23 アイリスの魔法(2)
(何!? 今ドアじゃなくて、壁から現れたよね!? ゆ、ゆ、幽霊とかじゃないよね?)
男性には足はちゃんと付いている。
その男性はローブ姿の中年男性だった。ライオネル様にも負けないほど長身で、無精髭を生やし、茶色の長い髪を後ろで一つに束ねている。
(こういう人のことを、ちょいワル系のイケオジって言うんだっけ?)
シャーロット様達が言っていたのを聞いたことがあった。
「団長、急に入って来ないでよ~。アイリスちゃん怯えてんじゃん」
「お~、すまんすまん。つい新しい魔道具を試してみたくなってなぁ、あっはっは」
「……血筋だな」
ライオネル様がぼそりと呟いた。
「ごめんね~アイリスちゃん。この人は魔術師団の団長で、俺の叔父です」
「私はレナード・ミルズだ。よろしく見習い聖女のお嬢さん」
団長様は人懐こい笑顔で挨拶してくれた。この笑い方、アンディさんに似ている。
「あ、はじめまして。アイリス・ヒースです。よろしくお願いします」
私はソファーから立ち上がり頭を下げた。
「どうぞ、気にせず座ってくれ」
「はい」
私は再びソファーに腰を下ろす。団長様は静かに座っていたライオネル様に声をかけた。
「お、ライオネルも久しいな。元気にやってるか?」
「はい。レナード団長もお元気そうで何よりです」
「おう。騎士団の方も忙しいと思うが、たまには顔を見せに来たって良かったんだぞ」
「そうですね……。別段用事も無かったもので」
「お前なぁ、寂しいことを言うなよ~」
二人のやり取りを見ていて思い出した。そういえばライオネル様の魔術の先生って、アンディさんの叔父様だと聞いた。つまり魔術師団長様ってことなんだ。
ライオネル様の表情も、どことなく嬉しそうに見える。
「それよりもレナード団長、早く説明をお願いします」
「ぐうぅ、ライオネル、冷たいぞぉ……。わかった、話そう」
ライオネル様が冷たくあしらうので、団長様は泣き真似をしながらアンディさんの横に腰を下ろした。
「魔力抑制魔法というのは文字通り、魔力を抑え込む魔術だ。本来の魔力量は使えなくなる。それがお嬢さんにかけられている可能性があるわけだ」
「え、そうなんですか!? 自分ではよく分からないのですが……」
魔力はずっと少なかったけど、特に魔法にかかってるような自覚症状は無かった。どこでこの魔法がかかったのかも記憶にない。
「その魔力抑制魔法は、気付かないうちにかけられたりするものなんですか?」
「あぁ、可能だな」
団長様は神妙な面持ちで頷いてから、ビスケットを取りボリボリと食べ始めた。
「あ~、それ、アイリスちゃんの為に作ったやつ~」
「おう、そうか、すまんすまん。で、話を戻すが、その魔術は至近距離で微力な魔力で行えば、相手に勘付かれることはない。術自体は簡単な術式なんだ。しかし問題は、誰が行ったのか、ということだなぁ」
「そうだよね~。禁術なのに」
「禁術!?」
「そうだ。昔……、百年程前らしいが、魔術師団の魔術師の間で悪用が多発し、問題になったんだ。まあ、ライバルを蹴落としたいという、至極簡単な理由なのだがな。それから禁止され、術式の記された文献は厳重に管理されている。だから魔術師団でも一部の者しかその存在を知らないし、使用を許可されているのは魔術師団長のみ。つまり、私だけだ」
「そうなんですか……」
「その私とて、簡単に行えるわけではないよ。上級魔術師三人以上の立ち会いの元でしか出来ないんだ。な、ライオネル?」
「……えぇ、確かにそうでしたね」
なんでライオネル様が知ってるんだろうと、不思議に思って見ていたら、私の視線に気づいたのか説明をしてくれた。
「実は、俺にも魔力抑制魔法がかけられている」
「え? そうなんですか?」
「あぁ、騎士団に入る俺には、膨大な魔力は必要無いからな」
魔術師になるのをやめて騎士団に入ると決めたと、アンディさんが話してくれたのを思い出した。
「そうだなぁ、まずは確認してみるか。お嬢さん、ちょっと失礼するよ?」
「え、はい」
団長様が何か呪文のようなものを唱えると、私の身体が光り始めた。
「出現せよ」
その合図で、私の手の甲に金色に輝く魔法陣が現れる。
「え……、これは?」
「ちょっと見せてくれるかい? うん、予想通りだな。しかし、こりゃまた酷いなぁ……」
私の手の甲を見ていた団長様が苦笑した。
「どうしたんだ?」
「なになに~?」
ライオネル様とアンディさんも、私の手の甲を覗き込んだ。団長様が話を続ける。
「魔力抑制魔法の魔法陣が幾重にも重なっている。きっと微力で、幾度となくかけたんだろうなぁ。犯人はたぶん、かなり君に近しい人物だろう」
「そんな……」
近しい誰かが、私に禁術の魔力抑制魔法をかけた。
その事実を知り、ぞわりと全身が総毛立つ感覚がした。
(信じられない。誰がそんなことを……っ)
震える体を自分で押さえていると、ライオネル様が私の顔を覗き込んだ。
「アイリス、大丈夫か? 顔色が悪いな……。もし何か気になることがあったら俺に言え。不安だとは思うが、俺ができる限り君を守ると誓おう」
「……はい、ありがとうございます……」
ライオネル様がそう言ってくれるだけで、安心して震えが治まる。心が満たされていくようだ。
「おーおー、熱いなぁ」
団長様が茶化してくると、ライオネル様は眉間に皺を寄せた。
「何のことだ?」
「あ~、また無自覚だよ~、こいつ」
「おぉ、こりゃ罪作りな男だぜぇ」
私は両手で熱くなった顔を覆った。
(お二人共、これ以上はやめてください。いたたまれないです……)
「あっはは、冗談はこの辺にして、……本題はここからだ」
団長様の顔が真顔に戻る。
「君の魔力抑制魔法を解術しようと思う」
「え? 本当ですか!?」
「あぁ。しかし、こんなに重なっていると一気には難しい。君の体に負担がかかるといけないから、時間をかけて少しずつ解いていこう」
「はい、ありがとうございます!」
「犯人の目的はまだ不明だ。それにどこに潜んでるか分からないんだ、この事はくれぐれも他言無用で頼むよ」
私はゴクリと唾を飲み込んでから、静かに頷いた。




