28 この感情の意味は(ライオネルside)
チラリと壁に掛かった時計を見るが、先程確認してから五分も経過していなかった。
「フォーレン副団長、どうしましたかっ?」
書類の整理をしていたデービスが手を止めて、こちらを窺っている。俺が時計を気にしていたのに気付いていたらしい。
「……あ、いや、何でもない」
俺は再び書類にペンを走らせる。
そろそろ時間だと思うのだが、今日もアイリスから護衛依頼は来ないのだろうか。
アイリスの代わりだという聖女と買い出しに行った日から数日たったが、彼女からの連絡は来ない。
あの日はいつも通り彼女から連絡をもらい、神殿に向かったのだが、やってきたのは他の聖女だった。あれは確かケーシー侯爵令嬢だったか。
その聖女がアイリスがいつも使用している籠を持っていたので、最初は本当に代理だと聖女の話を鵜呑みにしてしまったが、すぐに疑念を抱く。
市場に行くのにあんな目立つ服装で、踵の高い靴を履き、買う物の名前も知らないような人物に、アイリスが本当に代わりを頼むはずがない。
それに気づいたところで、もしこの聖女を邪険に扱ってアイリスに飛び火したら厄介だと考え、我慢した。
別れ際、よろめいて抱きついてきた聖女に、「もうこのような真似はするな」と、釘を刺してはおいたが……。
平民出身の見習い聖女であるアイリスは、神殿での立場は弱いはずだ。
(彼女に何もなければよいのだが、心配だ……)
アイリスはいつも明るく前向きで、人々の為に一生懸命尽くしている。だが、どこか自信が無さげで、聖女として気負い過ぎているように思えた。
それは彼女が、生き残ってしまったという罪悪感を抱いていたからだと知った。
(……ずっと一人で耐えていたんだな)
馬車の中で涙を流す彼女を、俺はどうすることもしてあげられず、出会えて良かったと、気休めにもならない言葉しか掛けてやれなかった。
逆に彼女が言ってくれた、『生きていて良かった』という言葉に、俺のほうが救われてしまう。初めて生きていることを許されたような気がしたんだ。
最初彼女と出会った頃は子供だと思っていたし、ただただ危なっかしくて、放っておけなかっただけだった。妹と同じように思っていたはずが、いつしか彼女を目で追っている。
彼女の護衛も、どこか心待ちにしている自分がいて、不思議に思っていた。
ラヴィーの丘でアイリスが魔物に襲われた、あの時。全身に戦慄が走った。
(もう二度と、大切な人を失いたくない……っ)
俺の胸の中で震える彼女を抱きしめながら、自分の気持ちに気付いたんだ。
アイリスを大切で、特別に思っていたことを――。
俺はまた時計の方に目をやり、一息吐く。
「やはり何かあったんですねっ? そう言えば最近、魔伝言鳩が来ないですねぇっ?」
「あぁ、まぁ、そうだな……」
デービスの問いに言葉を濁す。
いつもアイリスから魔伝言鳩を受け取るだけで、俺から連絡したのはアンディに研究所に来るように言われた時のみだ。
(近況が気になるなら、こちらから連絡してみるべきか?)
あまりにも不慣れなことで、どうするのが正解なのか皆目見当もつかない。
そう言えば、デービスは昨年結婚したばかりだ。俺よりも女性への扱いには長けてるだろう。こんなことを相談するのは気が引けるが、他に聞ける人物はいない。
アンディは駄目だな。茶化してくるのが目に見えている。その点デービスは信頼が置ける。
(……よし)
俺はコホンと一つ咳払いをした。
「あー、デービスに私的な事で、少々……相談したいことがあるんだが……」
「えっ、自分に相談ですかっ? 何でしょうかっ?」
デービスは一瞬目を見開いた後、ピシッと姿勢を正し神妙な面持ちで俺の言葉を待っている。
「えー、その……」
俺は暫く逡巡していたが、覚悟を決め口を開いた。
「……す、好いた女性に、好きになってもらうには……どうしたらいいんだ……?」
「…………へ? 好いた女性……すかっ? ふっ、ふっ、副団長がぁっ!?」
デービスの野太い声が、執務室が割れるかと思うほど響き渡る。
「お、おいっ、デービス、声がデカいっ」
俺が怒ると、彼は慌てて自分の口を手で塞いだ。
「す、す、すいませんっ。いやぁ、だって、フォーレン副団長でしたら、存在してるだけで数多の女性に好かれるはずですよっ!」
「は? 言ってる意味が分からないが?」
「あ~、ははっ、分からないならいいですっ」
デービスは頭を掻いた後、腕を組み考え込む。
「うーん、そうですねっ。まずはデートとかに誘うのが一般的でしょうかね。例えば、観劇とかは?」
「観劇か……」
貴族ではないアイリスには少々敷居が高く感じるのではないか。緊張して観劇どころじゃない彼女を想像できる。もっとゆったりと楽しんでもらいたい。
「平民の女性が楽しめる場所はないか?」
「あ、そうですか。自分の妻も平民出身なので、よく市場で食べ歩きしてましたっ。あとはラヴィーの丘でのんびり花を見たり、展望台で王都を眺めたりしましたねっ」
「市場で食べ歩き……」
アイリスが口いっぱいに頬張る姿は愛らしいし好ましいが、それではいつもと代わり映えしない。しかも、ラヴィーの丘では先日魔物に襲われたばかりだ。
あの恐怖を思い出させるわけにはいかない。
「……他にはないか?」
「ほか……、あ、贈り物! 花やアクセサリーを贈るのとかはっ? 女性は皆、喜ぶのではないですかね!」
「……贈り物か……」
そうだった。俺はまだ、背中の傷跡の治療をしてもらっているお礼をしていない。何か、アイリスが喜びそうな物を贈れたらいいと思った。
「デービス、参考になった。感謝する」
「いえいえ、副団長のお役に立てたなら何よりですっ」
デービスは手を振り、白い歯を見せて笑った。
有益な情報を得られたな。まずは、何を贈るか考えて……と思い巡らせていると、
――ドンドンドンッ。
ドアが激しく叩かれる。
「しっ、失礼いたしますっ。フォーレン副団長!」
団員の一人が血相を変えて執務室に飛び込んできた。
「どうした!?」
「魔物討伐部隊より、援護要請ですっ! 魔物の群れが、王都の城壁を突破した模様です!」
「なんだと!?」
「えっ!? それはまずいですねっ」
「デービス、至急援護に向かうぞ」
「はっ」
俺達はすぐさま執務室を飛び出した。




