EP〜藍色の竜編〜 第三話 真夜中の二人
「……クソっ」
いつのまにか眠っていたらしい。
自分の膝を枕にして、モーネはすやすやと夢を見ていた。
額に滲んだ脂汗を拭って、ゴッソはモーネを優しくどかし、薪を拾いにその場を離れた。
街道から外れた森の入口で折れた枝を拾っていると、木陰から人の気配を感じて長剣の柄に手を添える。
「……誰だ」
ぬるり、と影から姿を現したのは、ショートソードを両手に携えた、金髪の若い男だった。
「やっぱり、あんたが国境の死神だったんだな」
顔の大半を隠していたフードは、薪を拾うために後ろへ落としていた。
ゴッソは長剣を抜き、正眼に構える。
「……目的はなんだ?」
ゴッソは殺気を放つ男、ヨハネを睨みつけながら静かに問いかけた。
「知ってるか? 兄さんの懸賞金の額」
「知らん」
かさり、と枯葉を踏み砕き、ヨハネは体勢を低くし、ショートソードを順手と逆手に持ち直す。
そして、音もなく加速し、一気にゴッソの懐へ飛び込んだ。
「二億ゴルド……さ!」
(速い……!)
咄嗟にバックステップし、左右からの剣戟を避けたゴッソは、上段から真下へ刃を振り下ろした。
金属がこすれ、火花が舞う。
軽くいなして入れ替わるように背後へ回り込み、ヨハネは膝裏を狙って斬りつける。
機動力を奪うつもりだ。
ゴッソはその意図を読み、宙返りしてヨハネの頭を蹴りとばす。
「……バケモンかよ!」
ぐらり、と体勢を崩しながら、着地の瞬間を狙って逆手に持った剣を水平に薙いだ。
「遅い」
ゴッソは剣の腹を拳で殴りつけ、ヨハネは耐えきれず柄から手を離し、右手に残ったショートソードを両手で持ち直す。
ひゅうっ、と吹き抜けた風が、対峙する二人の間で渦を巻いた。
木の葉が舞う。
それを切り裂くように、地面と平行に構えた長剣でゴッソが切り上げると、ヨハネの武器は弾かれて倒木に突き刺さった。
「……言い残すことはあるか?」
切先が喉に触れ、さらりと血が流れる。
ヨハネは両手をあげて、降参の意思表示をしながら、軽い口調で叫んだ。
「いやー、参った参った。俺の負けーっ!」
「……どういうつもりだ?」
「ちょっと知りたかっただけ。噂の死神とやらの実力をね」
こんな状況でも笑みを浮かべている。
(頭のネジが二、三本ぶっ飛んでいるのか?)
ゴッソは少しだけ興味が湧いてきて、長剣を背中に戻して睨みつけた。
「妙な動きをしたら殺すぞ」
「わ、わかったよ……」
射殺すような視線に、ヨハネの背を冷や汗が流れた。
警戒を解かないまま、ゴッソは剣の刺さった倒木に腰掛けた。
いざとなれば、この剣を抜いて殺すつもりだろう。
そんな意図が読みとれて、ヨハネは胡座を掻いて地面に座った。
「実は、あんたを見込んで頼みがあるんだ。ゴッホ・フィンセントさんよ」
「……お前は何者だ?」
「俺は向こうの国出身、といえば察しがつくかな?」
「……元軍人か。それも暗殺部隊の」
「そこまでわかっちゃう?」
「あんな型の剣技は表には出回らないからな」
「さすがだねぇ」
ヨハネは懐のマジックバックから酒瓶を取りだし、ゴッソへひとつ投げ渡した。
「毒入りか?」
「頼む相手に毒を渡すやついる?」
「まあ、滅多な毒じゃ死なんけどな」
「……あんた本当に人間?」
本当か嘘かわからない言葉に、ヨハネのこめかみが引き攣った。
この男ならば、大型の魔物を屠る毒でも耐えるかもしれないと、根拠はないが思わせてしまう雰囲気がある。
「まあ、いいさ。もらうぞ」
「どうぞ。飲みながら聞いてくれ」
緩いエールで喉を潤すと、先ほどまでの熱が引いていく。
ゴッソは長話に備えて葉巻に火をつけ、エールの肴にしながら耳を傾けた。
「……婚約者を探している。青い髪をしたハーフエルフだ」
「ハーフエルフ……」
「俺の生まれた村のすぐ近くに、エルフの隠れ里があるんだ。昔から村とは交流があってね。ハーフエルフも一緒に暮らしていた」
ヨハネは、南を統治する大国、ゴッシェルドの僻地で産まれた。
名もなき村は、地図から忘れられるほど田舎だった。
しかし、だからこそエルフと交流を続けてこれた。
ヨハネの恋人は、ハーフエルフのエラールという可憐な少女だった。
青色の髪は、村のどこを歩いていても簡単に見つけられそうだった。
彼女はお気に入りの銀の髪飾りを褒められるのが好きだった。
ヨハネが軍に入り、国境戦線が冷戦状態になったころ。
任務を終えたヨハネは、故郷の村へ足を向けた。
久しぶりに恋人に会えると、その足取りは実に軽やかだった。
彼女が好きそうなハチミツ、髪飾りを途中で買って、やがて村が見えてきたころ。
濛々とした黒煙が空を埋め尽くしていた。
「……エラール!!」
手に持っていた荷物を投げ捨て村へ駆けていくと、そこには炭となった人と建物しか残っていなかった。
「なんだよ……何があったんだよ……」
村を出てあたりを彷徨っていると、草むらで血のついた銀色の髪飾りを見つけた。
エラールが好んで着けていたものだった。
「どこかで……生きているのか……?」
まるで彼女が泣いているかのような冷たい雨が、ぽつり、ぽつりと肌を打つ。
ヨハネは髪飾りを握りしめ、その日に軍をやめた。
各地を歩き情報を探していく中で、北の大国モネアールで手がかりを見つけた。
そして、偶然ゴッソと出会ったのだ。
かつて最悪の敵だった男と。
「ーーで、だ。ある街でオークションが開かれるらしいんだ。開催日はわからないが、一ヶ月以内だろうと読んでる」
「そこへ乗り込みたい、と」
「そうだ。あんたの力を借りたい」
「…………」
深々と頭を下げたヨハネへ、ゴッソは葉巻を吹かしながら思案した。
どうせ次の町へ行ったらモーネとはお別れなのだから、こいつに付き合ってやってもいい。
しかし、それを考えると、胸の奥で何かが引っかかっていた。
『ゴッソさん!』
無邪気に笑う、モーネの顔が脳裏に浮かぶ。
(ああ、そうか。俺は……)
葉巻を地面に押しつけて、ゴッソはゆっくりと立ち上がった。
「すまない。期待には添えそうもない」
「……そうか」
「だが、もし……」
「ん?」
「もし、モーネがその街へ行く時があれば、その時は付き合おう」
「……ああ。ああ!」
飄々としていたヨハネの瞳が、浮かんだ涙で滲んで見えた。
「ごちそうさん」と、エールの入っていた瓶を振って、ゴッソはモーネのもとへ戻っていった。
ヨハネはショートソードを腰の鞘へ戻し、残っていたエールを一気に飲み干した。
「待ってろよ……エラール……」
そして、暗い森の奥へ歩いて行く。
その足取りは、ほんの少しだけいつもより軽かった。
♢
「ん……」
肌寒さを感じて、モーネは薄っすらと瞼を持ち上げた。
「ゴッソさん……?」
そこにゴッソの姿はなく、小さくなった焚火が揺れているだけ。
手近にあった少量の薪をくべ、息を吹きかけて火を大きくしていく。
「ふーっ。ふーっ!」
ゴッソが戻ってきた時に寒くないように、できるだけ火を安定させようと、新たな薪を探しにモーネは立ち上がった。
暗闇が手招きしている。
森の近くは、いいしれない不気味さが漂っていた。
(お父さん……)
父親がいなくなる夜も、こんな風に暗かったのを覚えている。
どこへ行ったのだろう? どこへ行けばいいのだろう?
モーネは初めて、不安というものを覚えた。
村を出るまで何も知らなかった。
知ったつもりではいたのに、旅は思っていた以上に困難だった。
けれど、ゴッソと出会った。
いつも助けてくれて、そばにいてくれる。
「お父さん、私がいたよ……そばに」
父親は寂しかったのだろうか。
何年考え続けても、父親がいなくなった理由を見出せずにいる。
モーネは暗い気持ちで薪を集め終え、その気持ちを一心不乱に絵に込めた。
鉛筆が彼女の気持ちを代弁するかのように、絶え間なく動き続ける。
やがて書き終えたのは、父親と見たひまわり畑の景色だった。
「……また、描いてたのか」
書き終えた絵を火のそばで眺めていると、薪を抱えたゴッソが姿を現した。
「……おかえりなさい」
モーネは笑ってみせ、ひまわり畑の絵を後ろに隠した。
ゴッソはそんな彼女の笑顔が普段と違って見えて、なにかあったのだろうかと首を傾げる。
「どうかしたか?」
「ん……」
首を左右に振り、誤魔化そうとするモーネの隣へ座り、ゴッソは銀色の髪を撫でた。
「……無理しなくていい」
「……うん」
目を閉じて小さく頷いたモーネは、画用紙を握る手に力を込めた。
「それ、見てもいいか?」
モーネはそっと絵を差し出した。
どこかの村の、どこかの畑の、満開のひまわりが咲いている絵。
「綺麗な絵だな。モーネの産まれた村か?」
「はい。昔、お父さんと見た景色なんです」
「そうか……」
ゴッソはしわになっていた箇所を丁寧に伸ばし、モーネへ手渡した。
「とにかく、町についたら聞いてみよう。モーネの父親のこと」
「手伝ってくれるんですか?」
「……どうせ暇だからな」
「ゴッソさん……」
頬を掻きながら目を逸らしたゴッソを、モーネは潤んだ瞳で見つめた。
ほんのりと赤らんだ顔が、年齢よりも若く感じさせて彼女の頬を緩ませる。
「な、なんだ」
「ありがとうございます」
「ふっ。どういたしまして。ほら、もう少し眠るといい」
静かに夜が更けていく。
ぼうっ、と時に強まる炎が、そんな世界を一瞬だけ明るく照らしていた。




