25 犬捜し(2)
「ギェェェェ――ッ!!!」
けたたましい叫び声に目を開けると、紫色の舌が弾け飛んでいくところだった。
(え……?)
「アイリスッ!!」
歪む視界に、剣を構えたライオネル様が立っているのが見えた。
「……!」
(ライオネル様……! 来てくれたんだ……!)
舌を切られた魔物はユラユラと左右に揺れながら、蔓をライオネル様の方に伸ばしてきた。
「――はっ」
ライオネル様は素早く蔓をかわし、茎の部分に剣を振りかざした。茎の中心から切られた魔物は、悲鳴を上げながら枯れていった。
「アイリスッ。大丈夫か!?」
座り込んだまま呆然としていると、私の元に駆け寄ってきたライオネル様に、犬ごとぎゅっと抱きしめられた。
「ライオネルさま!?」
突然のことにパニクっている私の耳元に、ライオネル様の囁くような声が聞こえてきた。
「……無事で良かった……。また目の前で大切な人を失ったら、俺は耐えられない……」
ライオネル様の腕が僅かに震えていた。
「ありがと……ございま……した……。怖かっ……」
まだガタガタと全身の震えが止まらないでいると、ライオネル様の腕に力が込められる。
温もりを感じて、段々と力が抜けてきた私は彼の胸に顔をうずめる。大きな手が私が落ち着くまでの間、優しく頭を撫でてくれた。
「キャン、キャンッ」
ジャックは苦しかったのか、鳴いてから身体をぶるっと振った。
「あ、ジャック。ごめんねっ」
私はライオネル様から離れ、恥ずかしくて顔を伏せた。
「あの、すみません……」
「あまり一人で無茶はするな」
ライオネル様は大きく息を吐いた。口調が厳しい。
(うわ、これって怒ってる?)
「はい……、ごめんなさい」
「まぁ、いい。……帰るぞ」
「はい」
立ち上がって一歩踏み出すと、右足に痛みが走る。さっき魔物の蔓に捕まった時に捻ったのかもしれない。
「ん? どうした?」
「あ、いえ……」
歩くと痛いのでどうしたらいいかと悩んでいると、
「嫌かもしれないが、我慢しろ」
身体がふわりと宙に舞った。ライオネル様に横抱きに持ち上げられたのだった。
「え!? あ、わっ、私、大丈夫です! 歩けます!」
「はぁ、歩いていたら日が暮れる」
「ですがっ」
「犬を落とさないようにしっかり持ってろ」
ライオネル様は有無を言わせない雰囲気だ。私を抱えたまま歩き出したので、大人しく従うことにした。
「神殿に着いたら、治療してもらえ」
「はい……」
神殿に着く前に、心臓発作で天に召されてしまいそうだ。
きっと真っ赤になっているだろう顔を見られないように、私は温かい白いモフモフに顔をうずめた。
神殿の裏門に着くとライオネル様の腕から解放されたが、いざ下ろされると名残惜しい。
「俺は中までは入れないから、後は一人で大丈夫か?」
「はい、ありがとうございました」
「すぐにエリゼか、他の聖女でもいいが、治療してもらうんだぞ」
「はい、わかりました」
私は何度もコクコクと頭を振った。
ライオネル様にジャックを渡すと、彼の腕の中にちょこんと収まる。
「犬は少年の元に連れて行くから、心配するな」
「はい、よろしくお願いします。ジャック、うとうとしてますね。疲れたのかな? ふふっ、かわいい~」
私がジャックの首元を指で優しく撫でていると、ふと視線を感じてライオネル様の方を見上げた。
金色の瞳の中に自分の姿を捉え、息を呑んだ。
私を見つめるライオネル様の瞳が、いまだかつてないほどの熱を帯びていたから。ドキンドキンと鼓動が速くなっていく。
(え……? なに……?)
しばらく目を離せないでいると、ふっとライオネル様の口元が僅かに緩む。
「顔が汚れているな。少しじっとしてろ」
長い指先で私の左頬を優しく触れる。頬を撫でられる感触がして、とっさに息を止めた。
「っ……、アリガトウ……ゴサイマス……」
指先が離れて、ライオネル様は柔らかく慈しむような笑みをこぼした。
「……もう大丈夫だ。今日はゆっくり休め。それじゃ、またな」
「はい……、お気を付けて……」
まだ感触の残る頬を押さえながら、遠ざかるライオネル様の背中を見送った。
(びっくりした。なに? なんなの? あんな甘い爆弾を落として去っていくなんて……っ)
「う、う……。好きだぁ……」
どうしようもなく実感してしまう。
一人で身悶えていると、――ゾクッと背中に悪寒が走った。
「え……?」
今誰かに見られていたような気がして振り返るが、誰もいない。キョロキョロと辺りを見回すがやっぱり誰もいなかった。
「気のせい……かな?」
首を傾げながら裏門の中に入っていく。
裏庭をヒョコヒョコと足を引きずって歩いていると、シャーロット様と出くわしてしまった。
「あら、アイリスじゃない。こんな時間までどこで遊び呆けていたのかしら? まったく、これだから落ちこぼれはっ」
「そ、それは……」
「このまま神殿に帰って来なくてもよろしくてよ? ふん」
シャーロット様は鼻で笑うと、背を向けて行ってしまった。嫌な人に会ってしまった。
(さっき感じた視線、シャーロット様じゃないよね……?)
でも彼女にライオネル様といる所を目撃されたとしたら、もっと嫌味を言ってくるような気がする。
そのまま突っ立って考え込んでいたら、後ろから声をかけられた。
「アイリス? どうしたの? またシャーロット様に何か言われたのかしら?」
渡り廊下の奥から歩いて来たのは、フェリシティ様だった。彼女は、私と遠ざかるシャーロット様の後ろ姿を、心配そうに交互に見つめている。
「あ、いえ……」
「しょうがない子よね。私の方から注意してもいいのよ?」
「いいえ、大丈夫です! 気にしてないので!」
「そう……。ならいいのだけど。何かあったら言ってね。いつでも相談に乗るわ」
フェリシティ様は優しく微笑んでくれた。本当に優しい方だ。私は嬉しくなった。
「はい。ありがとうございます!」
「そろそろ夕食の時間になるわね。さぁ、行きましょう」
そう促されて歩き出したが、私が足を引きずっていたのをフェリシティ様に気づかれてしまう。
「あら? アイリス、足、どうかしたの?」
「あ、実は少し捻りまして……」
「まぁ、大変だわ。すぐに治療しましょう!」
フェリシティ様がすぐさま回復魔法をかけてくれると、一瞬で痛みが引いた。
「ありがとうございます、フェリシティ様!」
「いいえ、気にしないで」
そう言って微笑んだフェリシティ様の瞳が冷ややかだったことを、その時の私は気がつかなかった。




