も生きてるし、解術してくれたので間違いないと思うけど。
「あ……、いや、そ、それは、君の口から、ま、魔力を注ぎ入れて、魔法の核を破壊した訳なんだが……」
ライオネル様の口調がなぜか、たどたどしい。視線も空中を泳いでいる。
「口からどうやって魔力を入れたんですか?」
「――っ」
ライオネル様は息を止めた。
(え? 何? そんなにマズイこと言ったの私?)
「それは……、俺が、く、口移し……で……」
「口移し?」
(くっ、口移し!?)
な、それってアレではないですか! いや、違う違う。人命救助ですよ。それをしないと解術できなかったのだから、ライオネル様は仕方なくしてくれたんですよ、と私は高鳴る鼓動を落ち着かせる。
「解術する為とはいえ、君にその様な真似をした事、すまなかった」
ライオネル様は思い詰めたような表情を浮かべる。
「え、そんな謝らないで下さい! ライオネル様が助けてくださらなかったら、私の命は危なかったんですから!」
「いや、しかし、事実を知って君は嫌だっただろう? 償いはする。何でも言ってくれ」
「償いって……」
(そんな大げさな。ライオネル様は真面目すぎるわ。助けてもらったのは私の方なのに……)
「……アイリス」
「はい……?」
少し強張った表情の彼に呼ばれ、背筋を伸ばす。
「……俺は君に、ずっと言いたいことがあったんだ」
ライオネル様は私の手を両手で包みこむと、真剣な眼差しでこちらを見つめ、一つ大きく息を吸った。
「俺と……、結婚してくれないだろうか?」
「え……」
びっくりして、息ができなくなった。ドキンドキンと鼓動が激しく高鳴る。
(聞き間違いじゃないよね……?)
「嫌ならはっきりと断ってくれ。君は優しいから、気を使ってしまうだろう?」
そんな時も私の事を考えてくれるライオネル様の方が、よっぽど優しい。
私はぶんぶんと首を横に振りながら、さっきの償いのことを思い出した。
真面目な彼のことだから、もしかして口移しの責任を感じて私との結婚を言い出したのでは。あり得る……。
「ライオネル様……、口移しの責任を感じてるなら、本当に気にしないでください……。償いの為に結婚だなんて……」
「は? いや、違う。そうではない。俺は君が好きなんだ。優しいところも、一生懸命で前向きなところも、人には見せない脆さも。俺は君のそばにいたいし、守りたいと思ったんだ」
私の手を握る彼の手は震えていた。
(本当なんだ……。ライオネル様は本当に私のことを……)
私の瞳から涙が溢れて落ちる。
「わ、私も、す……好きです……。ライオネル様が、好き……」
「アイリス……」
泣いている私をライオネル様は抱き締めてくれる。私が彼の背中に手を回すと、ぎゅっと力が込められていった。
しばらく彼の胸で泣いて顔を上げると目が合って、照れくさくなってお互いに笑う。
ライオネル様と想いが通じるという、そんな奇跡が起こるなんて。しかも、口移しという名の口づけまでしてしまうなんて。
(……ん? ちょっと待って。私、何も覚えてないわ……)
「どうした? 具合でも悪いのか?」
私が黙って下を向いたので、ライオネル様が心配そうに声をかけてくれた。
「いえ、違うんです。ライオネル様と口づけしたのに、何も覚えてなくて。私、初めてだったのに、なんか残念だなと……」
そこまで言いかけて言葉を呑み込んだ。かぁっと顔に熱が集中してくる。
(私、何を口走ってるの! 恥ずかしい!)
「え、えっと、今のは、その……っ」
彼の顔を見られなくて、そのまま俯いていると、
「……アイリス。顔上げて」
長い指が頰に優しく触れる。
耳元で囁かれ、耳に息がかかると、ビクッと身体が震えた。
チラリと見上げると、熱を帯びた視線に囚われてしまう。
「……今度はちゃんと、覚えていて」
艶めく金色の瞳が近づいて、……私はそっと目を閉じた。




