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絵描きのモーネと傭兵ゴッソ  作者: おしお


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EP〜藍色の竜編〜 第ニ話 国境の死神と呼ばれた男

 川がある……はずだった。

地形から考えると、かなりの高確率で川があるはずなのに、それがない。


「見誤った……か?」


 ゴッソは辺りを見渡し、水の気配を探した。

濃い緑の木々、その木の幹に、浸水したような跡がある。


 足下には溝があり、やはり水が流れていたのだと知らせた。


「川、ありませんね」

「いや、川があった……はずだ」

「……あった?」

「ああ。五メートル先まですこし下がっているだろう?」

「言われてみれば……」

「このあたりの草だけ背丈が低い。つまり、最近まで水が流れていたんだ」


 ゴッソは足下を掘り、かすかな湿り気を指先に感じた。


 地面を掘って泥土でも絞れば、泥水を啜れるくらいには湿気っている。


 自分ひとりなら泥水でも構わないが、モーネのことを考えると綺麗な水がほしい。


 手持ちの水はもう少ない。


「……上流へ行ってみよう」

「はいっ」


 川の跡に沿って、二人は上流を目指して歩きだした。


 しばらく歩くと、森の奥で枯れかけた泉を見つけた。


「ここか」

「あんまりないですね。水」

「枯れかけているな。ここで待っていろ」

「はい。気をつけて」


 ゴッソは三メートルほどの傾斜をおり、そこに溜まっていた水へ水筒をつけた。


 ぶくぶくと空気が抜け、水が満たされていく。

その間に手のひらで掬って口へ含み、飲める水かを確認する。


「……飲めそうだな」


 ゴッソは三つの水筒を満杯にして、モーネの元へ戻った。


 早速飲もうとしたモーネを制し、念の為に煮沸すると薪を集め始める。


 しぶしぶ、といった様子で、モーネも小さな木の枝を集めた。


「生水は煮沸した方がいい。特に山の中ではな」

「なんでですか?」

「細菌ってのがいるらしい。俺も詳しくは知らんが」

「へー……見てみたいです。細菌」

「変わったやつだな」


 ゴッソはため息をついたあと、沸かしたお湯をモーネのコップへそそぐ。


 モーネが熱そうに口へ運ぶと、口の中に違和感をかんじた。


「ん……なんでしょう? これ」

「葉っぱでも混じったか。すまんな」

「いえ、なんか魚の鱗みたいなものが……」

「どれ……これは……」


 手渡されたそれを太陽に透かしてみると、藍色の煌めきが見える。

魚や、それに属した類のものではない。


「竜の鱗だな」

「竜!? 実在するんですか!?」

「ああ。東の果てで見たことがある。それは紅の色をしていたけどな」

「御伽話だと思ってました」

「御伽話に近いさ。俗世に関わらず、自然を調停する存在。それこそが竜だからな」

「へー……」


 竜の鱗を手に取り興味深そうに見つめていたモーネは、ふと気づく。


「この鱗の大きさなら、かなり小さくないですか?」

「……確かに」


 ゴッソが見かけた竜は、数十メートルはありそうなものだった。


 おおよそ人が敵うはずもない存在だと、魂の奥底に焼きつけるサイズ感。


 しかし、手元にある鱗はそれとは違う。


「……近くにいるかもしれない」

「竜、ですか?」

「ああ。探してみるか?」

「はいっ!」


 二人は泉を中心に、あたりを見て回った。

木の影や岩の下、茂みを掻き分けて探してみるものの、それらしい姿は見当たらない。


「いませんね」

「たまたま落ちていただけか」

「そうです……きゃぁっ!?」

「モーネっ!!」


 探し疲れて倒木に腰掛けたモーネは、唐突な浮遊感に叫び声を上げた。


 すっぽりと大きな穴が開き、仰向けに倒れ込んだモーネは、穴の中へ滑り込んでいく。


 慌ててゴッソも穴へ飛び込み、彼女の体を抱き抱え自分を盾にする。


 やがて二人は穴を通り抜け、視界いっぱいに広がる地底湖へ落ち、派手な水飛沫をあげた。


「ぶはっ!」


 ゴッソは水面へ浮かび上がり、モーネを背負って声をかける。


「モーネ! しっかりしろ!」

「うぅ……うーん……」


 衝撃で意識を失っていたのか、か細い返事が返ってきた。


 ゴッソはあたりを見渡して、緑の苔に覆われた小さな陸地を見つけた。


 鎧も長剣も重く、下へ下へと体を沈ませようとする。


 悠長にしていられないと、ゴッソはありったけの力で泳ぎ、小高い陸地へなんとか辿り着いた。


「ハァハァハァ……」


 火を起こすものであれば、と立ち上がったものの、そこには草の一本すら生えていない。


「うぅ……」


 濡れた服は容赦なく体温を奪い、モーネは寒さで震えはじめた。


 手荷物は泉のそばに置いていて、着替えなんてあるはずもない。


「……仕方ない、か」


 ゴッソは濡れた服を脱ぎ、マントを絞り上げて羽織る。

そして、モーネの服を脱がせ、懐に抱き寄せて体を丸めた。


「ゴッ……」

「服が乾くまで我慢しろ」


 耳まで真っ赤になり、強く目を閉じた彼女の気持ちを察して、ゴッソはつとめて淡々と声をかけた。


(……あったかいなぁ)


 ごつごつした筋肉が、モーネの肌へ触れる。

伝わってくる熱が、冷え切った体に沁みる。


 モーネはその温もりに抱かれ、次第に瞼が重くなっていった。


♢


「ん……」


 幼い頃、父親に抱き抱えらていたころのような、不思議なやすらぎを感じて、モーネは静かに目を開けた。


 両肩から回された傷だらけの腕が、ゴッソのものだと気づくのにそう時間はかからなかった。


「……起きたか」


 低い声が、耳のすぐ後ろで聞こえる。

ぞくり、と背中に電気がはしったかのように、モーネは背筋を伸ばした。


 どれくらい眠っていただろうか。


「そろそろ乾いてきた頃だろう」


 ゴッソは立ち上がり、長剣に干していた服を確認する。


 背中からの温度が消え、途端にモーネは肌寒さを感じた。


「……着れる程度には乾いたか」


 湿っている服を手渡し、ゴッソは背中を向ける。

モーネは礼を言ったあと、自分が下着姿であることに気がついて、またしても頬を染めた。


「あ、あたためてくれたんですか?」

「ああ。あのままじゃ死んでいたからな」

「そ、そうですか」

「どうした?」


 ゴッソはやたらと冷静で、恥ずかしがっている自分が馬鹿みたいに思えてきたモーネは、服を着た後に頬を膨らませた。


「乙女の柔肌を見て、なんでそんなに冷静なんですか!」


 きょとん、とした顔。

さながら、お前みたいな小娘に欲情するわけがないだろう! とでも言いたげだった。


同年代と比べて小ぶりな胸をさすり、モーネはため息をついた。


「それより」


 ゴッソはそんな乙女に気づかないふりをしたまま、地底湖の遠くを指差した。


 全体的に薄暗い中、そこだけが淡く光っている。


「あれは……」

「……あそこに何かいる」

「もしかして……」

「おそらく、竜だ」


 どきん、と胸が高鳴って、モーネはじっとその方向を見つめた。


 しかし、問題はあった。


「どうやってあそこまで行くか、だな」


 二百メートル先まで、ゴッソひとりならば容易く泳げるだろう。


 しかしモーネがいるとなると、そうもいかない。


 背負って泳いでもいいが、結局また濡れてしまう。


「全裸で泳ぐしかないか」

「ぜ、全裸……」

「嫌か?」

「そりゃ嫌ですよ……」

「ふむ」


 十メートルほどの平地を見渡す。

しかし、苔しかない。


「いや、この苔が使える」

「え? 苔が?」

「離れていろ」

「はい」


 ゴッソは長剣を抜いて地面へ刺し、そのまま走りだした。

正方形を描くように走ったあと、地面から苔を剥がして丸める。


 すると、苔は丸太のようになった。


「浮ゴケ、だな」

「浮ゴケ?」

「ああ。水に浮く苔だ。こいつを丸めてイカダにする」

「なるほど!」


 ゴッソが切り取った苔をモーネが丸め、マントを破って紐にする。


 縛って苔を繋ぎ合わせ、簡易的なイカダを作り上げた。


「モーネくらいなら乗れるはずだ」

「ゴッソさんは?」

「俺は引いて泳ぐ」

「けっこう遠いですよ?」

「問題ない。しっかり掴まってろ」

「はい。きゃっ!?」


 ゴッソが泳ぎだすと、イカダはまるで海の生物に引きずられているかのように、猛スピードで地底湖を走りだした。


(都で軍人だったのは聞いたけど……)


 育った村でこれほど強靭な肉体を持った者を見たことがない。

改めて目の当たりにしたモーネは、都会の人間って凄いんだなぁ、と場違いな感想を抱いていた。


 遠くに見えていた淡い光が、次第に大きく強い光へ変わっていく。


 距離が縮まるにつれ、モーネはその大きさに心を躍らせた。


 ゴッソが見た竜と同じく、巨大な姿がそこには眠っていた。


 それは二人を一瞥したあと、興味もなさそうに呟いた。


『人間か』


 顔を見合わせたあと、ゴッソが一歩前にでる。


「藍色の竜よ。騒がせてすまない。俺たちはここを出たいだけだ」


 ゴッソの言葉の節々に、竜へ畏敬の念が感じとれる。

モーネは喉を一度鳴らしたあと、深々と頭を下げた。


「お騒がせして申し訳ありません」

『ふんっ』

「出口はどちらですか?」

『向こうから登れ。そして、二度とここへ来るな』

「ありがとう。このことは他言しない」

『なぜお前たちがここへ来れたかは知らないが、次はない……待て……!』


 去ろうとする二人を威嚇するように言葉を発した竜だったが、言葉半ばにモーネを呼び止める。


「なんですか?」

『お前の懐から匂いがする』

「もしかして……」


 モーネは懐から小さな鱗を取りだした。

藍色の鱗を纏った巨大な竜は、鼻先を近づけてそれを嗅ぐ。


『そうか……』

「どうかしましたか?」

『…………』


 竜はそれ以上の言葉を発さず、再び眠りについた。

声をかけようとしたモーネを、背後からゴッソが止める。


「行くぞ」

「は、はい……」


 後ろ髪ひかれるように、竜を気にしていたモーネだったが、ゴッソに手を引かれてその場を後にした。


 竜の眠っていた場所から少し離れたところに、太い蔦が生えている。


 それは天高くまで続いていて、ゴッソはモーネを背負って登りはじめた。


「あれ? なんでこんなところに?」


 登り続けてしばらくすると、二人は泉からほど離れた崖にしがみついていた。


「……魔法か」


 崖を降りたゴッソはモーネを下ろし、足下を触って確認する。


「ただの地面だな」

「魔法って凄いんですね」

「ああ。自然の摂理を捻じ曲げるものだからな。人間で魔法を使えるものは少ないが」

「古の魔女とかですか?」

「まあ、そんな感じだ」

「ゴッソさんは会ったことがあるんですか?」

「戦場で会ったな」

「へー! どうでした?」

「……殺されかけた」

「えっ」

「完膚なきまでにやられた」

「そ、そうですか」


 ゴッソは嫌なことでも思い出したのか、鋭い目をして遠くを見た。

その迫力におされ、モーネは噤んだ。


 二人は泉へ戻り、荷物を手に取って山を下り始める。


 夜になる前に山を降りた二人は、街道沿いで一晩を明かすことにした。


 気づけば、次々と自分たちの周りで野営の準備を始める旅人がいて、モーネは不思議そうに辺りを見渡した。


「人気の場所なんですか? ここ」


 ゴッソは堪えきれず、声を殺しながら笑った。


「くくっ……か、かもしれんな……」

「もーっ! 意地悪しないでください!」

「すまんすまん。旅人や冒険者の習慣というか、心得だな」

「心得?」

「魔物や野盗に襲われにくくするために、野営者がいたら群れて野営をする。そうやって身を守るのさ」


 野営をする人々は、老若男女いりまじり、戦士も商人も何もかもが準備をしている。


 ひとつの大きな集団にすることで、少しでも危険を減らしたいのだ。


「やあやあ、そこのお兄さん」

「ん?」

「顔を見せておくれよ」


 ゴッソはいつのまにか、顔を隠すようにフードを目深にしていた。


 そこへ、近くに現れた冒険者のひとりが、素性を確かめようと近寄ってきた。


「俺たちがいたところにお前たちが来た。違うか?」

「そりゃ、そうだけど」

「気に入らなければ他所へ行け。俺は構わん」

「……わかったよ」


 ゴッソの強い口調に、若い冒険者はおとなしく戻っていく。


「…………」


 モーネはその背中を見送ったあと、寝転がるゴッソの横へ腰を下ろした。


「いつのまにフードを被ったんですか?」

「ん? 人が増えた頃だな」

「……顔を見られたくないんですか?」

「まあな」


 焚き火へ木の枝を放り込みながら、モーネは膝を抱えた。


「聞かないのか? 何があったのか」


 ゴッソが王都から来たことを、兵に追われたことをモーネは知っていた。


 だが、それ以上は聞かなかった。


「ゴッソさんが言いたくなるまで待ちますよ」


 モーネは優しく微笑んで、食事の準備に取り掛かる。


「よかったらコレ、使わないかい?」

「いいんですか?」

「気を悪くさせちまった詫びだよ」

「ありがとうございます」


 モーネが食事の準備をしていると、先ほどの冒険者がワインとバターを持って現れた。


 カピカピのパンも、バターがあればご馳走になる。


 それに気づいたゴッソは身を起こし、軽く手をあげて答えた。


「気に入ってくれたみたいだな。オレの名前はヨハネ。またどこかで会ったらよろしく頼むぜ」

「私はモーネです。あっちはゴッソさん」

「ゴッソ……」

「どうかしました?」

「いや、オレの勘違いだったみたいだ。じゃあな!」


 ヨハネと名乗った青年は、ゴッソを一瞥したあと、自身の野営地に戻っていく。

ゴッソは気にした様子もなく、料理ができるまで眠ろうと目を閉じた。


「さて、と」


 モーネは食材を鞄から取り出した。

ニンニクと玉ねぎ、それから干し肉が少し。


 鞄へ目一杯つめこんだ食材も残りわずかになっていた。


「魔法の鞄があればなぁ……」


 錬金術師達が作り上げた魔道具、マジックバッグ。


 それは面積以上の容量を持ち、冒険者や旅人には必須のアイテムだった。


 しかし、モーネの住んでいた村にそんなものはなく、こうして物理的に入るだけのものしか詰め込めずにいる。


 ないものねだりをしても仕方ないと、モーネは玉ねぎと干し肉を刻んで、バターとニンニクを炒めた。


 バターの焦げた香りと、ニンニクの香りが混じりだした頃、刻んだ材料を入れて炒めていく。


 その間にパンへバターをたっぷりと塗り、弱火でじっくりと焼いた。


「ゴッソさん。できましたよ!」

「ん? ああ。ありがとう」


 バターの芳醇な香りが鼻をくすぐり、ゴッソは静かに目を開けた。


 木製のプレートに炒めた玉ねぎと干し肉、それにバケットが添えられている。


「こりゃ美味そうだな」

「もっと豪華にできたら良かったんですけど……」

「充分だ」


 モーネはワインをコップへ注ぎ、ゴッソへ手渡した。

高いワインではないが、質は悪くない。


 バケットに炒めたものをのせると、ニンニクと塩胡椒、バターの風味がワインをすすませる。


 ゴッソは飲み込んだあと、満足そうに天を仰いだ。

酒を飲めないモーネは、その表情だけでお腹いっぱいになりそうな気がしていた。


 自分が作ったものを、美味しそうに食べてくれる。


 なんて幸せなことだろうか。


「おかわり、焼いておきますね」

「ああ、ありがとう」


 今回の酒にあう味つけは、濃いものを好むゴッソの舌に合ったようだ。


 酒の入ったコップを回し、香りを楽しむさまは、さながら社交界の貴族を思わせる。


「なんか、ワインが似合いますね」

「ん? そうか?」

「はい。大人! って感じです」

「ははっ。なんだそりゃ」


 褒められて悪い気分ではない。

ゴッソはワインを一本飲み干して、懐から葉巻を取りだした。


「お父さんも吸ってたなぁ……」


 あんな臭いものの、どこが美味しんだろうかと、モーネは眉を中央へ寄せる。


 そんな彼女の表情に気づき、ゴッソはおもむろに立ち上がって距離をとった。


「向こうで吸ってくる。少し待っててくれ」

「はーい」


 モーネは紅茶を入れ、真新しい画用紙を鞄から取りだし、先ほどのワインを飲むゴッソの姿を描きはじめる。


 油絵具が乾くほどの時間はなく、先端を長く削った鉛筆を走らせて、目に焼きついた姿を形にしていった。


 彼女の様子を遠くから見ていた旅人たちは、気になって後ろを通り、何食わぬ顔で覗いていく。


「上手いもんだなぁ……」


 誰のものかもわらない呟きが、静まり返った街道へ響いたころ、葉巻を吸い終えたゴッソが戻ってきた。


「ん? 何を描いてるんだ?」

「ひゃぁっ!? 早かったですね……」


 両手で画用紙を抱きしめ、見られないように体を丸めて乾いた笑みを浮かべる。


「隠さなくてもいいだろう?」

「え……あーーっ! ちょっとー!」


 にたり、とほくそ笑んだゴッソは、瞬きする間に懐から絵を奪いとり目の前で広げた。


 慌てて取り返そうとしたモーネだが、百九十センチを超える大男の腕には届かない。


「……俺、か」

「もう……まだできてないのに……」

「モーネ」

「……なんですか?」

「ありがとう」


 心からの感謝に、モーネは何も言えなくなってしまった。

急に恥ずかしくなり、素っ気ない返事をかえして横になった彼女のそばで、ゴッソは嬉しそうに何時間も見つめていた。

 

♢


『魔物だーっ! 魔物がでたぞーっ!!』


 南北の大陸をそれぞれ統治する巨大国家は、国境をめぐり争っていた。


 ゴッソはその最前線にて、白銀の甲冑に身を包み、現れる敵を斬り伏せていた。


 ”国境の死神”


 いつしかそんな二つ名がつけられるほど、彼の存在は敵国の脅威となっていた。


 むせかえるような死臭が、甲冑の隙間から入り込んで表情を曇らせる。


 雨か血かわからない液体が、足元をぬかるませ疲労を加速させる。


 そんな時だ。


 魔物の集団が軍を襲ったのは。


「第一部隊! 陣形をまとめろ! 第二部隊は俺に続けーッ!」


 バラバラになりかけた軍を必死に鼓舞し、戦況を立て直そうと試みる。


 しかし、軍本部は最前線を捨て、逃げ帰った。

指揮にあたっていた公爵は、命惜しさに逃げだしたのだ。


「あいつらあぁぁぁぁっ!!」


 ゴッソはあらん限りの声をあげ、目前にせまった魔物を斬りつける。


(俺が……俺が守らねば……!)


 何体、何十体、何百体の魔物を倒したころ、空はうっすらと白んでいた。


「……なんとか……なったか……」


 喉が渇く。


 腰につけていた水筒を手にとり、兜を脱いで水を口へ含んだ。


 ごくり、と喉を潤して、自分が生き延びたことを実感する。


 そして、自分ひとりが生き延びたことを、同時に知ってしまった。


「うぁ……うああぁぁぁっ!!」


 この日、彼を残して千名以上が死亡した。


 ーーあの日の悪夢は、今でもゴッソを眠れない夜に導いている。


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