35 夢が醒めるのは突然に(1)
バルコニーに出てくると、夜会の熱気で火照った体を夜風が冷やしてくれる。
シャーロット様は黙ったまま、バルコニーの欄干に手を掛けて星空を見上げた。間が持たなくて、私はちびちびと果実水を飲んで気を紛らわす。
彼女は大きく息を吸い込むと、こちらを真っ直ぐ向いた。
「あの、アイリス……、いいえ、……アイリス様。数々のご無礼をお許しください。いえ、決して許されることではないのは承知してますが、ずっと謝罪したかったのですわ。本当に……申し訳ありませんでした」
そう言ってシャーロット様は、私に向かって頭を下げる。
「え、え、シャーロット様!?」
(どういうこと!?)
私は突然のことに動揺してしまう。
「……私は今まで、あなたを平民だからと蔑視していました。あなたの行動も、力のない者が見苦しいとさえ思っていたのですわ。ですが、あなたの神聖魔法や覚醒を目の当たりにして、聖女としての格の違いを見せつけられました。それは魔力だけではなく、心の違いです。その慈愛に満ちた心……。私は初めて、今までの自身の行いを恥じたのですわ」
「シャーロット様……」
「もう遅いかもしれませんが、これから行動で示していきます。――聖女アイリス様、私、シャーロット・ケーシーはあなた様を支えていくと誓いますわ」
彼女の碧い瞳には強い意志が宿っていた。
そんなふうに思ってくれていたなんて嬉しくて、胸が温かくなる。
「シャーロット様……。嬉しいです。私はまだ聖女としてはひよっこなので、シャーロット様が協力してくだされば心強いです!」
私が笑いかけると、シャーロット様はふいっと顔を背ける。心なしか顔が赤い。
「そ、そうですわね。あなたは少々頼りないのですから、私がしっかり支えなければ心配ですわっ!」
「はい、よろしくお願いします。ふふっ」
「なっ、何を笑っていますの? 気色悪いですわよ!」
「え、ひどいですー」
きっとこれからシャーロット様と上手くやっていける。
そんな期待に胸を膨らませていた、矢先、私の視界がぐらりと揺れて倒れそうになった。
ガシャンと、床に持っていたグラスを落としてしまう。
「――アイリス様っ、どうされましたの!?」
シャーロット様が私の身体を支えてくれる。
「め、めまいがして……」
「めまい? 顔色が悪いですわ。こちらにお座りになって。今から回復魔法をかけますわ」
「ありがとう……ございます……」
(初めての夜会で、疲れが出てきたのかな……?)
欄干に寄りかかるように座ると、シャーロット様が回復魔法をかけてくれた。
しかし、なぜか彼女の魔法が私の体の前で弾かれた。
「え?」
「今のは何ですの!?」
シャーロット様が再び魔法をかけるが、やっぱり弾かれる。
(う、寒い……)
視界はぐるぐると回り、全身に悪寒が走ってガタガタと体が震えだした。
それを見ていたシャーロット様は慌てふためく。
「ちょっと、大丈夫ですの!? ど、どうしたら……っ。誰か、誰か!」
シャーロット様が周りに助けを呼ぶ声を上げる。
「どうしたっ!?」
ホールにいたライオネル様が気付いて、バルコニーに駆けつけてくれた。
「ラ、ライオネル様、アイリス様がっ!」
「ケーシー侯爵令嬢、何があったんだっ!?」
「それが、アイリス様が急に体調を崩されて、私が回復魔法で治療を施したのですが、なぜか魔法が弾かれてしまったのですわ!」
「魔法が弾かれた!?」
ライオネル様が震える私の体を抱き締めてくれる。
「大丈夫か!?」
「は……い……、大丈夫……です……」
心配そうに見つめるライオネル様を安心させようと微笑むが、悪化してきているような気がする。
手の力が抜けてだらんと地面に落ちると、すかさずライオネル様が手を握ってくれた。
「冷たいな……」
息苦しい……。空気がうまく吸えず、浅い呼吸を繰り返す。
「アイリス様! 今一度、回復魔法を……」
「――シャーロット様が犯人なのではありませんか?」
シャーロット様が言いかけた言葉を遮るような声がして、一斉に声の方を向いた。
(フェリシティ様……?)
バルコニーの入口に立っていたのは、淡いブルーのドレスを纏ったフェリシティ様だった。
「フェリシティ様、何をおっしゃってますの? 私が犯人とは、どういうことですか?」
「それはそのままの意味です。アイリス様のお飲み物に、毒でも盛ったのではなくて?」
「なっ! 私はそのようなこと……っ」
「神殿の者は、皆知っているのですよ? 今まで散々アイリス様に嫌がらせをしてきたことを。平民出身の彼女が次期大聖女になったのが、我慢ならなかったのでしょ? 傲慢なあなたの考えそうなことね」
「た、確かに嫌がらせしていたのは事実ですわ。しかし、私は改心しましたのよ。アイリス様にもっ、ゆ、許しを乞うたばかりで……っ」
「そんなこと、誰が信じるというのですか?」
シャーロット様は顔面蒼白になり、ぶるぶると震え出した。
「ほん……とに私は……なに……も……っ」
「あ……」
声を出そうとするが、上手く声にならない。
「ん? どうした?」
ライオネル様が私の口元に耳を寄せた。
「……シャ……ロト……ちが……」
シャーロット様は違います。私に誠心誠意謝ってくれて、私を支えてくれると言ってくれたんです。あの言葉、あの瞳には嘘は無かった。
そう言いたいのに言葉にならない。
「無理するな。……分かってる」
(分かってる……?)
ライオネル様がどこかに視線を送ると、近くに待機していた騎士様が現れた。
「ケーシー侯爵令嬢を別室に連れて行ってくれ」
「はっ。ケーシー侯爵令嬢、こちらへ」
「わ、私は、本当に……何もしていませんわっ。信じてくださいませっ、アイリス様、ライオネル様っ!」
狼狽して泣き叫ぶシャーロット様を、騎士様が連れていった。
「……ふっ、往生際が悪い方ね。可哀想なアイリス様……。私が治療して差し上げますわ」
フェリシティ様は私の方に少しずつ近づいて、こちらへ向かって手を差し出した。すると、ライオネル様は私を庇うようにフェリシティ様から離す。
「何の魔法をかける気だ、フェリシティ嬢」
「可笑しなことをおっしゃいますね。回復魔法に決まってますわ?」
「……君は、回復魔法を使えないはずだ」
(え? フェリシティ様は回復魔法を使えない?)




