触手とイモムシ、今日から二人旅
ーーー
【通知】パーティ申請が届いています。
差出人:河上静香
種族:モスキャタピラー
申請文:お願いします。殺さないでください。
パーティを組みますか?
はい / いいえ
ーーー
河上静香。
聞いたことは無いが、まごうことなき人の名前だ。
だと言うのにその真下にはモスキャタピラーの文字が並んでいる。
これが示すところはつまり……。
「キシィ」
目の前で、白色のイモムシ――いや、河上静香が頭を下げる。
言葉は通じない。だが、この魔物が人の名前を持っていると知った上で向き合うと、もう土下座で命乞いをしているようにしか見えなくなった。
……まさか俺以外に魔物に転生した人がいたなんて。
力なく地面に落ちる触手を蠢かし、佇まいを正す。
パーティ申請を許可すると、また例の電子音声が響き渡った。
――ピコン!
――河上静香とパーティを編成しました。
――機能アンロック。パーティ内での【念話】が可能になりました。
念話?
頭の中で疑問に思った言葉を反芻していると、目の前の河上さんがガバっと顔を上げた。
「キシィ」
『はじめまして。タノウエさん、ですか?』
掠れるような甲高い鳴き声と、女性の声が二重で響く。
「キシ…キシィ」
『これちゃんと通じてるのかな? だめだったらどうしよう』
「ゴォォォ」
『しっかり聞こえてるますよ』
意思を持って口を開くと、頭に思い浮かべた言葉がそのまま形となって紡がれた。声は前世で聞き慣れた俺の声そのものだ。
『良かった。あの、さっきまでのは事故だと思うので私は気にしてませんから』
河上さんが、イモムシの短い腕を左右に振る。
口ではそう言いつつも、彼女の全身は細かく震えていた。
『すみません。河上さんのことただの魔物だと思って攻撃してしまいました』
『いえいえ。私もこんな見た目ですから仕方ないです。怪我はしてないですし問題ありません』
『そうですか。……それにしても、お互い大変ですね』
かたや全身触手のバケモノ、かたや巨大イモムシだ。
つい数日前まで人間として生活してた身からすると、この体は不愉快極まりない。特に女性である河上さんとしては、俺以上に精神的に辛い状況だろう。
『何で俺達、こんな姿になっちゃったんでしょうね。何か河上さんは覚えてますか?』
『登校中の電車が急ブレーキをかけたところまでは覚えてるんですけど、そこから先は何も……』
『もしかして電車って〇△線だったりします?』
『あ、はい。タノウエさんも同じのに乗ってたんですか』
『えぇ、まあ』
もっとも俺の場合は急ブレーキなんて記憶に無いが……やはりあのタイミングで事故でも起こったのだろう。そしてなぜか乗客が魔物としてこの世界で第二の生を得たと。
転生者は探せばもっといるのだろうか?
それとも俺と河上さんだけ特別?
思考の海に身を沈めかけた俺だったが、続く河上さんの言葉で現実に引き戻された。
『これからどうしますか?』
『これから?』
『せっかくの縁ですし、できれば一緒に行動したいなって。目的地とかあるならついて行きますよ』
そう言って体を震わせる彼女。
たぶん無意識なのだろうが、イモムシの短い脚をもぞもぞと動かし、顎をカチカチと動かす様子ははっきり言って気持ち悪い。
でもせっかく見つけた同じ境遇の仲間だ。
『あの山を目指そうと思ってました』
気付けばそう答えていた。
『あっちは、私も行ったことないですね。どんな魔物がいるかわかりませんけど、防御は任せてください』
『よろしくお願いします』
河上さんを連れて移動を開始する。
彼女の歩みははっきり言って遅いが、わざわざ抱えて進もうという気にはならなかった。
自分一人だと忘れそうになるが、こんな粘液濡れの触手で触られたくはないだろうからな。
『そういえば、このパーティっていう奴はどうやったんですか?』
道中、河上さんに気になっていた件を聞いてみる。
俺はパーティなんて仕組みがあること自体知らなかった。もし彼女がパーティ申請してこなければ今こうして意思疎通することさえ出来ていなかっただろう。
『知らない間にステータスに出てきてたんですよね。タノウエさんと会う直前まで無かったので、たぶん近付いたことで現れたのかなって思います』
彼女の言葉を受け、自分のステータスを開いてみる。
ーーー
名前:タノウエ
種族:ブラッディローパー
進化ゲージ:69%
固有スキル:生命を喰らうもの
所持スキル(6/8):痛覚無効、ハイパーブースト、麻痺針、ドッペルゲンガー、超再生、魔力炉
疑似スキル(残り7日):角突、斬爪、加速、鱗粉、風魔法、擬態、回復魔法、頑丈
疑似スキル(残り4日):剛腕、闘争本能
パーティ:河上静香。
ーーー
『ん? パーティって項目は増えてますけど申請とかはどうするんですか?』
『それは私もよくわからないです……タノウエさんの時は申請対象ありって出てきてて、そのまま申請できた感じです』
河上さんは時折思い出すように言葉を紡いでいく。
彼女の言葉を信じるなら申請対象が近くにいる時にのみパーティ申請できるのだろう。
実際、これまで魔物討伐しながらステータスを眺めていたことがあるが、パーティなんて表示が出てきたことは一度も無かった。
ただの一般魔物とまでパーティを組めるようにはなっていないらしい。
レア魔物相手だとどうなるかは、わからない。
あいつらとの戦闘中にステータス開いたことなんて無かったからな。
……。
……次、もしレア魔物と遭遇したらパーティ申請を試してみよう。
触手を引きずりながら森を進む。
時折道を塞ぐ魔物は、率先して俺が殺した。
それでも、敵の生命力の一部が河上さんに流れ込んで行き、彼女の進化ゲージが溜まっていった。
『すみません。私役にたってないのに進化ゲージだけもらっちゃって』
『気にしなくて良いですよ……それより、パーティで経験値共有って、なんかゲームみたいですね』
『そうですね……戦ってない味方には経験値が入らないタイプの方じゃなくて良かったです』
そんな他愛もない話に花を咲かせながら二人で移動する。
河上さんの方に流れていく生命力――進化ゲージのエネルギーは決して多くはない。
だが河上さんはあまり魔物を倒して来なかったようで、すぐに進化ゲージが満タンになった。
『これが、進化ですか』
河上さんが体を震わせながら呟く。
正直見た目はさっきまでのイモムシ状態のままだが、その大きさは先ほどまでと比較にならない程に大きい。
元はゴブリン程度の大きさだったその体躯が、今や人間を丸呑みできそうなサイズにまで成長していた。
グレートモスキャタピラー、という名前らしい。
少なくともこの森では見かけたことが無いサイズのイモムシだ。
その分キモさが増しているが……本人には伝えないでおこう。
『あ、着いた』
しばらくして、山と薄暗い森の境界にたどり着いた。
山は草木が無造作に生えており、見た目だけなら最初に目覚めた時の森に近い。
だが常にどこかから監視されているような視線を感じる。
気を抜くと足下をすくわれる様な、そんな不気味な緊張感が森全体に漂っていた。
第7話までお読みいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、評価や感想で応援していただけるととても励みになります。
明日は10:10、12:10、15:10、17:10に投稿しますので、ブックマーク登録してお待ちください。




