魔物転生の醍醐味ってやっぱ進化にあると思うんだ
山に移動してから数日が経った。
当初こそ、監視するような不気味な視線に警戒していたが、蓋を開ければ魔物自体は大した強さじゃなかった。
いや、正確に言うなら魔物は弱くなかったが、俺と河上さんの連携の前では雑魚同然だった。
この山で出てくる魔物は三種類。
その内の一体である、岩でできたゴーレムが右腕を振りかぶる。圧倒的な質量から繰り出される右ストレートは、並の魔物なら一撃で肉塊にされるだろう。だが……。
『防ぎます!』
河上さんの展開した不可視の壁に阻まれ、ゴーレムの攻撃は不発に終わった。
すかさず俺が触手を回り込ませ、ゴーレムの四肢に巻き付ける。それでも敵は気にしたそぶりを見せず愚直に壁を殴り続けるが、河上さんの生み出した壁は微塵も揺らがなかった。
やがて俺の【生命を食い尽くすもの】の効果でゴーレムの四肢がバラバラになっていく。
そこまでしてようやく近付き、敵の胸に埋まった核にトドメを刺した。
『タノウエさん、追加が来ました!』
河上さんの言葉に振り返ると同時に、目の前に炎が広がる。
俺一人だったら大怪我を負いかねない攻撃だが、ここでも河上さんの防壁は健在だった。燃え盛る炎が、俺にも河上さんにもダメージを与えることなく消えていく。
炎が消えた後に目を凝らせば、遠くにぼんやり光る光の玉が見えた。
精霊――それも火属性か。
この精霊が、この森に住みつく二番目の種族だ。
どうやら火、水、風、土、の四元素をもとにした光の玉が徘徊しているらしい。
遠くでまた膨れ上がる炎に負けじと、別の精霊から手に入れた【水魔法】を使って水の弾丸を発射する。
木々を粉砕しながら飛んだいくつもの水魔法が、敵の炎の魔法ごと飲み込んで精霊を撃ち殺した。
『タノウエさん相変わらずすごい魔法ですね。一瞬で決着なんてさすがです。私ももっと役に立てたら良いんですが』
そう言って、イモムシの体を縮める河上さん。いじけたり、負い目を感じてたりする時に行う彼女のクセみたいな動作だ。
相変わらず見た目は気持ち悪いが、見慣れてきたのかどこか愛嬌のある動きに見えた。
……って、今は落ち込んでる河上さんのフォローしないとな。
『いやいや。河上さんの防御があってこそ安心して攻撃に専念できるんだよ』
『そう言ってくれるのはありがたいですが……私が守らなくてもタノウエさんすぐ回復するじゃないですか』
『それでもほら、安心感が違うからさ』
実際、河上さんの防御があるからこそ安全に狩りが出来ている。
俺一人でも【超再生】や【魔力炉】による無限の魔力での回復魔法などがあるため、敵の攻撃はある程度無視できるが……もし即死するような攻撃が来た場合はそのまま死ぬ可能性がある。
そういう面で、致命傷を防いでくれる河上さんの存在は大きかった。
『もうちょっとで進化しそうなので、その後はもっと役に立ちますね』
『気にしなくて良いのに。まあ楽しみに待ってるよ』
『はい』
そう言って、河上さんは大きく頷いた。
初対面の時は怯えながら命乞いをしてきた彼女だが、ここ数日でだいぶ打ち解けることができたように思う。
今では暇さえあればずっと雑談しているくらいだ。
俺も、触手に転生してからずっと一人だったから、彼女との会話はとても楽しかった。
ちなみに河上さんは生前女子高生だったらしい。
十歳以上も歳の離れた河上さんと話が合うかは不安だったが、実際に話してみると年齢以上に落ち着いており話していて苦じゃなかった。
『あ、あの魔物は私一人で倒します』
話している最中に魔物を見つけた河上さんが、一人で突進する。
その先にいたのは、この山で出てくる最後の魔物……ローパーだった。
そう、俺と同じ触手のバケモノである。
粘液に濡れた無数の触手。
不揃いに生える乱杭歯に、充血した瞳。
まるで俺の鏡写しみたいな見た目だが、俺と違いその体の色は濃い青色をしていた。
そのローパーめがけて河上さんが突き進む。
ローパーは麻痺針を河上さんに突き刺すが、麻痺に抵抗を持ち、かつ巨体の河上さんを止めるには足りない。
俺と違って生命力吸収の固有スキルを持っていない一般ローパーは、この時点で河上さんに対する攻撃手段を失った。
河上さんが口を開く。
そこから白銀の糸が飛び出した。
その糸がローパーの触手を切り飛ばす。
彼女が進化した際に手に入れたスキル【鋼糸】により、ローパーが徐々に削られていく。
そうして大した抵抗もできないまま、ローパーは頭を縦に切り裂かれて力尽きた。
『残りも全部私が倒します』
その言葉通り、残りのローパーも河上さんが倒していく。
兎にも角にもローパーは攻撃力不足だ。
ゴーレムや精霊と違い強力な攻撃手段を持っていないため、河上さんが防御を気にせず一方的に攻撃を繰り出せる。
その結果が目の前で繰り広げる蹂躙劇だった。
……俺も、【魂を啜るもの】って固有スキルが無かったら目の前のこいつらと同じ状況になってただろうな。
最初のうさぎすら倒せずに、どこかで野垂れ死んでたに違いない。
スキル一つで大きな差が出るもんだな……目の前のローパーを見ていると、あらためてそういう感想が浮かんだ。
そうこうしているうちに、河上さんが最後の一匹にトドメをさす。
それと同時に、彼女の全身が光を放った。
進化の光だ。
しばらくして光が晴れる――が、その下から現れた河上さんはサナギのような姿に変わっていた。
灰色の体に青い斑模様をしたサナギが、木々の真ん中で固まっている。
『河上さん、大丈夫?』
『……』
話しかけるが返事は無い。
もちろんサナギなので動くこともなく、ただただそこに立ちすくんでいるだけだ。
進化、失敗したなんてことは無いよな?
一瞬不安がよぎったが、直後サナギにヒビが入り、そこから羽が突き出した。
人間サイズの大きな羽が二枚、透明の体液を滴らせながらその姿を現す。
その羽は、薄く青みがかった半透明の見た目をしていた。
まるでガラス細工のような薄く繊細な羽が、日の光を乱反射して周囲に青い光をまき散らす。
その幻想的な景色に目を奪われている間に、河上さんは一気に外へと飛び出てきた。
羽が風を巻き起こし、河上さんの白い髪がなびく。
そのまま元の体を脱ぎ捨て、トン――と足から着地した。
「この姿って……」
『河上さん、おめでとう』
まだ自体が飲み込めていない河上さんに、祝福を送る。
彼女は進化して、人型の魔物へと変化を遂げていた。
白い髪に青い瞳、その配色こそ人間離れしているが、顔のパーツに虫の要素は一つも見当たらない。むしろ全てが端正に整っており、人形のような美しさを持つ美少女であった。
体型も女性らしい丸みとしなやかさを兼ね備えたものであり、決して虫のように節くれだったりもブヨブヨしたりもしていない。
体の一部は綿のような白い毛に覆われているが、その隙間から除く二の腕や臍、太ももなどは人間の肌と何ら違いが見受けられなかった。
魔物らしい部分と言えば、例の青い羽と頭から生える枯れ葉のような白い触覚くらいのものだ。
『自分でも見てみなよ』
地面に水魔法を放ち、小さな池を作り出す。
河上さんはフラフラと震えながら、その池のほとりに座り込むと、そっと水面を覗き込んだ。
「……」
風が木々を揺らす音にまじり、鼻をすする音が響く。
そのまま、しばらく静かな時間が流れていった。




