一度知ってしまったら、もう純粋無垢な頃の自分には戻れないのさ
青い光に照らされた無数の培養槽。
その中に、体の一部が魔物となっている人間がいる。
顔の半分がゴブリンになっている男。
下半身がトレントのようになっている女性。
左肩と右足が触手になっている老人。
魔物の種類はバラバラだが、どの人も人間の部分と魔物の部分が自然に混じり合うように融合している。
『これはいったい何なんだ! あんたはここで何をしている!』
「そんなに叫ばなくても聞こえてますよ。……もう見られた以上仕方ないですね。説明しましょう」
そう言うとエレノアは、指をパチンと鳴らす。
途端に部屋中の装置が稼働し始めた。
薄暗い部屋の中で機械の電光がチカチカと光を放つ。
培養液のそばには大掛かりな機械が何台も連結し、モニターで常時バイタルなどを計測しているようだった。
「ここは私の研究ラボ。内容は人間の魔物化です」
『人間の魔物化……何のためにそんなこと』
「その前にまず謝っておきましょう。先ほどあなた達にした説明には、あえて伝えてない情報がありました」
そう言うと、エレノアは芝居がかった手付きで俺と河上さんを一人ずつ指さした。
「あなた達異世界人は、次元の壁を越える際に一人一つ【固有スキル】を獲得します。」
固有スキル……俺の【生命を喰らうもの】や河上さんの【不可侵領域】のことか。
「この固有スキルは、既存のスキルとは違い強力無比な代物……よって当時の権力者達はこぞって異世界人の囲い込みを行いました。――俗に言う【保護期】ですね」
有力者による囲い込み、良くある話だがそれがどう絡んでくるんだ?
「集まった異世界人により国は大きく発展しました。――が、急速に成長した影響で国家間のパワーバランスが崩れ大陸中で戦争が始まりました。異世界人を組み込んだ軍勢同士の殺し合い……その中で一人の異世界人が命を落とした時にある問題が発生しました」
エレノアは、そこで一度だけ俺たちを見た。
「何だと思います?」
エレノアが小悪魔のような笑みを浮かべて問いかけてくる。
固有スキルを持ったものが死んだ時に何が起こるか……。
『……固有スキルの移動、か?』
「ご明察。その様子じゃ心当たりがありますね」
『っ!』
俺の脳裏によぎったのは、三匹の魔物。
レア魔物だと思っていた色違いの魔物達、もしかしたら彼らは……。
「異世界人が殺された時、その固有スキルはトドメを刺した者に引き継がれる。その仕組が判明した後に起こったのは、異世界人狩りでした。……考えてみれば当然ですね。戦いの素人が強力なスキルを持つよりも、軍の精鋭がスキルを使った方が何倍も戦果を上げられる。――これが【簒奪期】」
エレノアが首を掻っ切るジェスチャーをする。
彼女の言葉が正しいなら、異世界人の保護をしているという肩書は嘘になる。
『つまりあんたは俺達を殺そうとしていたと。あの転移魔法陣の先に罠でも仕掛けてたのか?』
「そんなことはしませんよ。【簒奪期】には致命的な問題がありましたから、今は無計画に殺すことはなくなりました」
致命的な問題?
異世界人を殺すことに何か不都合があったのだろうか?
それに、異世界人を無計画に殺すのは辞めたようだが、結局今どういう扱いなのかはわからないままだ。
『簒奪期に何が起こったんだ? それに今はどうなっている?』
「……簒奪期に判明した事実、それはこの世界の人間には固有スキルを持つための魂の格が足りないということ。異世界人を殺した者は固有スキルの力に適合できずに一年以内に精神を崩壊させて廃人になってしまいました」
――だが、それでも異世界人狩りは終わらなかった。
エレノアは眼鏡を押し上げると、鋭い目線で虚空を見つめた。
「次に考えたのが、特定の異世界人にスキルを集めること。老人や戦争に消極的な者を殺し、軍で戦果を上げていた異世界人のさらなる強化を狙いました。ですがこれも失敗。精神に異常はきたさなかったものの、複数の強力なスキルに肉体が適応できず、十年も経つ頃には衰弱死していきました」
彼女はそこで言葉を区切ると、髪を靡かせて歩き出した。
行き先は、青い光に照らされた培養槽。
彼女は機械を操作し、培養液で満たされた円柱状の槽へと触れる。
「そこで目を付けたのが魔物でした」
エレノアの言葉とともに、培養液が排出される。
そこから紫色の肌をしたゴブリンが放り出された。
エレノアはそのゴブリンを片手で掴むと、乱雑に近くの装置に放り込む。直後、装置の蓋が閉まり、ゴブリンを覆い隠した。
「魔物は基本的に人間より頑丈にできていますし、進化を繰り返せば寿命も伸びます。野生で数百年生きる個体も珍しくないですからね。各国はどうにかして魔物の力を使って異世界人の寿命を伸ばす方法を考えたみたいです」
エレノアはそこで言葉を切り、次の培養槽へと目を向けた。
「そんな時に一人の男が現れました」
エレノアが、コツコツと足音を立てながら移動する。
……次に向かった先は、魔物と混じり合った人達がいるエリアだった。
「その男は転生者であることをひた隠し、ある程度の権力を得た上で、自分の固有スキルを国の上層部に伝えました。そのスキルが【魔に堕とすもの】――人間を魔物に変える唯一無二の固有スキルです」
エレノアが、すっと手を伸ばす。
その直後、培養液の中の人達の体が変質し、体を蝕む魔物の部分が急速に拡大した。
「【魔に堕とすもの】の効果で人の意思を持った魔物の軍勢を作り出すことに成功した男は、前世の神話に基づきキルケウスの家名を自称するようになった……それが私の曾々お爺さんとなります」
そう言いながらくるりと振り返った彼女は、ニコリと微笑んだ後一礼した。
『あんた、人間を魔物に変えてるんだよな。なら俺達は……』
「えぇ。あなた達も元人間ですよ。国で捕まえた転移者をこの島で魔物に変えるのが私の仕事ですから」
悪びれもせず淡々とした調子でエレノアが答える。
人を魔物にする罪悪感なんて欠片も感じてない様子だった。
『なんで俺達に全部話した』
「研究ラボを見られたのが一番の理由ですが……あなた達を正式に勧誘したいと思いまして」
『今の話を聞いて、俺達が協力するとでも思ってるのか?』
「はい。思っていますよ」
エレノアは敵意を感じさせない表情で両腕を広げると、さらに言葉を続けた。
「冷静に考えてください。仮に私の提案を拒否してこの島で生活した場合……あなた達に何が残りますか? 魔物を狩ってただ命を繋ぐだけの日々、そこに娯楽も何も無いでしょう? 翻って、私の提案に乗り国のために働く場合。隣国との戦争には駆り出されますが、美味しい食事にこの世界の娯楽を堪能できる。戦果を上げれば報奨だって出されますよ」
『っ! だからって魔物に変えられた事実を簡単に受け入れられるわけ無いだろ!』
「そうかも知れませんが……そこの河上さんはもう既に人型に進化してますし十分では? タノウエさん……は魔物化時のショックで魂が欠けてますね。人型魔物になれるかは怪しいですが、望むなら食事も酒も女もある程度は融通しますよ? 過ぎたことは忘れて未来に目を向けられては?」
『あんた……自分の所業を棚に上げて、良くペラペラと口が回るもんだな』
怒りで体が震える。
触手が脈打ち擬態が解けそうだ。
とはいえ、彼女の提案自体は真理を突いていた。
勝手に魔物にされたことは到底許せないが、この状況で実利を取るなら彼女の国に仕える方が良い。
もちろん、信用なんてできない。
大きなマイナスが小さなマイナスになるような、そんな不条理な選択だ。
だがそれでも――。
「私の料理、美味しかったですよね? 久しぶりに食べた文明の味はいかがでしたか?」
「この島は大陸から遠く離れてます。移動するには転移魔法陣を使うしか無いですよ?」
「魔物の寿命は長いですよ。何も無いこの島で何百年も過ごされますか?」
エレノアが矢継ぎ早に話しかけてくる。
まったく、最悪なマッチポンプだ。
「タノウエさん」
俺が誘惑に負けようとした時、これまで黙っていた河上さんが口を開いた。
「あの魔物になりかけている子、私の友達です」
河上さんの指さす先には、首から下が全部トレントと化した女の子がいた。
「他にも一緒にこの世界に来てる子達がいるはずなんです。もう魔物になってるかもしれない。あるいは死んでるかもしれない。それでも、こんな仕打ちしてくる人達の仲間になんてなりたくありません」
河上さんが、腕をきつく押さえながら声を絞り出す。
全身震えているのは、怒りのせいか悲しみのせいか。
少なくとも、今の宣言には彼女の覚悟と決意が込められていたのは間違いない。
……俺はどうすれば良い?
はじめは魔物転生して半分浮かれていた。
そのまま、どこか現実性を欠いたままゲーム感覚で魔物を狩り、レア魔物――否、他の転移者を殺して能力を奪った。
日々強くなる自分に酔ってなかったと言えば嘘になる。
俺は、三人の命を背負っている。
初めて捕食し、命を啜りとったうさぎの魔物。
麻痺毒で動けなくし、無抵抗のまま殺した狼。
そして、死闘の末に討ち取ったホブゴブリン。
……ここでエレノアの話に乗った場合、自分はおいしい思いをできるかもしれない。
だが、この先も異世界人は捕まえられ、この島で魔物に変えられる。そのまま蠱毒的にサバイバルをさせられて、生き残った者だけが戦略兵器として戦争に投入される。
その現実は変わらない。
もし、【魔に堕とすもの】のスキルが無くなれば……即ち、エレノアを殺せば、どうなるか。
今後異世界人は魔物にされることなく、この世界で生きていけるはずだ。それでも戦争に駆り出される可能性はあるが、今の仕組みよりは何万倍もマシに違いない。
異世界人を醜いバケモノに変え、何も説明しないまま利用する今のこの状況よりは。
『一つ聞きたい』
「何でしょう?」
『異世界人を魔物にしないで済む方法とかは無いのか?』
「無いですね。隣国との戦争は激化の一途を辿ってますし、異世界人をそのまま人間として兵士にするには寿命の問題がありますから」
エレノアは、どうしようもないと言いたげに肩をすくめる。
そうか……なら。
『悪いけど、これ以上の犠牲者を出さないためにあんたをここで倒す』
胸の奥から絞り出すように言葉を告げる。
エレノアを睨みつけ、初めて覚悟を固めた。
人を殺す、その覚悟を。
第11話までお読みいただきありがとうございます。
はたして、皆さまの予想されていた話の展開と一致していましたでしょうか?
良い意味で予想を裏切る展開を描けていたら嬉しく思います。
さてここからラストバトルです。
明日も10:10、12:10、15:10、17:10に投稿しますので、ブックマーク登録してお待ちください。




