14 リスの姉妹?
私の魔法実践練習という名目で、ライオネル様に護衛を頼んだ日の帰りには、回復魔法をかけることになった。場所はこの間治療した、ブナの木の下だ。
「終わりました。お体の調子はどうですか?」
魔法をかけ終わり、ライオネル様に尋ねる。
「……あぁ、大丈夫だ。悪くは……ない……」
ライオネル様は吐息まじりに答え、髪を気怠げにかき上げた。顔もわずかに上気しているように見える。
(え? なに、なんなの!? この溢れ出る色気はっ!? 何か見てはいけないものを見ている感覚だわ)
「ええっと、そ、それは良かったです!」
それ以上見ていると、色気に当てられそうだったので目を逸らす。
その時、ガサガサッと草の揺れる音がして、草の間からアカリスが飛び出してきた。
「あ、リスだわ!」
アカリスはつぶらな瞳をして、赤茶色のフサフサした大きな尻尾を後ろに伸ばし、地面を見ながらこちらに近づいてくる。食べ物探しに夢中で、私達の存在に気づいていない様子だ。
リスは警戒心が強いので、こんなに近くで見たことない。
(ふふっ、かわいい~)
私は屈みながら、息を潜めてリスをじっと観察する。リスが目の前にきた時、私の存在に気づきビクッと身体を震わせて、また草むらに逃げて行ってしまった。
「あー、行っちゃった……」
残念に思いつつ後ろを振り返ると、その一部始終を見ていたらしいライオネル様が僅かに笑みをこぼす。
「フッ、まるで姉妹のようだったな」
「へ? 姉妹?」
姉妹って、つまり姉=私で、妹=リスってことですか……?
(子供扱いの次は、小動物扱い!?)
「ええっ!? ちょっとライオネル様、バカにしてます!?」
「いや、ちがっ、可愛いということでっ」
そう言いかけたライオネル様が慌てて口をつぐむ。
「……え?」
「あ、いや……」
(今、可愛いって言った!? 私のこと!? いや、リスのことだよね、きっと)
落ち着け私と呟きながら、呼吸を整える。
「リ、リス……、可愛かったですよね。ライオネル様はお好きですか?」
「あぁ、まぁ、……そうだな。領地にいた時、よく庭園で見掛けたんだ。木陰で読書をしていると、木の枝の上によくリスが乗っていたな」
ライオネル様は懐かしげに目を細めると、頭上を見上げた。
「そうなんですね……」
風が吹くと木漏れ日がゆらゆらと揺れる。キラキラと輝く日差しが、ライオネル様を照らした。
(やっぱり綺麗だな……)
出会った頃のライオネル様は温かみを感じず、まるで人形のように思えた。でも最近は笑顔も見せてくれるようになったし、顔色も良くなったような気がする。
「そういえば、君の回復魔法は、他の聖女達とどこか違うのか?」
「え? 違う? 魔力が弱いからですか?」
なんのことか分からず、首を傾げる。
「いや、そういうことではなく、性質とでも言うだろうか……」
「性質? 特に何も言われたことないですが……」
「ん……そうか、わかった」
ライオネル様はまだ考え込んでいるようだった。
「……君には話しておくが、俺の背中には魔物による傷跡が残っているんだ」
「え? 傷……?」
知っていたとはいえ、突然傷跡のことを告げてくれるとは思わず、驚いて言葉に詰まってしまった。
「別に隠しているわけではない。……魔物の傷は完治が難しいことは承知しているが、大聖女様に定期的に治療を受けているんだ。一時だけでも和らげばいいと思っていたが、最近……」
「最近?」
「……いや、なんというか、傷跡が治癒してきてるような気がするんだ」
「え? そうなんですか? それは良かったですね!」
「あぁ……、そうなんだが。長年何も変化がなかったことが、最近になって急に変わり始めた」
ライオネル様はどこか歯切れが悪く、まだ考え込んでいるような顔をしている。
「どういうことですか?」
「変化したのは、アイリス、君に回復魔法をかけてもらってからだ」
ライオネル様は真っ直ぐ私の瞳を見つめて言った。
「へ? 私ですか?」
大聖女様でも治癒できないことが、私にできるはずがない。
「私の力じゃないと思いますが……。あ、きっと大聖女様の回復魔法の効果が出てきたのかもしれないです」
「そうかもしれないが、俺は君の魔法で治療をお願いしたいと思っているんだ」
ライオネル様の申し出に首を傾げた。すでにこうして回復魔法はかけている。
「え? 実践練習に付き合ってくださるって話でしたよね?」
「そうだ。手伝うってことで了承したが、今度は正式に俺の治療をお願いしたいんだ。……頼めるか?」
そういうことかと納得する。やる事は同じなのに、ライオネル様は真面目だ。
「もちろんです。私ではどこまで治療できるか分かりませんが、精一杯頑張ります!」
「そんなに気負うことはない。今まで通りでいいから」
「はい……は、くしゅっ」
くしゃみが出ると、ぶるっと身体が震える。
段々と日が傾きはじめ、風が冷たくなってきたようだ。
「……冷えてきたな。そろそろ戻ろう」
「はい。そうですね」
立ち上がって歩き出そうとした、その時。
「あ、アイリス」
名前を呼ばれてライオネル様を見上げると、彼の手が近づいてきた。
(え? 何!?)
身体を硬直させて身構えていると、
「髪に草が付いている。……ん、取れた」
独り言みたいに囁く声が、耳に響く。
ライオネル様が草を取ってくれて、優しく引っ張られた髪がサラサラと戻ってきた。
「あ……、ありがとうございます……」
全身に鼓動の音が響き渡る。まるで髪の毛の先から足の先まで心臓になってしまったかのようだ。
私がしばらく固まっていたからか、ライオネル様が自身の行動に気づいたらしい。
「あっ、す、すまない。ついエリゼにするみたいにっ」
ライオネル様が髪をクシャッと掻いた。少し慌てたような仕草だ。心なしか顔が赤い。
(え……、もしかして照れてる? うわぁ、なんか可愛いぞ)
私の鼓動が違う意味で高鳴ってきた。
「じゃ、じゃあ行きましょう!」
「あぁ」
こんなふうに二人で過ごす時間はとても心地良い。
私はライオネル様の傷跡を見た時、ぎゅっと胸が締め付けられた。少しでも助けたいと思った。それは他の患者様と同じ気持ちではない。
私はその意味に気づき始めていた。




