触手と麻痺毒の組み合わせは鉄板
目の前に一匹のゴブリンがいる。
数日前なら隠れてやり過ごしていた相手だが、今は違う。
俺は再度まわりを見渡し他に魔物がいないことを確認すると、静かに近付きスキルを発動した。
――ハイパーブースト。
心の中で唱えた直後、俺の全身が鈍い光を放つ。
そのままゴブリンに飛びかかり、力の限りしめつけた。
ゴブリンがうめき声を上げるが、俺に拘束されたまま指一本動かせないでいる。
その様子を見つつ、俺はゴブリンの首元に牙を突き立てた。
血と共に生命力が流れ込んでくる。
一秒経つごとに空腹が満たされていく。
やがて、ゴブリンは動かなくなった。
――俺が触手のバケモノになって数日が経過した。
この数日間で、触手を使った戦闘にもずいぶんと慣れ、今みたいにゴブリン相手に余裕を持って狩りができるようになった。
最初の頃は魔物の血を吸ったり生肉を食べたりするのに抵抗があったが、今ではすっかり慣れたものだ。
そんな俺の今のステータスは次の通り。
ーーー
名前:タノウエ
種族:レッサーローパー
進化ゲージ:97%
固有スキル:魂を啜るもの
所持スキル(2/5):痛覚無効、ハイパーブースト
ーーー
変わったところは進化ゲージと所持スキルのみ。
進化ゲージの方はゴブリン一体につき大体5%から7%程度上昇するため、次の獲物を仕留めたらついに100%に到達する見込みだ。
所持スキルの方は、あの初日のうさぎを倒した際に手に入れた【ハイパーブースト】というスキルが増えている。
ーーー
【ハイパーブースト】
スキルを発動することで一定時間すべての能力を上昇させる。
使用後は倦怠感に襲われる。
ーーー
説明文はシンプルだが、この能力上昇が凄まじかった。
筋力、防御力、俊敏性、などの身体能力の上昇はもちろんのこと、俺の固有スキルである【魂を啜るもの】の吸収速度まで上昇させることができたのだ。
そのぶん使用後の倦怠感も強いのだが、それも【魂を啜るもの】で生命力を吸収できる俺には関係ない。
疲労より回復量の方が多いので、スキルのデメリットをほぼ帳消しにして運用することが可能であった。
……これは、チートへの道を着実に進んでるな。
乱杭歯の生えた口を歪めてほくそ笑んでいると、近くの草むらが揺れた。
そちらを見ると、茶色いうさぎが一匹いる。
反射で襲いかかり、触手で拘束した。
「キュゥ」
うさぎが手足をバタつかせ抵抗するが、俺の触手から逃げ出すことはできないでいる。
このうさぎ、おそらく初日の奴と同系統の魔物だが【ハイパーブースト】は覚えていない。
というより、あの日出会ったうさぎがレア個体か何かだったのだろう。
あれ以降桃色の毛のうさぎは見てないし、茶色いうさぎやゴブリンを倒してもスキルを得なかったことから、俺はそう判断した。
うさぎに噛みつくと、すぐに抵抗が止む。
その時、電子音声が脳内に響いた。
――ピコン!
――進化ゲージが100%に到達しました。これより進化を開始します。
俺の体が光に包まれる。
続いて生命力が全身を満たし、内側から膨れ上がるように広がった。
というか、実際に体が大きくなっている。
触手が伸び、太く変わる。
視線が一気に高くなった。
――ピコン!
――ローパーへと進化しました。
――スキル【麻痺針】を習得いたしました。
アナウンスと共に体の変化が完了する。
ステータスを見れば、種族と所持スキルがそれぞれ変化していた。
ーーー
名前:タノウエ
種族:ローパー
進化ゲージ:0%
固有スキル:魂を啜るもの
所持スキル(3/5):痛覚無効、ハイパーブースト、麻痺針
ーーー
【麻痺針】
麻痺毒を分泌する針を生やす能力。
ーーー
【麻痺針】の説明、だいぶシンプルだな。
言葉だけじゃスキルの全容がわからないので、さっそく試してみる。
触手を一本だけ目の前にかかげ、【麻痺針】の発動を念じる。すると触手の皮膜を突き破りながら一本の細長い針が突き出てきた。
勢いよく突き出てきたので視覚的に派手だったが、【痛覚無効】のおかげで特に痛みはない。
気になるのは麻痺毒の強さだが、すぐに検証する方法は無いので次に魔物を狩る時に効力を確かめることにしよう。
ローパーにも進化したことで今まで以上に魔物との戦闘も楽に進むだろうし、一歩ずつできることを確認しながら成長していきたい。
――グゥ~。
ふいに、腹が鳴った。
進化でエネルギーを消費したのだろうか?
倒したばかりのゴブリンとうさぎを骨ごと噛み砕くも、腹の虫が鳴り止まない。
新しい力も試したかったし、もう一狩り行くとしよう。
薄暗い森の中を触手を引きずりながら移動する。
「「「グガァ!?」」」
そして、たまたま見つけた三匹のゴブリンに背後から襲いかかった。
大きくなった触手を使い、即座に二匹を拘束する。まだ【ハイパーブースト】は使ってないが、それでもゴブリンたちは拘束から抜け出せずにじたばたしていた。
その様子を見て、残る一匹が仲間を見捨てて背を向ける。
迷いのない判断の速さは称賛に値するが、俺だってただで逃がすつもりはない。
あらかじめ待機させておいた触手を伸ばし、ゴブリンの背に【麻痺針】を突き立てた。
「ガァ」
小さく悲鳴を漏らしながらも、ゴブリンは針を抜いて逃走を始める。動きはぎこちないが、それでも足を止めたりはしない。
少なくとも俺の【麻痺針】のスキルは、即座に動きを封じるほどの麻痺毒ではない、ということなのだろう。
二匹のゴブリンを抱えたまま、ゆっくりと後を追う。
拘束したゴブリンのトドメは、いつものように首すじに噛みついて……ではなく、ローパーに進化して強靭になった顎を使い、そのまま頭蓋を噛み砕いて行った。
そうして進むことしばし。
一匹目を食べ終わり、二匹目の半分ほどに口をつけた段階で、逃げ出したゴブリンに追いついた。
ゴブリンは、全身血塗れの状態で倒れていた。
体の所々を食われ、体もドロで汚れている。
下手人はすぐに見つかった。
というかそのゴブリンのすぐ横にいた。
そいつは初めて見る魔物だった。
見た目は人間サイズの大きな狼。
白銀の毛皮に鋭い牙を生やしている。
確実に今の俺じゃ苦戦を強いられる相手、下手をすれば一方的に殺されてもおかしくないような魔物であるが、少なくとも今この場ではその心配は必要なかった。
――今日は運が良いな。
ゴブリンの真横、そこに足を変な方向に固定したままピクピクと痙攣する狼がいた。
おそらくゴブリンに打った麻痺毒ごと狼が食べてしまったのだろう。
ゴブリンの麻痺耐性が高いのか、この狼の麻痺耐性が低いのか……その真偽はわからないが些細なこと。棚ぼただろうが何だろうが、大物を仕留めたことに代わりはない。
そっと近付き、首元に噛みつく。
一瞬、俺も麻痺しないか不安がよぎったが、自分の毒で麻痺するわけないと思い直し血を啜った。
血を啜るごとに力が漲ってくる。
うさぎやゴブリンとは桁違いの生命力の濃度に、甘味と酩酊感が一気に押し寄せ、麻薬にも似た快感が俺の脳髄に叩きつけられた。
端的に言うと、美味すぎる。
夢中になって血を吸っていると、やがて狼の痙攣が静かに収まっていった。
そして、その白銀の狼の体から白い光の玉が飛び出す。
その光の玉は、俺の体に溶け込むように消えていった。
――ピコン!
――スキル【ドッペルゲンガー】を獲得いたしました。
あ、こいつレア魔物だったのか。
戦ってたら負けてたかもしれないが、間抜けなおかげで助かったな。
静かに横たわる白銀の狼を前に、俺は一人そう思った。




