3 買い出しと再会
昼食の時間もだいぶ過ぎた頃、ぐるぐると鳴るおなかを押さえながら、こっそりと調理場を覗く。
「ハンナさーん」
洗い物をしていた神殿の料理長ハンナさんが振り返った。年齢は四十代半ばくらいでダークブラウンの髪を後ろ一つに束ねた、ちょっとぽっちゃりした気の良い女性だ。
「あら、アイリス。どうしたの? またお昼、食いっぱぐれたのかい?」
「う、はい……。おなか……すきました……」
「ふふっ、そんなことだろうと思って、用意しといたよ」
ハンナさんはウインクをして、お皿に乗ったサンドイッチを手渡してくれた。
「わぁ、ハンナさん、ありがとうございます!」
邪魔にならないように、調理場の隅に座ってサンドイッチを頬張った。
(う~ん、おいしい~!)
ちょっとハードなパンに卵とベーコンが挟んであって、マスタードの効いたソースがまた格別だ。私はあっという間に平らげる。
洗濯物を干している時だった。シャーロット様達がやって来て、洗濯したばかりの衣類の入った籠をひっくり返したのだ。折角洗ったのに泥だらけになって、また洗い直しする羽目に……。
この前は掃除を終えたばかりの廊下に砂を撒かれ、またやり直した。
いつもいつもシャーロット様達は何が楽しいのか、こんな幼稚な嫌がらせばかりする。
そうなると昼食の時間に間に合わないことも多くて、ハンナさんのお世話になっていたのだ。
ハンナさんも平民出身なので、貴族の中で色々苦労してきたらしく、私のことを気にかけてくれるんだ。
「おいしかったです! ありがとうございました! ハンナさん、私、今から買い出し行けますよ。何かありますか?」
「そう? いつもありがとうね。じゃあ、お願いしてもいいかい?」
「はい! 任せてください。ハンナさんにはいつもお世話になってますから 」
「それじゃ、お塩と、あとはここに書いてあるのお願いね」
ハンナさんに紙切れとお金の入った布の巾着袋を預かり、無くさないようにしっかりとポケットに仕舞った。
「では、行ってきますね!」
今日はこれから自由時間になる。門限までに帰れば外出も自由だ。
私はお世話になっているハンナさんのお手伝いすることが多い。食材は商人が数日置きに神殿に運び入れてくれているが、不足する物や急に必要になる物があるので、市場に買い出しに行くのだ。
私は自室に戻り聖女服から普段着に着替えると、市場に向かった。
神殿から石畳の緩やかな坂道を下ると神殿前広場があって、そこには屋台が建ち並んでいる。肉や魚、野菜の他にアクセサリーや日用雑貨など様々なお店があり、多くの人で賑わっていた。
どこからかともなくお肉の焼けた良い匂いが漂ってくる。匂いを辿ると、串刺しのお肉を焼いているお店からだった。
さっきサンドイッチを食べたばかりだけど、まだまだおなかに余裕はある。ふらふらと匂いに吸い寄せられそうになるのを必死で堪えた。
(い、いけないわ。お使いがあるんだから!)
垂れそうになるヨダレを拭いながら、気を引き締める。
私はポケットに仕舞っていた紙と、巾着袋を取り出した。
「えっと、今日買うものは……」
――ドンッ!!
「えっ、きゃっ!?」
後ろから急にぶつかられて、バランスを崩し転倒してしまった。バタバタと私の後ろから前方に走り去って行く若い男の後ろ姿を見た。
「う……、いてて……。なんなの……」
転んで打ち付けた膝を撫でていると、異変に気づいた。
「……あれ? 巾着は?」
辺りを見回すが、地面には買い物用の籠と、ハンナさんから渡された紙しか見当たらない。
周りにいる人達が怪訝そうに見ているが、気にせず地面に這いつくばって必死に探す。
「ない、ない……。やっぱりない……。もしかして盗られた……?」
さぁっと血の気が引いていく。立ち上がろうとするが、足が震えて立ち上がれない。
(どうしよう。さっきの男を追いかけなくちゃいけないのに……っ)
じわりと涙が滲んできたその時、後方から風のように素早い人影が通り過ぎていく。
「――!?」
その影は人混みに消えていった。
しばらくして人々が騒ぎ始めた。何が起こったのだろう。私はやっと立ち上がり、喧騒の方へ近づいていく。
「いててっ。クソッ、離せ!」
「連れていけ」
「はっ」
さっきぶつかってきた男に似ている男が、騎士様二人に両腕をガッチリと抱えられ、連行されていった。
残った一人の騎士様がこちらに向かって歩いてくる。スラリとした長身の、凛々しい佇まいの騎士だ。
「これは君のか?」
差し出されたのは、ハンナさんから預かった巾着袋だった。
「――あ、はい! そうです!」
巾着袋を受け取るとコインの重みを確認できた。お金は無事のようだ。
「……ありがとうございました……。……よ、よかったぁ、うぅ……」
安心したらまた涙が滲んでくる。
「最近市場でスリや強盗が多い。今後も気をつけてくれ」
スリや強盗がいるなんて怖い。騎士様がいてくれて良かった。
「はい」
私はしっかりと巾着袋を握って、騎士様を見上げた。騎士様は私よりも頭二つくらい背が高くて、見上げると首が痛くなりそうだ。
顔を見合うと、お互いに気づいて声を上げた。
「あっ、あなたは先日の騎士様!」
「君は聖女殿?」
先日、神殿に怪我をした従騎士を連れてきた、副団長のライオネル・フォーレン様だった。彼は相変わらず無表情で、近寄りがたい雰囲気だった。
「あ、あの」
「なんだ?」
私が声をかけると、僅かに不機嫌な声色に変わる。
「いえ、その、従騎士様の怪我の調子は大丈夫でしょうか?」
「ああ、問題は無い」
「そうなんですね。良かったです」
私はほっと胸を撫で下ろす。私の弱い回復魔法だったので、怪我が再発でもしたらと心配だったのだ。
「ところで君は一人か? 護衛は?」
騎士様は切れ長な目で、私の周りを一瞥して言った。
「え? 護衛ですか? まさか! ただの見習い聖女ですし、元々平民なので護衛なんて必要ないですよ!」
私は驚いて、手をぶんぶんと振りながら答えた。
確かに正式な聖女になれば、平民出身であっても身分は貴族と同等になる。しかし、まだ見習いで貴族出身でもない私はただの庶民なので、護衛を付けるなんて身分不相応だ。
騎士様は手を顎に当て、何か考え込んでいた。
「買い物の途中なのだろう? 終わったら神殿まで送ろう」
「え? そんな、大丈夫ですよ。いつものことですし。騎士様のお手を煩わせるわけには」
「聖女の護衛も任務の内だ」
「ですが……」
「問題はない」
有無を言わせない雰囲気だ。このまま断り続ければ却って失礼になってしまうと思い、大人しく従うことにした。
「じゃあ……、よろしくお願いします……」
その後買い物を素早く済ませ、騎士様に神殿まで送ってもらったのだった。




