29 大切な人を救うために
あれから何回か聖魔石に魔力を注ごうと試みたが、どうやっても魔力を感じることはできなかった。
やっぱり、私は魔力を失ってしまったのかもしれない。
気持ちの整理が追いつかないまま、日々の雑務に追われていた。買い出しのお手伝いも行く気にもなれず、ハンナさんには忙しくて行けないと伝えた。
ライオネル様に会うのが怖い。魔力を失ったことを知られたら、幻滅されてしまうのではないか。ぐるぐると不安が駆け巡る。
まだ大聖女様からお話はないが、きっと近いうちに神殿を出ていかなくてはならないだろう。そうしたら、もう会うこともできなくなるのに……。
夜、寝支度を整え、ランプを消すと一瞬で闇に包まれる。
このところ一人になると、涙が止まらなくなる。八年前にこの神殿にやって来た頃のようだ。
いつも静まり返っているはずの夜の神殿は、今夜はどこか違っている。本殿の方が騒がしい。点々と光も見える。
「ん? どうしたんだろ……?」
何かあったのかもしれない。胸騒ぎを覚えて、私は聖女服に着替えて本殿に向かった。
神殿の処置室に向かう廊下は騒然としている。
「処置室はもう満室ですっ!」
「じゃあ怪我人をこちらへ運んで!」
「手の空いてる聖女はこちらに……っ」
神殿に次々と負傷した騎士様が運び込まれてくる。
処置室に入りきれない人達は、廊下にもズラリと寝かされていて、聖女達が回復魔法を行っていた。
怪我した騎士様の様子を見ると、爪で引っ掻いたような傷跡だった。
(これって魔物の傷……っ!? むせ返るような血の匂いに、この光景って……っ)
八年前のマール村が魔物に襲われた時を思い出し、足がすくんで動けなくなった。
「――アイリス、貴方はこの方達の止血をして!」
その場で立ち尽くしていると、私に気づいた大聖女様に声をかけられ、はっと我に返る。
「は、はいっ」
リネン室から清潔なシーツを持ってきて引き裂き、包帯の代わりに怪我人に巻いていく。飲める人には聖水も飲ませ、泉水が無くなりそうになれば、泉に汲みに何往復もした。
たとえ魔法が使えなくても、自分の出来ることをしなくちゃいけない。私は額から吹き出る汗を手の甲で拭う。
治療に当たる聖女達にも疲れの色が見える。
――そんな時だった。
「お、お兄様っ、いや……っ、しっかりしてっ!」
悲痛な叫び声に、私は振り返った。
(まさか……)
たった今担架で運び込まれた男性に、エリゼが泣きながら回復魔法を施している。
胸がざわつき、……私は震える足でふらりとそちらに近づいていく。
(お願い、間違いであってほしい。怖い。本当は見たくない……)
でも、確認せずにはいられなかった。
顔面は蒼白で、瞳は閉じられたままの黒髪の男性は、まるで人形のようにぴくりとも動かない。
その胸元には、生々しい傷跡が広がっている。
「お兄様っ、お兄様ぁ……、うっ、う……っ」
「も、申し訳ございません。副団長は新人の従騎士を庇って深手を負いっ」
ライオネル様を運んで来た騎士様が、エリゼに頭を下げた。
エリゼが魔法をかけ続けると、首元から胸に付けられた魔物の傷口は塞がっていくが、その瞳が開くことはなかった。
「エリゼ、もうおよしなさい」
「だ、大聖女……さま……」
「これ以上は……」
大聖女様が魔法をかけ続けるエリゼの肩に手を置き、首を横に振った。
「うっ……、うっ……」
泣き崩れるエリゼの肩を、大聖女様はぎゅっと抱きしめた。
目の前で繰り広げられる出来事が、現実とは感じられず、全て幻想のように思えてくる。
回復魔法では魔物の傷口を塞げても、完治させることはできない。だからエリゼがこのまま魔法を使い続けたら、彼女の魔力が消耗してしまうだけだ。
治る見込みの無い者に、魔力を使い過ぎてはいけない。それは聖女の基本として、教え込まれたことだった。だから、大聖女様はエリゼを止めたのだ。
目の前に横たわるライオネル様にそっと顔を寄せると、まだ微かに息遣いが聞こえる。
(このまま何もせず、ただ息絶えるのを見ていなくてはいけないの……?)
「ライオネル様……」
呼びかければ、今にでも瞼が開き、綺麗な金色の瞳で見つめ返してくれそうなのに。
はらはらと涙が頬を伝い、目の前の景色が歪む。
どうして私は無力なんだろう。八年前も、今も。もう、二度と大好きな人を失いたくないのに。
(私に力があればよかったのに。大好きな人を救う力が欲しい――。大好きな人を救いたいの――)
そう願うと、胸の辺りが急に熱くなってくる。
――パリンッ。
私の体のどこからか、何かが弾け飛ぶような音が聞こえ、私の内側から眩いほどの白い光が溢れ出した。
「え……? 私……?」
この魔力は何? 自分でも分からない。どんどん魔力が湧き上がってくる。
周りの人達も皆、呆然とこちらを見つめていた。
「アイリス、貴方……、覚醒したのですね」
「覚醒……?」
私の左の手の甲には魔法陣とも違う、幾重にも花びらが重ねられたような、不思議な模様が浮かび上がっている。
(これ、どこかで……? ……あ、初代大聖女の石像に彫られていたのと同じ……?)
「その紋章は、真の聖女の証」
「し、んの聖女……?」
「貴方ならきっと彼を救えますよ」
大聖女様が優しく微笑み、頷いた。
私は自分から溢れ出る白く温かい光を手のひらに集め、ライオネル様に注ぎ込む。
光に包まれたライオネル様の傷が、みるみるうちに消えていく。
(お願い、目を開けて――)
次の瞬間、長い睫毛が揺れ、ゆっくりと瞼が開かれた。
「! ライオネル様……!」
「ん……、ここ……は……? アイ……リス……?」
金色の瞳が私を捉え、唇がゆっくりと私の名前を紡ぐ。再び涙が溢れてくる。
「うっ、……よかったぁ……」
私はライオネル様の胸に抱きついた。
「……あぁ、この光……、君が、助けてくれたんだな……。ありがとう……」
私の頭を、大きく優しい手で撫でてくれる。
「おっ、お兄様ぁ、よ、よかったですわぁーん……」
エリゼも泣きじゃくりながら、私とライオネル様に抱きついてきた。
「……エリゼも、心配かけてすまなかった……」
私達はしばらくの間、ライオネル様に抱きつきながら泣き続けた。




