あ、もしかして異世界人って珍しくない感じ?
「君達は、異世界人、で合っていますか?」
エレノアさんの発したその言葉が、部屋の中に響き渡る。
……まさか初めて会う相手に、異世界転生してきたことを当てられるとは思わなかった。
この女性、何か詳しいことを知ってるのだろうか?
「はい、私たち気付いてたらこの世界に来てて……」
「魔物の姿になっていた、と」
「その通りです」
エレノアさんは、河上さんの言葉にも先んじて回答する。
明らかに俺達より状況を理解している口振りだ。
「少々お待ちくださいね」
そう言うと、エレノアさんは外套を脱ぎながら、片手で半開きになっていた扉を開いた。
「色々聞きたいこともあるでしょうが……ひとまず食事でもいかがですか?」
――グゥ~。
返事をするように、俺の腹がなった。
『あぁ、これは……』
「ふふ。気にしないで良いですよ。こちらです」
エレノアさんは穏和な笑みを浮かべて背を向けた。
そのまま彼女を追いかけ、キッチンへと向かう。
「おかけになってお待ちください」
案内されるまま椅子に座る。
エレノアさんは食材を手に取ると、手際良く調理を開始した。
包丁が野菜を切る音、フライパンで肉が焼ける匂い、調味料が注がれ一気に立ち上がる湯気。
どれも前世では見慣れた光景だが、この世界に来てから初めて見る『料理』に、目が話せない。
――グゥ~。
今度はすぐ横から腹の虫が聞こえた。
横目で見れば、河上さんも口元を拭っている。
「お待たせしました」
エレノアさんが料理を運んでくる。
色鮮やかなサラダに茶色いバゲット。
湯気を立ち上らせるスープ。
そして、皿の上でまだ小さく油をはねさせている肉厚なステーキ。
「さぁ、冷めない内にどうぞ」
そのセリフが聞こえた時には、俺は料理に喰らいついていた。
……。
う、うまい。
サラダの歯応えもバゲットの香りも、久しく忘れていた。ほぼ素材の味なのにこんなに美味かっただろうか。
合間にスープを飲むと、じんわりとした温かさが体の芯から広がっていく。
そしてメインのステーキ。
擬態しているゴブリンの両手でナイフとフォークを使い、豪快にがぶりと齧り付く。
パンチのあるステーキソースと溢れんばかりの肉汁のハーモーニーが、脳髄をダイレクトに刺激した。
料理を口に運ぶ手が止まらない。
気付いた時には、皿は空になっていた。
「おかわりもどうぞ」
エレノアさんから追加で料理を貰い、それらも全て平らげる。
明らかにゴブリンの腹に収まらない量を食べたはずだが……どうやら胃袋だけは元の巨体のままらしい。
『ごちそうさまでした』
久しぶりに、両手を合わせて声に出した。
「エレノアさん、お料理美味しかったです」
「それは良かった」
河上さんとエレノアさんの会話が聞こえてくる。
……本当に彼女の料理は美味かった。
切る、焼く、味を付ける。
たったそれだけのことで飯は何倍も美味くなる。
そんな当たり前のことすら、魔物になってから忘れてしまっていた。
これまでは生のまま魔物を食べてただけだったから、その感動もひとしおだ。
空になった皿が運ばれる。
戻ってきたエレノアさんは、さっそく本題を切り出した。
「さて、あなた達の身に何が起こったのか、順を追って説明させていただきます」
彼女は席に座りつつ、俺と河上さんを見つめる。
「まずはじめに、この世界に異世界人がやってくることは珍しくありません。転移、転生、両者合わせて年間百名近い方がやってこられます」
『百……そんなに多いのか』
「えぇ。しかも把握できてる範囲だけで百です。お二人のように魔物に転生している方は気付かれないこともあります」
ってことは実態はもっと多いってことか。
そして今の口振りからすると――。
「私達の他にも魔物に転生してる人いるんですね」
「はい、定期的に生まれますね。私も何人かあったことがあります。特にこの島は魔物に転生する方が多いんですよ」
エレノアさんは眼鏡を押し上げながら、さらに続ける。
「申し遅れましたが、私はこの島に駐在して転移者や転生者の保護しております。錬金術師のエレノア・キルケウスと申します」
――もっとも名前の方はパーティ申請時に確認されたでしょうけどね。
そう微笑みながら、エレノアさんは浅く一礼した。
『保護っていう割には、他に人見当たりませんが』
「ああ。それは転移魔法陣を使って国に送り届けているからですよ。基本的にこの島は何も無いですから」
自嘲するようにエレノアさんが苦笑する。
確かに、こっちに来てから森と海と山しか見たことないな。
国に行けるならその方が嬉しいに決まってる。
『でもそれって魔物に転生した場合でも使えるんですか?』
河上さんはともかく、思いっきり魔物の姿の俺が行っても混乱を招くとしか思えないが……。
「心配無用ですよ。転生者の存在は一般市民にも周知の事実ですし、パーティ機能を使えば会話もできますから。それに」
エレノアさんの目線が河上さんへと向く
「彼女のように進化を重ねればいずれ人型の魔物になることもあります。魂に引っ張られて進化しやすくなるのでしょうね。あなたもそのうちホブゴブリン、さらにその先と、どんどん人間に近付いていくでしょう」
エレノアさんは穏和な笑みを浮かべて、励ますように俺に声をかけた。
これまで進化では強くなることばかり気にしていたが、人型の魔物に進化したら確かに便利だろうな。
……若干、擬態の影響で種族勘違いされているがまあ良いか。
「人型の魔物に進化するまでは、向こうで使い魔として活動してください。それなら誰も不安になりませんので」
『わかりました』
「では、そろそろ移動しましょうか」
エレノアさんが立ち上がる。
そして、そのまま暖炉に向かうと何やら操作した。
その次の瞬間、ゴゴゴゴゴという音ともに暖炉が横に移動し、地下への階段が現れた。
「転移魔法陣は地下です。ついてきてください」
エレノアさんの背を追いかけて、地下へと向かう。
ついた先の地下は真っ暗闇だった。
「明かりをつけますね」
松明か何か使うのだろうか? そう思った次の瞬間、人工的な光が視界いっぱいに広がった。
白い壁でできた廊下。足下から照らす蛍光灯の光。
そこには、異世界に似つかわしくないSFチックな光景が広がっていた。
想定外の景色に思考が止まる。
「ふふ。皆さん驚かれるんですよね。転移者も転生者も多いので電気くらい普及してます。さ、行きましょうか」
いたずらが成功した子供のような笑みでエレノアさんが笑う。
道を進むと途中でT字路に差し掛かった。
「転移魔法陣はこちらです」
エレノアさんに連れられ左に曲がる。
『ん? 河上さんどうしたの?』
「……いや、ちょっと」
一瞬、河上さんがT字路の右の方を見て立ち尽くした。
右の方は長い廊下が続いているだけだがどうかしたのだろうか?
「そっちはただの食料庫ですよ」
エレノアさんの声が背中越しに聞こえる。
『河上さん行こう』
「……わかりました」
再び歩き出す。
転移魔法陣のある部屋はすぐについた。
「まずは私が一人で行きます。受け入れの準備は十分くらいで終わりますので、この部屋で待っていてください」
エレノアさんが転移魔法陣に乗る。
すると、魔法陣が白い光を放ち一瞬の内にエレノアさんの姿がかき消えた。
『一瞬だったな』
エレノアさんの消えた後の魔法陣を見る。
一見するとただの地面に書かれた文様でしか無いが、この魔法陣一つで遠く離れた場所に移動できるなんてすごい技術だ。
……科学分野も廊下を見る限り相当発達してそうだし、この世界の文明は前世より進んでるのかもしれない。
「タノウエさん」
その時、ふいに河上さんが声をかけてきた。
「私ちょっとさっきの道行ってきて良いですか?」
『さっきの道って……食料庫? なんで行きたいの?』
「わからないです……でも何か大事なこと忘れてる気がして」
河上さんはそう言うと、頭痛をこらえるように片手で頭を抑えた。
『一応エレノアさんすぐ戻ってくるし、ここで待ってるほうが良いんじゃ……』
「ごめんなさい。行ってきます」
俺の静止の声を無視して、河上さんが部屋から飛び出す。
そのまま羽を広げ、猛スピードで廊下を進んで行った。
『あ、ちょっと』
どうしよう。追いかけるべきか?
河上さんのあの様子、明らかに普通じゃなかった。
傍目に見てて心配になるレベルだ。
かと言ってエレノアさんが戻ってくるのにこの部屋から移動するのも悪いし。
……。
……一応追いかけるか。
早めに連れ戻した方が、エレノアさんの負担も減るだろう。
河上さんを追いかけて、廊下を進む。
長い廊下の突き当りで、扉が開けっ放しになっていた。
『河上さん、いるか?』
声を出しながら部屋に入る。
部屋は、廊下の光が嘘のように薄暗かった。
さらに色んな機材が山積みになっており、視界が悪い。
天井も奥行きも広そうだが、一体どれだけの空間があるのやら。
この部屋全体から河上さんを探すのは手間だろうが、幸いなことに少し先の方に青い光に照らされた河上さんの姿が見えた。
……あそこで何してるんだろう。
ただぽつんと佇む彼女をめがけ歩いていく。
『いったい何見て……』
その先の言葉は言えなかった。
視界の先。
青い光に照らされて、いくつもの培養液が鎮座している。
その液の中には、魔物がプカプカと浮いている。
そこまでは良い。
エレノアさんは錬金術師と言っていた。この島で魔物を研究することもあるだろう。
だが、その先が良くなかった。
魔物の反対側、そこには――。
「ああ。見てしまったのですね」
ふいに、背後から声がかけられた。
反射的に距離を取り、振り返る。
機材の影から、ゆっくりとエレノアさんが姿を現した。
『なんですか、これ』
「見ての通り、研究ですよ」
先ほどまでと同じ微笑みを浮かべたまま、エレノアさんが返事をする。
研究?
こんなものが研究だって?
『あんたいったい、何をやってんだ!』
俺は心の底から吠えた。
擬態が一部解け、本来の地響きのような咆哮が喉を震わせる。
俺が指さした先。
そこには――。
体の一部が魔物に変化した人間が培養液に浮かんでいた。




