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絵描きのモーネと傭兵ゴッソ  作者: おしお


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EP〜藍色の竜編〜 第十三話 美術館と魔女と

「ただいま」

「ゴッソさん! おかえりなさい!」


 翌朝モーネが食堂へ向かうと、ゴッソが席についていた。


「よう。お嬢さん」

「ヨハネさん。居たんですね」

「……なんか冷たくない?」


 その隣に座って食事をしていたヨハネも声をかけたが、モーネはそっけない返事をかえしただけ。


 ゴッソを連れて行かれたことを、少しだけ怒っているのかもしれない。


「お二人とも、用事は済んだんですか?」


 モーネはゴッソの隣に腰掛けて、運ばれてきた朝食へ腕を伸ばした。


「いや、まだだ。だが、もうすぐ終わる」

「街を離れるんですか?」

「いや、街の中で依頼人と落ち合う予定だ。中央広場でな」

「……そうですか!」


 ゴッソが街を離れないと知り、モーネの声色が高くなる。

ヨハネはそんな二人を微笑ましく眺めると同時に、自身も婚約者に会いたいと考えていた。


 食事を終えて中央広場へ行くと、噴水の前に馬車が停まっている。


 東西南北への別れ道だから珍しくはない。

しかし、その馬車の隣に立っている男を見つけ、モーネは珍しく大きな声を出した。


「アオルさん!」

「おーっ! これはこれはモーネさん。お元気そうですね」


 にこにこと笑みを絶やさない愛嬌のある顔が、不思議と安心感を与える。


「……なんとなく、お前じゃないかと思ったよ」

「んー? なんのことでしょうか?」

「まあ、いいさ。依頼の品はこれだろう?」

「ああっ! 私のペガサスちゃん! よかった……」

「なんだ。知り合いだったのか」


 ゴッソが手渡した馬の像はペガサスというらしい。

三人を交互に見渡して、ヨハネは驚いた様子で問いかけた。


 それにアオルは頷いてみせ、四人は喫茶店へと向かう。

粋なマスターの計らいで、個室に近いテーブルを与えられた四人はそれぞれ椅子に腰掛けた。


「んー、ヨハネさんの知り合いがゴッソさんとは」

「どうせ調べてたんだろう?」

「あははっ。さて、どうでしょうねぇ」


 「情報も武器なので」と、アオルは人差し指を唇へ当てる。


「お待たせいたしました。コーヒーです。こちらはカフェオレです」


 モーネの前にミルクと砂糖の入ったカフェオレが置かれた。

息を吹きかけて冷ましながら口へ運ぶと、以前飲んだものより飲みやすかった。


「……美味しい」

「ふっ。モーネには丁度いいかもな」

「もしかして、子ども扱いしてません?」

「ははっ。味覚が正直ってことですよ」


 ゴッソの言葉で頬を膨らませたモーネへ、アオルはすかさずフォローをいれた。


 そして、四人の話題は本題へ移る。


「ひとつ聞きたい」


 コーヒーをカップへ置いたあと、視線が鋭くなる。

その空気を察して、アオルの顔から笑顔が消えた。


「なんでしょう?」

「あの鱗のことだ。覚えはないか?」

「鱗……ぼくが奪われたのは、あのペガサスちゃんだけですよ」

「おかしいだろう? 商人の馬車を襲って像ひとつなんて。馬車ごと奪われてもおかしくはない」

「それは……」


 ゴッソとヨハネを一瞥したあと、アオルは観念したかのように両手を挙げた。


「わかった! わかりました! 話しますよ!」

「ふぇ?」


 ただひとり、カフェオレに夢中だったモーネが間の抜けた声をだした。


「ぼくが像を奪われたのは、さる屋敷で買取をしていた時です。お金と像を奪われました。といっても、お金は買取用の微々たる額でしたが」

「その屋敷とは?」

「……ベルフェールの町長さんの屋敷ですよ」

「なるほどな……それは俺たちに会う前の話か?」

「なんで分かるんですか?」

「俺たちも町長の屋敷へ行ったからだ」

「そういうことですか……」


 ゴッソの中で点がつながる。

なぜ町長の屋敷は荒れていたのか。


 なぜ町長は花瓶を投げつけてきたのか。


 奪われて警戒していたのだ。

おそらく、その時に水も食料も奪われたのだろう。


「そのときに連れて行かれたんだろうな。竜の子どもを」

「竜……そんなものが存在するとでも……」

「これを見ろ。お前なら分かるだろう?」


 ゴッソは藍色の鱗を数枚取り出し、アオルの前に置いた。

それを鑑定して、アオルは言葉を失う。


「そんなことをすれば……その地は……」

「死んで行く。ゆっくりとな」

「なんてこった……」


 ヨハネも鱗を一枚手に取り、絶句した。


商人としてあらゆる土地を巡ってきたアオルだが、噂は耳にしても実物を見たことがない。


 都市伝説の類だと思っていた。


 しかし、目の前にこうして強い魔力を帯びた藍色の鱗がある。


 人が手を出していいものではない。

それは、古くから言い伝えられてきたことだ。


「ぼくも考えを改めないといけませんね」


 見たものしか信じない。

それが信条だったが、この時ばかりはアオルの考えを根底から覆され、金槌で頭を殴られたかのような衝撃がはしる。


「問題は……この鱗がどこへ行こうとしていたのか、だ」

「その持ち主が盗賊団へ依頼したと?」

「可能性は高い」

「他には何かありましたか?」

「宝石が数点。良いものではあるが……」

「出かかりになるようなものはない、と」


 モーネは鱗を手に取り、光に透かした。

この色の雰囲気と同じものを、どこかで見た気がするからだ。


「……あっ!!」


 モーネは鞄の中から小瓶を取りだし、ゴッソの前に置く。

それを手にとって蓋を開けると、鼻の奥へ不思議な匂いが届いた。


「何かの花……か? 種類まではわからんが」

「その色を見てください」

「ん? 赤いな」

「私、わかるんです。鱗の色と近いものがあります」

「ぼくにも見せてください!」


 ゴッソから小瓶を受け取ったアオルは、片目で奥の方を覗き込んだ。


「……魔力を感じます」

「ってことは、これも竜の……?」


 ヨハネは小瓶を横から見つめ、鱗と見比べながら呟く。


「……これを持っていたのは誰だ?」

「美術館の館長……クラフトさんです」

「なるほどな。行くぞ」


 ゴッソは皆を見渡して立ち上がる。

静かに頷いた三人は、会計を済ませて美術館へ駆けた。


 四人がチケットを買って中へ入ると、警備兵を連れたクラフトが入口付近へ歩いてくる。


「おや、モーネ様。また来られたのですね」

「おい。クラフトとやら」

「ん? あなたは?」

「俺のことはどうでもいい。答えてもらおうか」


 ゴッソは鱗をとりだして、絨毯の上へ放る。

クラフトの眉が一瞬だけ跳ねたのを、彼は見逃さなかった。


「……それが何か?」

「竜の子どもをどこへやった?」

「はて? なんのことか」

「とぼけるな。お前だろう? 竜の鱗を依頼したのは」

「……どうやら、しくじったみたいですね。あいつらは」


 老人とは思えない威圧感が、ヨハネに冷や汗を流させる。

それは自然と剣の柄へ手を伸ばさせていた。


「……気をつけろ。こいつは普通じゃない」

「……ああ。下がってろ」


 モーネとアオルを自身の後ろへ下がらせ、ゴッソは長剣をいつでも抜けるように構えた。


「ククク……あーっはっはっは!」


 クラフトの声が変わる。

掠れた男の声から、艶のある女の声へと。


「何者だ!」


 ゴッソは剣を抜き、ヨハネも独特の構えで警戒する。


「我の顔を忘れたか? ゴッホ・フィンセントよ」


 ぶわっ、と風が吹き荒れた。

放出された魔力が風を生んだのだ。


 ウェーブのかかった黒髪、鮮血のような瞳と唇。

燃えるような深紅のドレス。

忘れるはずもなかった。


「……魔女……アルテミジア……」

「覚えていたか。国境の死神よ」

「目的はなんだ! 本物のクラフトはどこだ!」

「赤子のように、どうして? どうして? と尋ねるでない。鬱陶しい」


 アルテミジアが手を振る。

それだけで不可視の衝撃がゴッソを襲った。


「ぐあっ!」


 石柱に叩きつけられ、よろけた直後、目の前にアルテミジアが現れる。


「……とうにあいつは死んでおるよ」

「貴様!!」


 ゴッソが剣を振るが、それは虚空を薙いだだけだった。


 一瞬で離れた場所へ移動したアルテミジアへ、ヨハネが体勢低く飛び込む。


「らあっ!」

「つまらん」

「なっ……ぐあっ!!」


 蛇のように唸りをあげた右手のショートソードの刃先が喉元を狙い、左手の刃は胴を薙ぐ。


 だが、アルテミジアは指先ひとつで止めてみせ、つまらなそうにため息をついた。

それは蒸気のような熱波となり、ヨハネの体を包み込む。


「ーー!!」


 ゴッソはその隙に突進した。

しかし、瞬く間にアルテミジアの姿が消える。


 なんらかの魔法で瞬間移動していて、とてもじゃないが捕まえられない。

少しだけ気をよくしたのか、アルテミジアは不気味な笑みを浮かべて手を振った。


「……我は用がある。また遊んでやろう」

「待て!!」

「……その時は……や……」


 アルテミジアがぼやけ、言葉半ばに消えていく。

ゴッソが間を詰めて剣を振り下ろすが、虚しくも床を裂いて終わった。


「竜に魔女……あはは……」


 噂でしか聞いたことのないものが、目の前に次々と現れる。

アオルはもう、笑うしかなかった。


 それはいつもの余裕を感じさせるものと違って、考えることを諦めたかのようなものだった。


「…………!」


 モーネは突然走り出した。

三人は顔を見合わせて、慌てて後を追う。


「ハァハァハァ……」


 二階まで駆け上がったモーネの前で、絵の中で女が笑っていた。


「この絵は……アルテミジア……なのか?」


 ゴッソが呆然と立ち竦む。

モーネは振り返ると、消え入りそうな声で呟いた。


「……お母さん」


 誰にも聞こえない声で、そっと。

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