EP〜藍色の竜編〜 第十二話 父の絵と
「今日は二階を見ようかな」
宿を出たモーネは、美術館へ向かいながら思案していた。
結局、最後の晩餐の絵が気になって一階を見るだけで閉館してしまった。
なので改めて美術館へ向かっている。
前回と同じようにチケットを買って中へ入り、二階へ上るための階段を踏む。
二階には石像や銅像、彫刻や版画があり、一階とは違う新たな景色が広がっていた。
「生きてるみたい……」
大きな貝殻の上に立っている女性の像を見つけてモーネは足を止めた。
細部まで再現された貝殻と、どこか男性的な雰囲気も感じる女性の石像は、角度を変えればどちらにも見てとれる。
「凄いなぁ」
写実的な描き方を好むモーネは、自分にはない感性を素直に褒めていた。
数時間かけて最奥へいくと、赤いフリルのドレスを着た女性の版画が展示されている。
「これ……もしかして!」
モーネは柵から身を乗り出し、食い入るように版画を見つめた。
独特の絵のタッチには見覚えがある。
「お父さんの……お父さんの絵だ……」
モーネは俯いて、体を小さく震わせた。
看板にはこう書いてあった。
″アドルフの妖艶な夜″ と。
それの真意をモーネにはまだ分からない。
ひとつ言えるのは、女性の版画から愛情に近いものを感じとれたことだ。
「お母さんなの? 私の……」
母の記憶はない。
モーネが産まれたと同時に命を落としたと聞いている。
だが、父親が愛をこめた絵のモデルは、モーネにとって母親の姿を想像させるのには充分だった。
「あの……すみません」
「……はい」
声をかけられて、モーネは目元を拭って振り向く。
視線の先には、スーツを着た背の高い老人が立っていた。
「な、なにか?」
柵から身を乗り出してしまったことを怒られるのだろうか、とモーネは後退りをする。
「もしや、モーネ様では?」
「えっ……どうして私の名前を……」
「いや、ここではなんですので、場所を変えましょう。着いてきてください」
「は、はい」
モーネは老人に案内され、美術館の関係者しか入れない部屋へ連れてこられた。
テーブルを挟んで三人掛けのソファーがあり、二人は顔を合わせるように座る。
「私の名前はクラフト。ここの館長をしています」
老人は名をクラフトと名乗った。
モーネは頷いて応え、クラフトは言葉を続ける。
「あなたが来るのをずっと待っていました」
「それって……」
「我が師、アドルフ様より手紙を預かっています」
クラフトはスーツの内ポケットから封筒を取り出した。
それはベルフェールで手渡されたものとそっくりだった。
「どうぞ。読んでください」
「はい……」
″私は神の声に導かれている。お前がこれを読んでいるころ、もう遠くにいるだろう″
「これだけ……」
「拝見しても?」
「どうぞ」
モーネが手紙をクラフトに見せると、何やら考え込んだ様子で立ち上がる。
そして、部屋の奥に備えてあった机の引き出しから、赤い液体が入った小瓶を手に取った。
「以前、別れ際に渡されたものです」
「これって……」
「血塗られた紅。師はそう仰っていました。それは作品を描いたものの残りを譲り受けたものです」
「この色……」
「お察しの通り、あの版画に使われたものです」
モーネは瓶の蓋をあけて、手のひらに一滴垂らした。
油とは違う、さらさらとした手触り。
「それはあなたが持っていてください。そうするべきです」
「わかりました」
「お時間をとらせましたね」
「いえ……クラフトさんはお父さんの行先を知っていますか?」
「私には。ただ、師事している間、口癖のように仰ってましたね」
クラフトは立ち上がり、部屋の扉をあける。
そして、続けて立ち上がったモーネをじっと見据えた。
「……約束の地へ向かう、と」
「…………」
「では、そろそろ閉館時間ですので。モーネ様に神の御加護があらんことを」
部屋の外へでると、静かに扉は閉まって鍵がかけられた。
モーネは美術館を後にし、宿の自室へ戻る。
そして、小瓶を眺めながら呟いた。
「……約束の地……そこにいるんだね」
世界が眠りつく。
まるで秘密を覆い隠すように。




