番外編 甘いお菓子はいかが?
「じゃあ、粉とバターと砂糖に、こうミルクを入れながら、さっくりと切るように混ぜてね~」
「はい。さっくりと切るように……」
アンディさんのお手本を真似して、切るように木べらを動かす。
「そうそう~、上手上手!」
今日はアンディさんに、ビスケット作りの指導を受けている。前々から作ってみたくて、神聖魔法共同研究の合間を縫って、教えてもらえることになった。
実は、いつも護衛をしてくれるライオネル様に、お礼として渡せたらいいなと、考えているんだ。
アンディさんの研究室内にある小さなキッチンには、見たこともない調理器具が並んでいた。これは全てアンディさんが開発した、調理用の魔道具なのだという。
「ざっと混ざったら今度は手でまとめて、こねて~、そして、この麺棒で伸ばすんだよ~」
アンディさんは手際よく生地をこねて、ひとまとめにすると、麺棒で伸ばし始めた。生地が均等に丸く伸びていく。
「えいっ、ん、んっ、あれ?」
私も麺棒をくるくると転がして伸ばすが、歪な形に広がってしまった。
「なんか、ボコボコになっちゃったです……」
「あははっ、大丈夫だよ~。そのまま型抜きしよう」
「型抜き?」
「うん、これこれ~。アイリスちゃん、好きなの選んでよ」
アンディさんは引き出しの中から、小さな金型をいくつか取り出した。丸や、星形、花びらなど色々なものがある。
その中で、一つ、気になった型を見つけた。
「あ、これ、リスの形……。私、これにします!」
大きな尻尾の付いた横向きのリスの型を取ると、広げた生地を抜いていった。
歪だった生地が、リスに変わっていく。
「ふふっ、可愛いですね!」
型抜きしたリスを天板に並べていると、アンディさんは星形のビスケットを並べながら、私に声を掛けた。
「あ、そういえばアイリスちゃんさ~。ライオネルと、少しは恋人らしいこと、してんの?」
「えっ!? こ、こ、恋人らしいことっ!?」
思いもよらない言葉に驚いて、声を上げてしまう。
今のを聞かれてないかと、隣の個室にいるライオネル様の方を覗くが、団長様と真剣に話をしていて気づいていないようだ。
「だってさ、お互い忙しいみたいだし、ゆっくり会ってる暇もないんでしょ~?」
「そ、そうですね……」
私は手を止め、目を伏せる。
会える時は、研究所への護衛のみ。この間、二人でラヴィーの丘に行ってからも、一ヶ月以上経ってしまった。
(本当はもう少し一緒にいたいけど、わがままを言ったらライオネル様の迷惑になっちゃうよね……)
「仕方ないなぁ……」
アンディさんが何か呟いたので見上げると、彼は口の端を吊り上げて微笑んでいる。
「……え?」
「で、そろそろ出来た~?」
「は、はいっ」
私がコクコクと首を振ると、アンディさんは薄茶色の粉の入った透明の小瓶を差し出した。
「じゃあ、あいつのには、仕上げにこれを振ってくれる?」
「え? これは何ですか?」
「これは甘くなるパウダーだよ~」
「甘くなるパウダー……?」
ビスケットの生地にはお砂糖も入ってるはずだけど、もっと甘くするのだろうか。
(ライオネル様って、甘党だったっけ……?)
私は言われた通り、仕上げに薄茶色の粉を振りかけた。
帰りの馬車で私は、さっき作ったお菓子を渡すタイミングを見計らっていた。
隣に座るライオネル様の様子をチラチラと窺っていると、彼と目が合う。
ライオネル様は金色の瞳をスッと細め、優しく微笑んだ。
(うっ、破壊力が……っ)
「アンディに、菓子作りを教わっていたのだろう? 上手く出来たのか?」
「あ、はい、どうにか。難しかったですが、楽しかったです!」
「そうか」
今がチャンスと、私は手に持っていた包みをライオネル様に差し出す。
「これ、ライオネル様に! いつも護衛してくださるお礼です! ぜひ、召し上がってください!」
ライオネル様は驚いたように目を丸くし、包みを受け取ってくれた。
「護衛のお礼などはいいのだが。これは有り難く受け取っておく。……ありがとう」
ライオネル様は少し、はにかんだように笑う。
(良かった……。喜んでもらえたみたい)
「今、食べてみてもいいか?」
「は、はい、どうぞ!」
ちょっと下手で恥ずかしいけど、アンディさんにもチェックしてもらったから大丈夫だろう。
ガサガサと包みを広げると、ライオネル様はビスケットを一つつまんだ。
「ん、これは……リスか?」
まじまじと見つめた後、口に入れた。私は固唾を飲んで見守る。
「ど、どうですか?」
「……あぁ、うまい」
ライオネル様の言葉を聞いて、ほっと胸を撫で下ろしていると……。
「……それにしても、リスの菓子とは、可愛すぎるのではないか」
「え?」
(ん? 可愛すぎる?)
聞き間違いかと思って、ライオネル様の顔を見上げると、彼は慌てたように口元を押さえていた。
「えっ? どうしたんですか!?」
もしかして、本当はおいしくなかったのでは、と心配になって、ライオネル様の方に顔を近づける。
「あ、いや……、何でもな……っ、これ以上、近づかないでくれ。そんなつぶらな瞳で見つめられたら、俺は君を離せなくなってしまう」
「…………なっ!?」
顔から火が出そうになる。
聞き間違いではなかった。たしかにライオネル様の口から発せられていた。
「いや、違……っ、今すぐ君の小さな体を抱きしめて、その赤い唇に触れたい。……今日はこのまま、君を帰したくはない」
私の鼓動は激しく高鳴る。
(なっ、なっ、今のは何!?)
ライオネル様は顔を赤くして、必死に口を押さえている。
(おかしいわ、絶対におかしい! ライオネル様がこんな言葉を言うはず――あっ!?)
私は、ハッとする。もしかして、さっきアンディさんから手渡された甘いパウダーのせいではと、思い至った。
(あれはお菓子が甘くなるパウダーじゃなくて、ライオネル様が甘くなるパウダーってこと!?)
このままじゃ、ライオネル様は言いたくもない言葉を、ずっと言うことになる。
「た、大変です、ライオネル様! 今すぐに吐き出してください!」
「いや、大丈夫……だ。もう平気だ」
ライオネル様の口からは、もう甘い言葉は出てこなかった。私は安心して大きく息を吐いた。
「はぁ、すみません。私のせいです……」
「いや、アンディの仕業だろう? ……愛を語る、甘い粉があると聞いたことはあるが……」
「愛を語る? そんな、思ってもない言葉まで出るなんて、とんでもない粉ですね……」
「……いや、……本心しか語れないんだ……」
ライオネル様はバツの悪そうな顔をして、手で顔を覆う。
「……本心……?」
(……って、え!?)
色々と耳を疑うような言葉を、いっぱい聞いたような気がする。
私の熱が再び上昇し始める。
「あ、あ、ライオネル様、すみませんっ、こんなお菓子捨てましょう!」
私がライオネル様の手元から包みを取り上げようとすると、彼は体の後ろに隠す。
「そうはいかない。折角、君が作ってくれたのだから」
「で、ですが、そんな怪しいものが入ったお菓子なんてっ」
また食べて、さっきみたいなことになったら大変だ。
(そりゃあ、ちょっと、いや、かなりときめいたけど……っ!)
「処分しますので、返してくださいっ!」
「嫌だ」
ライオネル様は頑なに返そうとしなかった。どうにかして、返してもらわないといけない。
「じゃあ、私が食べますので、返してくださいっ!」
すると、ライオネル様は一瞬目を見開き、口角を僅かに上げた。
「なるほど、それもいいな……」
そう呟くと、後ろに隠していた包みを取り出す。そして、ビスケットを指でつまみ、私の前に差し出した。
ふわりとバターの香りが漂う。
私はその目の前に差し出されたリス形のビスケットを、ぽかんと見つめた。
「え? どうしたんですか?」
「アイリス、君が食べるのだろう? ……俺も聞きたいな、君の甘い言葉」
「――!?」
彼を見上げると、こちらに注がれる瞳は悪戯な色に輝いていて、私を離してはくれなかった。
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました。




