27 消えた魔力
「え~! 本当ですの? シャーロット様っ」
洗濯物を干し終え、木桶を抱えて洗濯場に戻ろうとすると、廊下の真ん中でシャーロット様と数人の聖女達が盛り上がっていた。
この廊下を通り抜けたいが、なんとなく通りづらい。
シャーロット様にも会いたくないし、遠回りだけど逆の方から行こう。そう思って引き返そうとした時、よく知る人物の名前が耳に入って足を止めた。
「そうですの、ライオネル様とご一緒しましたのよ。とってもお優しくて素敵な方でしたわぁ」
「まぁ! 羨ましいですわ!」
「うふふっ、別れ際にそっと抱きしめてくださったの」
「きゃ~っ!! それってシャーロット様のことお好きなのでは!?」
「まさかぁ、そんなことありませんわよっ、んふふっ」
シャーロット様は否定したが、満更でもなさそうに頬を染め笑みを浮かべている。
身体が凍りついて動けなくなったが、それ以上聞きたくなくてその場を逃げるように離れた。
再び物干し場まで戻ってくると、さっき干したばかりのリネンのシーツが風にそよいでいる。
私はその場に座り込む。
膝に顔を伏せ目を閉じれば、昨日の二人の姿が鮮明に思い出されて、呼吸が苦しくなる。
……あまりもお似合いの二人すぎたから。
「アイリス、どうしたの? 具合でも悪いのかしら?」
顔を上げると、そこには心配そうに見つめるフェリシティ様がいた。
「フェリシティ様……、どうしてここに?」
「魔法の訓練に付き合おうと思っていたの。そろそろお仕事も終わりだと思って、あなたを探しに来たのよ」
「あ、そうだったんですね、すみません。もう終わりですので、片付けたらすぐ輝石の間に行きます」
「わかったわ、待ってるわね」
フェリシティ様は笑みを浮かべると、その場を去っていった。
私は頭に浮かぶ残像を振り払って立ち上がり、先程とは逆の方向へ走り出した。
輝石の間に着き、私は魔法の訓練を開始した。
「最近、魔力が増えてるから、正式な聖女になる日もきっと近いわ。頑張ってね、アイリス」
「ありがとうございます、フェリシティ様」
「じゃあ、聖魔石に魔力を流して」
「はい」
聖魔石に手を当て、意識を集中させる。
身体の中から湧き上がってくる魔力を感じて……、魔力を……、感じ……る……はずなのに。
(あれ? 魔力が湧き上がってこない……)
「どうしたの?」
「あ、いえ、すみません。もう一度やります!」
(……落ち着いて、大丈夫よ)
私は深呼吸をし、また魔力を手のひらに送るように集中した。……が、なにも感じない。
焦りと不安で、額に汗がにじむ。
「ん~、んん~っ」
やっぱり駄目だった。なんの反応もない。
(ど、どうして……?)
「……アイリス、あなたもしかして、魔力が弱化してしまったのではなくて?」
「え? 弱化……?」
「えぇ、稀にある現象らしいの。魔力が段々と弱化し、そして喪失してしまうことが」
フェリシティ様の言葉に目の前が真っ暗になった。
「そ、そんな……」
「大聖女様に報告しなくてはいけないわね」
「……」
私は呆然と立ち尽くし、輝石の間を出ていくフェリシティ様を見送るしかなかった。
その後、私は大聖女様の自室に呼び出された。
「聖女フェリシティから報告は受けています。貴方の魔力が弱化したと。それは本当ですか?」
「……はい」
私は静かに頷いた。
大聖女様の溜息が聞こえる。
「そうですか。貴方に提案があるのですが、しばらくの間、神殿を出てはどうでしょう?」
「神殿を出る?」
「えぇ、貴方は十の頃からこの神殿に来て、勉学やお務めに励んでいました。外の世界を見るのにもいい機会かもしれませんね」
「それって、もう神殿には居られないってこと……ですか……?」
声が震えている。大聖女様は首を横に振った。
「そういうことではありません。今は神殿にいない方がいいと判断したのですよ」
大聖女様のおっしゃっている意味が分からない。
「今はってどういうことですか? また戻って来られるんですか?」
「貴方の処遇は決定次第、知らせます。もう戻っていいですよ」
私の質問には答えてもらえず、一方的に話を切られてしまった。
「……はい、失礼しました」
肩を落としながら部屋を出ると、外で待っていてくれたフェリシティ様が心配そうに近づいてきた。
「アイリス、大丈夫? 大聖女様はなんて?」
「はい……、それが、しばらくの間、神殿にいない方がいいって言われました」
「そうなのね。どういうことかしら……?」
「理由は教えてもらえなくて」
「そう。……もし、あなたが良ければ、うちの領地に来たらどうかしら? アイリスの好きそうな自然豊かな町もあるわ。きっと気に入るはずよ」
意気消沈している私に、フェリシティ様はそう提案をしてくれた。
「え……、それは、まだ考えられなくて……」
急に色々なことが起こって、頭が上手く働かない。
「あ、そうね、ごめんなさい。でもこれだけは覚えておいて。私はあなたの味方だからね」
そう言って微笑むフェリシティ様は、冷たくなった私の手を優しく握ってくれた。
自室に戻ると我慢していた感情が緩み、涙が溢れ出てくる。
「うっ、くっ……」
ベッドに倒れ込んだ。
魔法が使えなくなってしまった。信じられなかった。
もしかして、魔力抑制魔法を無理に解術してしまった影響なのだろうか? それともフェリシティ様の言った通り、段々と魔力が弱化するという現象なんだろうか?
大聖女様はしばらく神殿を出た方がいいと言っていたが、それってどのくらい? 一年? 十年? 一生?
分かっている。回復魔法が使えない者が神殿にいられるわけがないんだ。
……ふと頭によぎったのは、ライオネル様の姿だった。
たとえ、ライオネル様に想いが伝えられなくても、私の魔法で傷を治している間は一緒にいられると思っていた。
でも、それももう出来ない。
(もしかして私が欲張ったから、こんな結果になったの? このまま魔力が増えて正式な聖女になれたら、彼と釣り合うことができるかもって。聖女らしからぬ邪な感情を抱いたから、バチが当たったの?)
目を閉じると、楽しかった日々が思い出される。
人間離れした美貌で、冷たい印象だったライオネル様。実は心配性で、世話好きで、金色の瞳の奥に優しさが隠れていた。
一人で過去に苦しんでいた彼を、少しでも癒してあげたかった。
『君に出会えて良かった』
その言葉にどれだけ救われたか。私は生きていて良かったんだって、そう思わせてくれた。
だけど、魔法の使えない私は――?
私は枕に突っ伏して、涙が枯れるまで泣き続けた。




