EP〜藍色の竜編〜 第十話 美術館へ行ってきます
朝になって、モーネとゴッソは身支度を整えたあと、宿の一階にある食堂へ向かった。
焼きたてのパンとスープ、スクランブルエッグにベーコン。
値段のわりには上等な朝食に、二人のテンションが上がる。
「よく眠れたかい?」
ヨハネはトレーに朝食を乗せて、空いている席に腰をおろした。
「ああ。久しぶりにな」
「食べながらでいいから聞いてくれ」
「ん?」
「……オークションの日程が決まった。一週間後だ」
「……そうか」
「オークション?」
ゴッソとヨハネの会話を聞きながら、パンを片手に持ってモーネは首を傾げる。
そういえばその話はモーネにしていなかったなと、ゴッソは簡単に説明をした。
あえてエラールのことは伏せた。
できることなら、モーネに人の汚い分を見せたくなかったからだ。
ヨハネはモーネを気にしながら、ゴッソへ体を寄せて耳打ちをする。
「そこで、だ。それまでの間、ちょっと仕事をしないか?」
「なんの仕事だ?」
「あとで話そう。この通りの先に喫茶店がある。そこで待ってる」
「わかった」
ヨハネは朝食を摂り終えて先にテーブルを去っていく。
ゴッソは紅茶を啜りながら、しばらく滞在しようと提案した。
「モーネ。少しやることができた。しばらく滞在しても構わないか?」
「はいっ。私も美術館を見たいですし」
「なら行ってくるといい。金は渡しておく」
「ゴッソさんは?」
「俺はヨハネと会ってくる。もしかしたら、数日帰れないかもしれない」
「……そうですか」
寂しそうに肩を落としたモーネへ、ゴッソは優しく微笑んだ。
「用事が済んだら二人で見に行こう」
「……はいっ!」
その言葉を聞いて、モーネは皿に残っていたベーコンを一気に口へ運んだ。
宿に荷物を預け、モーネは美術館へ、ゴッソは喫茶店へとそれぞれ向かう。
ゴッソが喫茶店へ着くと、カウンターに腰掛けてコーヒーを飲んでいるヨハネの姿があった。
「またせたな。すまない、ホットのブラックをもらえるか?」
「銘柄は何になさいますか?」
「お任せで」
「かしこまりました」
髭を蓄えた渋い見た目の店主は、豆を選びに奥へ向かう。
ゴッソは顔を正面へ向けたままヨハネに問いかけた。
「で? 内容は?」
「盗賊団の壊滅、商品の奪還だ」
「なるほど」
「商人が街道で襲われてな。オークションへ出品予定だった品を奪われたらしい」
「それでお前に? 知り合いか?」
「昔のツテってやつさ」
「わかった。出発は?」
「あんたがコーヒーを飲み終えたら行くとしよう」
「だったらゆっくり飲ませてもらおう」
「おいおい……」
「冗談だ」
二人が会話を終えたころ、店主がコーヒーを目の前に差し出した。
どうやらタイミングを見計らっていたらしい。
「お待たせしました」
「ありがとう」
気遣いのできる店主の淹れたコーヒーは、酸味と甘みを感じる上質なものだった。
ゴッソは瞳を閉じて、味の奥行きをじっくりと味わった。
それはまるで、これから請け負う仕事への覚悟のようにも思えた。
♢
「あの、どこから入れますか?」
「ん、受付はあっちだよ」
「ありがとうございます」
モーネは街の東側にある美術館を訪れた。
白亜の建物に金や銀の装飾、花を模した鉱石などがあしらわれ、芸術性を一目で感じさせる。
見上げるほどの建物は、入口は巨大な両開きの扉で封をされていて、モーネはどこから入ろうかと歩き回っていた。
仕方なく道行く人へ尋ねると、扉の横に小さな窓口があると教えてくれた。
「あの、ひとりなんですけど……」
「入館料は三千ゴルドです」
「じゃあ、これで」
「はい確かに。チケットをお渡しします。それを持って扉の前に立ってください」
「わかりました」
受け取った金色のチケットには、美術館を描いた表側と、魔法文字が記された裏面がある。
モーネがそれを持って扉の前に立つと、淡い光に包まれて景色が切り替わった。
「こんな仕掛けなんだ……」
扉の表から中へすり抜けるための魔法がチケットには刻まれているらしい。
振り返って扉を見上げたあと、モーネは感嘆のため息をついた。
頭上にはシャンデリア。
足元には赤い絨毯。
建物を支える石柱は左右均等に等間隔で配置してある。
壁や展示棚には数多くの作品が並び、すべてを見て回るには一日では足りなさそうだ。
(ゴッソさん、数日帰らないかもって言ってたしなぁ……)
モーネはのんびり見て回ろうと、入口から一番近い絵へ歩いていく。
どこかの港町を描いたもの。
色使いは鮮やかで近代的だ。
「どこの町なんだろう?」
角度を変えて眺めてみても、街の名前を記すものはない。
隣には壺を抱えた恰幅の良い女性。
「ふふっ。ディアーさんみたい……」
どこか懐かしさを感じるその女性に、モーネは目を細めた。
奥へ行くほど、絵が描かれた時期は古くなっていくらしく、技法や色使い、構図のとり方が独特になっていく。
中にはよくわからないテーマの絵もあった。
「お父さんの絵、ないかなぁ?」
もしかしたら父親の絵があるかもしれないと、モーネはひとつひとつ丁寧に観察する。
父親の絵であればひと目で分かる。
やがて美術館の一階の一番奥へ辿り着いた。
「これって……」
そこに展示されていたのは、教会の地下で見た絵とそっくりなもの。
「最後の晩餐……ゴヤン・ペーネ……」
絵には近づけないように柵が設けてある。
柵には、作品の説明を記した看板が立ててあった。
「ゴヤン最後の作品。画家仲間との一夜……」
それを読んだあと、モーネは絵へ視線を移した。
赤い色は地下にあったものと違って普通の油絵具だった。
「これって……」
描かれている人数を数えると、地下にあったものより一人少ない。
「…………」
モーネは顎に指を添えて、絵を見つめたまましばらく考え込んでいた。
強烈な違和感を感じて。




