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絵描きのモーネと傭兵ゴッソ  作者: おしお


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EP〜藍色の竜編〜 第五話 公爵殺しの男


「ゴッソさん! そっち行きましたよ!」

「わかった」


 二人は草原でウサギを追いかけていた。

教会へ向かう途中、ゴッソがウサギの巣を見つける。


 食料が尽きかけていた二人は、これ幸いにと夕食の材料を求めて駆け回った。


 三羽のウサギを捕まえ、ゴッソが解体して肉にする。


 モーネはウサギの皮を枝で広げ、天日干しにして乾かす用意をした。


(手慣れているな……)


「ウサギさんが可哀想です!」なんて言い出すかと思っていたが、意外にもモーネは積極的だった。


「村でよく獲っていましたから」

「なるほど」


 そういえばモーネは山あいの村育ちだったな、とゴッソは思い出し、手慣れているはずだと頷いた。


 肉の保存を良くするため、塩をまぶして二羽を燻製にしていく。

一羽は夕食にと、ゴッソが野営の準備をしている間にモーネは下ごしらえをした。


「独特の臭みがありますからね」


 そう言って、モーネは雑草の中からハーブの一種を探し、塩と混ぜ合わせて肉へ塗っていく。


「バターもこれが最後ですね……」

「どこかで買い物ができるといいんだが」

「でも、あんまり買っても腐っちゃいますから」

「保存もできるマジックバッグだと家が建つしな」

「ゴッソさん、貯金は?」

「あるわけないだろ。俺に買わせようとしてないか?」

「あはは。冗談ですよぉ」


 調理をしながら、上機嫌なモーネはゴッソを揶揄った。

財産も何もかも置いてきたゴッソは、髪色でも変えればバレずにとりに帰れるだろうかと真剣に考えている。


 そうしているうちに、今夜の夕食が出来上がった。


「野ウサギのソテー、バターとハーブ仕立てです」

「こりゃ美味そうだな」

「ゴッソさん、お肉好きですよね」

「肉が嫌いな男なんているのか?」

「お父さんはお魚が好きでしたよ」

「変わってるな」


 ゴッソは肉汁の滴るソテーを齧りとり、歯応えと風味を楽しんでいた。

モーネは小さく切り分け、ゆっくりと咀嚼している。


「今日は私たちだけですね」

「そうだな。放棄された教会なんて誰も行かないだろう」

「たしかに……」

「まあ、見張りは俺がやるから、モーネは寝ろ」

「でも、いつも悪いですよ」

「晩飯はお前が作ってるんだ。役割分担だよ」

「ゴッソさんっていつ寝てるんですか?」

「合間を見て寝ている。気にするな」

「そうですか……わかりました」


 申し訳なさそうに寝転んだモーネへ、ゴッソは「おやすみ」と声をかけた。


「おやすみなさい」


 それの返事がきたあと、すやすやと眠りについているモーネを見て、寝つきがいいもんだと感心する。


 妙な逞しさがあるな、とゴッソは笑った。


 ーー翌朝。


 野営の片付けをしていると、馬車が通りかかった。


「おや、旅の人ですか?」


 愛嬌のある二重顎を揺らして、小太りの青年が馬車から降りてくる。


 敵意は感じとれず、ゴッソは静かに頷く。


「どちらまで?」

「西にある教会だ」

「たしか……あそこはもう放棄されたのでは?」

「ちょっと用があってな」

「うーん、でしたら乗って行きますか? 僕も護衛が欲しかったんですよ。あなた強そうだし」


 モーネとゴッソは顔を見合わせ、どうしようかと悩む。


「申し遅れました。僕はアオル。商人をしています」

「ゴッソだ」

「モーネです」

「いやぁ! 実にいい名前ですねぇ! 二人とも!」


 アオルは笑みをくずさないまま、自然と二人との距離を詰めていた。

このあたりは商人ならではのコミュニケーション能力だ。


「ふっ。なら、すまないがお願いするとしよう」

「ぜひぜひ。僕も助かる、ゴッソさん達も助かる、win-winですから!」

「なんですか? それ」

「……どっちにも得があるってことだ。乗せてもらおう」

「はいっ!」


 ゴッソとモーネは後ろから馬車へ乗り込み、詰め込まれた荷物を整理して座る。


 緩やかに車輪はまわり、場所はゆっくりと走り出した。


 街道の起伏にあわせて車輪が跳ねるたび、小柄なモーネの体がふわりと浮き上がる。


 乗り心地は良くないものの、移動速度は格段に上がった。


 三日の道のりも、この分だと夜には着けそうだ。


「あ、そういえば! なにかご入用の物はありませんか? ご覧の通り、売るほどありますから」

「売り物だろう?」

「そう。売り物です。ですから、売れる時に売るんですよ」

「商魂たくましいな」

「ははっ! よく言われます!」

「なら、保存が効く食料と、できれば水を売ってくれ」

「もちろん!」


 前の方へ移動し、アオルは目当てのものを手に取っていく。

モーネは財布を取り出して、チャラチャラと小銭を鳴らした。


「これで足りますか?」

「あっ……そうだったな……」

「どうかしましたか?」


 相談している二人に気がついて、アオルは不思議そうに尋ねた。


 ゴッソは正直に、手持ちの金が少ないのだと伝える。


「うーん、何か売れるものがあれば買い取りますよ!」

「売れるものか……」

「みたところ、モーネさんは画家ですよね? なにか作品があれば見せてください!」

「わ、私は画家じゃ……」

「え? 違うんですか?」

「モーネ。絵を見せてやれ」

「わ、わかりました」


 モーネはひまわりの絵や、風景画を取り出してアオルに手渡した。

さきほどまでとはうってかわり、真剣な面持ちで絵を査定しているアオルは、まさに商人そのものの姿だった。


「……実にいい絵ですね。これなら、交換という形でどうでしょう?」

「いいのか?」

「正直に申し上げますと、現時点では価値をつけられません。しかし、モーネさんが有名になったとき、この絵は計り知れない価値をもつでしょう!」

「先行投資ってわけか」

「その通りです! どうしますか?」


 名前が売れていない画家の絵は売れない。

アオルはそう言いながらも、モーネの絵に可能性を見出していた。


 モーネはそれならば、と頷く。

鞄に入るだけの食料と、真新しい水筒。


 しばらく旅を続けられそうな程度には物資を補給することができた。


 日が暮れるにつれ、朱色が深まっていく。

風はほんのりと肌寒く、モーネは無意識にゴッソへ身を寄せる。


 ゴッソは寄りかかってきた小さな体を、ところどころ穴があいている自分のマントで包む。


「すきま風……」


 モーネは穴から覗きこみ、反対側に座っているアオルを見つめた。


「ぷっ……なんでしたら、新しいマントもつけますよ」

「……そうしてくれると助かる」

「たいしたものはありませんけどね」


 アオルは紺色のマントを箱から取りだし、ゴッソへ手渡した。

肌触りがよく、伸縮性も高い。


「こんなに良い物は貰えない」

「良いんですよ。なんだか僕、お二人が気に入ってしまったんで」

「ありがたく頂く。すまない」


 ゴッソはボロボロになっていたマントを脱ぎ、新たなものを羽織る。


 その瞬間、目深にしていたフードがはらりと脱げた。


「あ、あなたは……」

「……見なかったことにできないか?」

「なるほど……しかし……うーん……」


 先ほどまでの穏やかな表情とはうってかわり、アオルは恐怖心を滲ませた。

しばらく考えたあと、掠れた声でアオルは問いかける。


「ひとつだけ聞かせてください」

「なんだ?」

「……公爵殺しは本当ですか?」

「……本当だ」

「事情を聞いても?」

「……言えない。それだけは」

「そうですか……」


 アオルとゴッソのただならぬ雰囲気を察して、眠りかけていたモーネは二人を交互に見た。


 まるで敵と対峙しているかのような、ゴッソから放たれる威圧感。


(ゴッソさん……)


 モーネは不安そうにアオルを見つめ、マントの裾を強く握りしめた。


「言わない、じゃなくて……言えない。これでいいですか?」

「……ああ」

「わかりました。では、見なかったことにします」

「すまない」

「ゴッソさん、僕ね。顔を見るまで気づかなかったんですよ。あなたの背格好なんかは手配書に書いてあるのに、です」

「どういうことだ?」

「それから想像できるゴッホ・フィンセントと、目の前にいるゴッソさんはまるで雰囲気が違うってことですよ」

「雰囲気……」

「今のあなたは、少女を守る父親のような優しい目をしているから」

「俺が……そんな目を……」


 気づかないうちに、モーネを恩人から家族のように置き換えていたのだろうか。

自身の心の変化は、目に見える形で現れ始めている。


 馬車の中では沈黙が続き、やがて教会のそばに止まった馬車から二人は降りた。


「あ! そうだ! いいものがあるんですよ」


 別れ際、アオルは箱の中から瓶を取りだし、気まずそうに俯いているゴッソへ手渡した。


「これは?」

「髪の色を変える薬です。偶然手に入れたものですが」

「そんな希少なもの、よく手に入ったな」

「これでも大陸を股にかける商人ですから」


 染髪薬は、とある地方の部族で作られる、秘匿性の高い代物だ。


「これでしばらくは大丈夫でしょう」

「髪色だけで誤魔化せるのか?」

「大丈夫でしょう。僕が保証します」

「しかし、借りを作ってばかりだとな……」


 何か渡せる物はないか、とポケットを漁るゴッソを見て、アオルは楽しそうに笑った。


「言ったでしょう? 先行投資。見てみたいんですよ。あなたたちの行く末を」

「そうか……ありがとう。アオル」

「では、僕はこれで失礼します。二人に神の御加護があらんことを……」


 去って行く馬車。


 それを見送ったあと、ゴッソは染髪薬を頭へ塗る。


「うわぁ!」


 モーネが感嘆の吐息を漏らした。

ゴッソの髪が金色から黒色へと鮮やかに変化していったからだ。


「どうだ?」

「うん! 似合いますよ!」

「……教会の中で少し話そう」

「……はい」


 二人は草臥れた教会へ足を運んだ。


♢


 蜘蛛の巣が張り、ステンドグラスは砕け、床一面が埃まみれ。


 ソカピの像は、寂しそうに色褪せている。


 かつて使われていた暖炉に火をくべ、モーネとゴッソは軋む椅子へ腰を下ろし向かい合った。


「俺は罪人なんだ」


 伏目がちに言葉を発し、ゴッソは奥歯を噛む。

ぎりぃ、とこちらまで聞こえそうな強さは、彼の心境を語っていた。


 できることならば、話したくない。


 しかし、髪を染めたことで過去と決別し、新たな人生を歩んでいくためには、話さざるを得ない。


 どんな罵詈雑言が返ってくるだろうか。


 ゴッソは罵倒を覚悟していた。


「そうですか」


 しかし、モーネは気にした様子もなく「それが何か?」とでも言いたげに、小首を傾げてみせた。


「アオルとの会話を聞いていただろ? 俺は公爵を殺したんだ」

「そうしなければならない理由がゴッソさん……いえ、ゴッホさんにはあったんですよね?」

「あ、ああ。そうだ」

「私、信じてますけど……だめですか?」

「信じる?」

「目の前にいる″ゴッソさん″を、です」

「モーネ……」


 にこり、と微笑んで、モーネは立ち上がった。

鞄から肉とワインを取りだし、夕食を作り始める。


 暖炉でスパイスを纏わせた肉を遠火でじっくりと焼き、その間にテーブルをもってきて軽く拭く。


 食事の準備はできたが、肉に火が通るまでしばらく時間を要する。


 ゴッソはワインをあけ、コップへ注いだ。


「……俺も、お前を信じることにする。目の前にいるモーネを」

「はいっ。信じてください」

「ふっ。だから、本当のことを語ろう」


 葡萄の香りが鼻を抜けたあと、ゴッソは暖炉を見つめながら口を開いた。


 ーー国境戦線が崩壊し、さまよう死体のような足取りで、ゴッソは王都の門をくぐった。


「どの面を下げて戻ってきたのだ? ん?」


 いち早く戦場を逃げ出した公爵シュタットは、自慢のカールした白い髭をさすり、ゴッソの胸元に剣を突きつけた。


「……どの面をさげて? そのまま返そう。臆病者の公爵よ」

「……なんだその目つきは。私は公爵だぞ?」


 ぐいっ、と押し付けられた刃を、ゴッソは素手で固く握りしめる。

ぽたり、ぽたり、と血が床へしたたり、それを目の端で見ていたシュタットは冷や汗を浮かべた。


「貴族とはなんだ?」

「なに?」

「貴族とはなんだと聞いている」

「ふんっ! 上級国民だ! 貴様らの上に立つ者……」

「違うッッッ!!」

「ひいっ……」


 シュタットは剣を手放し、尻もちをついて後退りをした。

ゴッソの目は見開いて、まるで闇を宿したかのように濁っている。


「貴族とは国民を導く者だ! 守る者だ! そんなことも分からない貴様が……貴族面をするなぁッッッ!」

「や、やめ……」

「千人以上が死んだ……死んだんだ! 昨日まで笑っていたやつも何もかも! 死んだんだぞ!」


 ゴッソは剣の柄を手に取り、上段に構えて震えている。

あまりの剣幕に、周りにいたシュタットの護衛たちは動けずにいた。


「だ、誰か! こいつを……」

「俺と一緒に……貴様も地獄へ行け」

「ぎゃあああッッッ……」


 どさり、とモノが倒れた音が、あたりを静まり返らせた。

ゴッソの流した血の跡を、シュタットから流れ出る液体が消していく。


「こんな国はもう、守る価値もない」


 剣を投げ捨てたゴッソは、王都の外へゆらりと歩いていく。


「……俺を追ってこないでくれ。それだけが最後の願いだ」


 その日から、ゴッソの逃亡は始まった。


 何日、何週間、何ヶ月。


 追ってくる兵は途切れない。


 中には見知った顔もいた。


 なるべく傷つけず、ただ逃げることを優先しても追撃は止まない。


 やがて精も根も尽き果てて、あの森で死を覚悟して眠りについた。


 生まれ育った東の果て、海沿いの町で死にたかったけれど、人知れずこんなところで死ぬのも悪くないと思っていた。


「だが、俺は生きていた。いや、モーネに生かされたんだ」

「なぜ本当の理由を言わないんですか?」

「殺した理由を正当化したくないんだ。死んでいった仲間たちを逃げ道にしたくない」

「ひとつ、聞いていいですか?」

「なんだ?」

「産まれた町で死ぬつもりだったんですか?」

「そうだ。俺の目で見たその景色だけは……あの世へ持っていけるだろう」


 じゅうっ、と暖炉が鳴く。

気がつけば焼けすぎた肉が、炭化しつつあった。


 モーネは酒をあおるゴッソへ、一言だけ返したあと席を立つ。


「ゴッソさんは、私が思っていた通りですね」と。


 夕食の準備を始めたモーネの背中を見つめながら、ゴッソは静かに笑った。

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