18 王立魔術師団研究所(1)
夜、湯浴みを終えて自室に戻ってくると、頭上で白い鳥が旋回している。
これは魔伝言鳩だ。飛ばすことはあっても受け取ることはなかったので、私は初めての光景にしばらくぼーっと眺めていた。
両手のひらを広げると、魔伝言鳩はそこにゆっくりと羽を休める。
「えっと、たしか伝言を聞く時はくちばしを突っつくのよね……? こうかな?」
ちょんと指で突っつくと魔伝言鳩は仄かに光り、くちばしをパクパクと動かした。
『ライオネルだ』
「え、ライオネル様!?」
『突然すまない。明日、君は非番なんだろう? 少し時間をくれないだろうか? 君を連れて行きたい場所があるんだ』
伝言を聞きながら、私の震えが止まらなかった。
魔伝言鳩は、受け取った人にしか聞こえない仕組みになっているらしいけど。
(こんな、こんな、耳元で囁かれるみたいに聞こえるの~!? 動悸が、息切れが……っ)
私は耳を掴みながら身悶えていた。
「はぁ、死にそう……。じゃなくて、連れて行きたい場所って、どこだろ?」
見当もつかなかったが、ライオネル様の誘いを断る理由はない。私は『承知しました』と返事をして、魔伝言鳩を飛ばした。
その夜私は、ライオネル様からの伝言を、何度も繰り返し聞いたのだった。
◇ ◇ ◇
「ここですか……?」
王都の中心部からだいぶ郊外へ来たところで馬車を降り、そびえ立つ石積みの塀を見上げた。
「あぁ、王立魔術師団の研究所だ」
「ここが魔術師団の研究所……」
私の身長の二倍以上はありそうな塀の向こう側は、ここからでは確認できなかった。
塀の真横をしばらく歩いて鉄門扉の前に到着したが、辺りには門番の姿はない。
私が周りをキョロキョロと見回していると、ライオネル様は塀に埋め込まれたガラスの板に手をかざした。すると、ガラス板に人の顔が映し出され、そこから人の声が聞こえてくる。
『どちら様ですか?』
「ライオネル・フォーレンだ」
『フォーレン様、ようこそいらっしゃいました。只今、門をお開けしますのでお待ちください』
そう言うと人の姿が消え、ただのガラス板に戻ってしまった。
「えっ、えっ? 今の何ですか!? 今、ガラスの中に人がいましたよね!?」
私はうろたえながらガラス板を指差した。
「いや、ガラスの中に人はいない。他の場所にいる人物が、ここに映し出されるようになっているんだ。これも魔道具だ」
「あー、魔道具なんですか……」
私はガラス板をまじまじと見つめた。なんの変哲もない、ただのガラス板に見える。
ギィィィ……。
突然門扉が開きはじめたので、私はびくっと身体を震わせる。誰もいないのに門扉が勝手に開いたからだ。
「ひえっ、何!? 勝手に開きましたよ!?」
「この門は自動で開閉するらしい」
「そ、そうなんですか……」
ライオネル様はとても冷静だった。なんか一人で騒いでいて恥ずかしくなる。
ここは魔術師団の研究所だ。色々と珍しい魔道具もあるだろう。
もっと落ち着かないと……と、そう自分に言い聞かせてからライオネル様の顔をチラリと見ると、なぜか口元を押さえていた。
「……もしかして笑ってます……?」
「あ、いや、新鮮な反応だと思ってな」
「新鮮……」
「ほら、行くぞ」
「あ、はいっ」
門の中に入るライオネル様の背中を追いかけた。
中は至って普通の庭園のようになっていた。
正面にはレンガ造りの五階建ての大きな建物がある。そこに続く通路の周りは一面花壇になっていて、白や黄色などの小さな花が咲いていた。花の咲いていない植物も多く見られる。
研究所っていうから、もっと無機質な雰囲気なのかと思っていたから意外だった。
(あれ? あの草って……たしかマール村にあったのに似てる)
「もしかして、これって薬草ですか?」
先を歩いているライオネル様に尋ねる。
「よくわかったな。ここの花壇は全て薬草だそうだ。王国中の薬草を育てているらしい」
「へぇ、そうなんですか。すごい!」
私が感心している間に建物の入口に到着した。すると扉が自動で開く。
(よしっ。今度は驚かなかったぞ)
私は心の中でガッツポーズをした。
建物の中はかなり広いエントランスホールで、がらんとしている。扉も階段も見当たらない。所々にランプが光っているだけだった。
「こっちだ」
「え? はい」
ライオネル様が迷いもせずエントランスホールの中央に歩いていったのでついて行くと、床に不思議な模様が描いてあった。
(これって魔法陣かな……?)
その中央に立った時、パッと一瞬で辺りの景色が変わる。
広いエントランスホールとは一転して、狭くて物がごちゃごちゃと置いてある部屋に移動していた。
「やあ、いらっしゃい~、ライオネルとアイリスちゃん。俺の研究室へようこそ~」
声のした方を見ると、アンディさんが笑顔で手を振っていた。
「あ、アンディさん! お久しぶりです。エントランスから一瞬で移動できるんですね、びっくりしました」
「瞬間移動の魔道具、便利っしょ? いずれは研究所の外でも自由に使えるようにしたいんだよね~。そしたら神殿にも一瞬で行けるよ~」
「わ~、それは良いですね!」
「うん、それに神殿と市場を繫いだら、買い出しもめっちゃ楽じゃない~?」
「はい、すごく楽です! ぜひお願いします!」
「うん、頑張るよー」
私達が盛り上がっていると、ライオネル様が大きく咳払いをした。
「いつまで続くんだ、その話は」
「あ~、ごめんごめん、つい……」
「あ、すみません……」
さっき落ち着こうと思ったばかりなのに、興奮してしまった。反省……。
「じゃあ、二人とも、こちらへどうぞ。ちょっと散らかってるから足元、気を付けて~」
「はい」
アンディさんに案内されて、ソファーの方まで歩いていく。
途中、壺のようなものや人形のようなものが散乱し、たくさんの魔術書も積み上がっている。少し離れた所には棺のようなものまであった。
(な、なんで棺が……?)
ライオネル様と並んでソファーに腰を下ろすと、アンディさんも向かいに座り私たちを交互に見た。
「じゃ早速本題に入るけど、いいよね?」
「あぁ」
ライオネル様がそう返事をしたので、とりあえず私も頷く。
実はライオネル様に連れて行きたい場所があると言われ、魔術師団の研究所だというのは事前には聞かされていたが、なんの為なのかは聞かされていなかった。だから少々不安だったのだ。
(ライオネル様がいるから、危ないことにはならないとは思うけど……)
「アイリスちゃんにお願いがあるんだけど、いい?」
「え? 私? なんですか?」
「棺に入ってくれないかな?」
「へっ!?」




