2 騎士様との出会い
「はい、こちらへどうぞ」
私に声を掛けてきたのは、二人で神殿を訪れた騎士様だった。
神殿では、騎士や貴族、一般の民など区別することなく、病気や怪我の治療を行っている。
私は慌てて空室の札が下がっている処置室へ案内した。処置室は全部で十部屋、ドアのない半個室で、部屋の中には簡易的なベッドが一台ずつ置いてある。
「どうされましたか?」
「彼の治療をお願いしたい」
付き添ってきたと思われる、黒髪で長身の騎士様が簡潔に言う。濃紺の騎士服を着ているので正騎士だ。二十代前半くらいだろうか。
纏う空気がどこかひんやりしていて、私は背筋を伸ばす。
負傷した騎士様は茶色の騎士服なので従騎士のようだ。幼さが残る顔は蒼白で、かなり痛そうに顔を歪めている。怪我をした腕には白い布が巻かれていたが、赤く血が滲んでいた。
「……副団長。お忙しい中、付き添ってくださって申し訳ございません」
「それはさっき聞いた」
従騎士が謝ると、黒髪の騎士様は眉間にシワを寄せて溜息をつく。
「はい、すみません……」
副団長様、厳しそうな人だな、と思って見つめていると、その騎士様に睨まれる。
(――ひっ、何!?)
「聖女殿、治療を」
「あ、は、はいっ。すみませんっ。こちらに横になってください」
慌てて従騎士をベッドに寝かせる。
「今治療できる者を呼んできますので、お待ちください」
私は処置室を飛び出した。
最近、北の国境近くで魔物が活発化しているという。
大聖女様と数人の聖女たちは、魔物討伐をしている騎士団の魔物討伐部隊に同行していて不在だった。
その間神殿は、留守を任された僅かな聖女と見習い聖女でどうにか回していた。
私は治療を施すことはせず、手伝いをしている。回復魔法は使えるけど治せるのは軽い傷程度、他の見習い達の足元にも及ばないからだ。
処置室の他の部屋でも聖女たちが治療を行っていて、手一杯の様子だ。
(今、手の空いている聖女は……。シャーロット様だわ……。仕方ない。呼んでこよう)
神殿の裏手、聖女達の住む建物の横にあるティーサロンに向かった。
頭上にキラキラと輝くシャンデリア、めまいがしそうなほど豪華な調度品の数々。
最初は神殿にこんな場違いなティーサロンがあるなんて驚いたけど、聖女や見習い聖女のほとんどが貴族令嬢なのだから納得した。神殿はかなりの寄付を貰っているらしい。もちろん、私は使ったことないけど。
ティーサロンを覗くと、シャーロット様と取り巻きの二人がお茶を楽しんでいる。大聖女様が留守をしているのをいいことに毎日こうだ。
シャーロット様は見習いだった時からいつもそう。率先して仕事を行わない。やる気を見せる時は、高位貴族の……、特に見目がいい男性患者の治療の時だけだ。まぁ、わかりやすいけれど呆れてしまう。
「シャーロット様。よろしいですか?」
シャーロット様に近づくと、彼女はティーカップの取っ手を持ったまま横目でこちらに視線を送る。
「あら、アイリス。あなたのような平民が、このような場所になんの用かしら?」
「怪我を負った患者様の治療をお願いします」
「……患者? どなたかしら?」
「えっと、従騎士の……」
「従騎士? ガキじゃないの。従騎士の治療なんてお断りですわ」
シャーロット様は私の言葉を遮って言った。
ガキって……。確かに従騎士は十六歳までだったから、年下だろうけど。
「アイリス、あなたがやればいいじゃない? 落ちこぼれの見習い聖女でも一応“聖女”なんだから、たまには役に立ちなさいよ。まぁ、雑用係には無理かしら? うふふっ」
シャーロット様は嘲笑して、ティーカップを口に付けた。
「……わ、わかりました」
これ以上患者様を待たせるわけにはいかず、私はその場を後にした。
処置室に戻ると、騎士様二人に向かって頭を下げる。
「あの、申し訳ございません。今、手の空いてる者がいなくて、見習いの私が治療させてもらってもいいでしょうか?」
「問題は無い」
黒髪の騎士様の言葉にほっとして顔を上げる。
「はい! 精一杯、努めさせていただきます!」
私はベッド横の椅子に腰かけ、寝ている従騎士に声をかける。
「……それでは治療を始めますね」
魔法の訓練はしているが、実際治療をするのは久しぶりだ。ゆっくりと包帯を取ると刃物で切ったような痛々しい傷口が現れる。
(う、痛そう……)
私にこんな傷を治せるか不安だけど、今は頑張らないと。
手のひらに魔力を集中させると、段々と温かくなってくる。僅かながら白い光が私の手から漏れ出し、開いた傷口が少しだけ塞がったようだ。
「あの、痛みはどうですか?」
従騎士に訊ねると、彼は怪我した腕を上下に動かして確かめている。
「あ、さっきより痛くないです」
「そうですか? じゃあもう少し治療しますね」
私は再び回復魔法を傷口に当てる。自分の魔力が底をつきそうだったが、どうにか力を振り絞る。
「う……、ん……、あと少し……」
傷跡が段々と薄くなっていく。私の額から汗が滴り落ちた。
「はぁ、はぁ……よ、かった……。なおっ……」
傷がすっかり消えて安心したのも束の間、ぐらりと目が回って倒れそうになる。
体を立て直そうとするが力が入らず、そのまま椅子から落ちるかと思った時、誰かに背中を支えられた。
「――おい!?」
「……え……?」
頭のすぐ上で男性の低い声がした。振り返って上を見ると、黒髪の騎士様の顔が近くにあった。
「顔色が良くないようだが……」
顔を覗き込まれると騎士様の顔が近くに迫り、違う意味でめまいしそうになる。
金色の瞳、涼しげな目元、スッと通った鼻筋、彫刻作品のようにどこか人間離れした美しさだ。
(……あれ? 誰かに似てるような?)
そんな考えがよぎったが、分からないまま通り過ぎていった。
小さな体の私は、騎士様に後ろからすっぽりと抱きしめられた状態で、背中から温もりが伝わってきた。
(――!?)
心臓が飛び跳ね、私は慌てて椅子に座り直す。
「あ、も、もう大丈夫です。す、すみません。ありがとうございましたっ」
「そうか……」
一見、冷淡な雰囲気の騎士様だが、もしかして心配してくれたのだろうか。
たった今気づいたのだけど、この騎士様ってたしか氷の副団長様と呼ばれている方だ。
(名前は……えっと……、ライオネル・フォーレン様? だったような……)
神殿に何回かいらしたことがあって、遠目で見かけたことがある。
この端正な顔立ちに、公爵家のご子息で、若干二十一歳で王都騎士団副団長。独身で婚約者もいないということで、未婚の聖女達が騒いでいたので覚えている。
もちろんシャーロット様もその中の一人だ。
(――ん? この状況、まずいのでは?)
副団長様がいるのに言わなかったことをシャーロット様にバレたら、またなんて嫌味を言われるか。そう思うとぞくっと寒気がした。
まだ体はだるいが、ここにいるわけにはいかない。
「あの、これで治療は終わりですので、もしまた何かありましたらお越しください!」
私は二人にお辞儀をして、処置室を逃げるように後にした。




