11 ライオネル様の不調
「えっと、買うものはこれで終わりですね」
市場で買い物を終え、ハンナさんから渡された買い物リストを確認する。
「そうか。じゃあ戻ろう」
ライオネル様は買い物の籠を持ってくれた。
「はい。ありがとうございます」
神殿への帰り道、隣を歩くライオネル様をチラチラと窺っていた。
なんだろう。その横顔はいつものように美しいけど、どこか違和感を覚える。
(……気のせいかな……?)
そう思って正面を向き直した時、
「……く……っ」
急にうめき声のようなものが聞こえて振り返る。
さっきまで隣を歩いていたライオネル様が座り込んでいた。
私は慌てて駆け寄る。
「え、ライオネル様!? 大丈夫ですか!?」
ライオネル様の呼吸は荒く、顔を歪めている。額には汗が滲んでいた。
(とても具合いが悪そうだわ。神殿で治療した方がいいけど、まだ距離がある。誰か呼んで来たほうがいいかな?)
でもこんな状態の彼を、ここに置いていくのは心配だ。
だったら、回復するかわからないけど私が回復魔法をかけてから、一緒に神殿に向かった方がいいかもしれない。
「あちらで少し休みましょう。歩けますか? 私につかまって下さい」
「いや……、だい、じょ……ぶ……だ」
ライオネル様が消え入りそうな声で答える。全然大丈夫そうには見えない。
「すみません、ちょっと触りますよ」
私はライオネル様の腕を引き、少し強引に肩に担いだ。
身長差があってバランスが悪く、彼の体重が肩にのし掛かると重さでよろけそうになったが、どうにか持ちこたえる。
日の当たる石畳の道から、少し脇に入った林の木陰に連れていき、大きなブナの木の幹に寄りかかるように座らせた。
「今から回復魔法をかけますね。それから神殿で治療してもらいましょう」
「……す、まない……」
「いいえ、気にしないで下さい。じゃ、いきますね」
手のひらに魔力を集中させ、ライオネル様の全身に魔法を注ぐ。部分的な怪我の治療と違って広範囲なので、かなりの魔力が必要だ。
視界がくらくらとしてきて、魔力が上手くコントロールできなくなってきた。
(――ダメ! しっかりして!)
自分に喝を入れ、再び意識を集中させる。
(ライオネル様の具合が良くなりますように……)
いつもならすぐ魔力切れを起こしていたが、今日は不思議と体の奥から魔力が湧き上がってくるような気がした。
それは子供の頃に感じたような、懐かしい感覚だった。
しばらくして、苦しげに顔を歪めていたライオネル様の表情が穏やかになってくる。
(よかった……。回復魔法が効いたようね)
「ライオネル様、体調はどうですか?」
「……」
魔法を止め、問い掛けてみたが返事がない。俯いていた彼の顔を下から覗き込んでみると、目を閉じたままだった。規則的な息づかいが聞こえる。
「え? もしかして、……寝てる?」
見る限り顔色もだいぶ良くなったし、ひとまず安心だ。端正な顔を見つめながら、ほっと息を吐いた。
「よかった……」
私もライオネル様の横に座り、ブナの木に寄りかかった。頭上で揺れる木の葉を見上げる。
魔法を使った後は立っているのもやっとなのに、まだ余裕がある。もしかして魔力が上がったのかも。訓練の成果が出てきたのかもしれない。
「ふふっ。やったぁ」
喜びでニヤニヤしていると、突然肩にずしっとした衝撃を受けて心臓が飛び上がった。
「――ひゃっ。何!?」
寝ているライオネル様が、もたれかかってきたのだった。頬に触れる黒い髪がくすぐったい。
男性の体を私の小さな肩では支えきれず、ゆっくりと膝の上に移動させることにした。
自分の膝にライオネル様の重さと熱を感じて、心臓が早鐘を打つ。
(この状況、どうしたらいいの!? 起こす!? いや、でも、きっと疲れているのだろうから、少しくらい寝かせてあげたいわ)
私は体を硬直させたまま、じっと耐えることを決意した。
「それにしても、綺麗な髪だな~」
サラサラと風に揺れる艶のある黒髪を見つめていると、少し長い襟足の髪と襟の隙間からあるものが見え、ゾクッと鳥肌が立った。
(これって魔物の爪痕……?)
かなり酷い、痛々しい傷跡が首の後ろにあり、背中の方にも続いていそうだった。
魔物が原因の怪我は回復魔法でも完治が難しく、長い治療が必要になる。そしてその傷跡による後遺症にずっと苦しむことになるという。
きっとこの傷跡の治療の為に、神殿に通っていたのだろう。
いつ頃の怪我なんだろう。こんな酷い傷じゃ、夜寝ることもままならないんじゃないか。
私の膝の上で寝ているライオネル様が、少しの間だけでも安眠できていますように。
私は目を閉じ、そう祈った――。
「……おい、アイリス。そろそろ起きろ」
肩を揺すられて、私は目を開ける。辺りはオレンジ色に染まっていた。
「へ……? どこ? 朝……?」
「違う。夕方だ」
目の前にライオネル様の顔がある。
ぼんやりとした頭が一瞬で覚醒した。ライオネル様の治療をして、疲れて私まで寝てしまったらしい。
「具合は大丈夫ですか!?」
「あぁ。もう何ともない」
「そうですか。よかったです……」
ほっと胸を撫で下ろす。ライオネル様は視線を外した。
「あ、その……、迷惑をかけたな。治療も……ありがとう」
ライオネル様の顔が赤く見えるのは、夕日のせいだろうか?
「いえ、気にしないで下さい。あの、これから護衛のとき、回復魔法をかけさせてもらえませんか?」
「ん? なぜだ?」
ライオネル様は怪訝そうな顔をする。
護衛のお礼に回復魔法をかけてあげたいと思っていたが、首の傷跡を見てもっと気持ちが強くなった。でも正直に話しても、ライオネル様はきっと拒否するだろう。
「それは……、あ、練習してるんです! まだまだ魔法が上手く使えなくて、実践練習したいんです。ライオネル様には日々の疲労の回復具合とか、教えていただければ嬉しいなと……」
嘘は言っていない。まだ訓練中の身としては、協力してくれれば嬉しいのは間違いない。その上、少しでもライオネル様の体調が回復してくれればいいなと思う。
「実践練習……。なるほど、そういうことか」
ライオネル様は顎に手を当て考え込んでいる。
「そういう事情なら協力しよう」
「ありがとうございます! 頑張ります!」
私はぎゅっと両手を握ってみせた。
「そろそろ日が暮れる。早く戻った方がいい」
太陽は山の後ろに沈み、オレンジ色の背景に山のシルエットが黒く浮かび上がっている。空も段々と薄暗くなってきていた。
「あ、やばっ。ハンナさん、困ってるかも」
買った食材はまだここにある。
「急ごう」
「はいっ」
私たちは慌てて神殿に向かって歩き出した。




