清蓮宅
京の一角、明陽街のとある場所。
そこに、「あべのせいれん」の自宅がある。
安倍清蓮の自称、友人、ひゅうがなおし。
新星貴族であり、特殊捜査権所持者である日向直志が向かっているのは清蓮宅。
黒い鋲の打ってある門前に立ち、ノック。
「せーいーれーんー、あけてーくれー、くーろーまーるー?」
数十秒後、門が開く。
門を開けたのは、黒丸という名前の少年。
顔に、こそげた、とも言えるひっかき傷がある山犬神。
今は人型だが、黒丸はひとならざるもの、だ。
人嫌いだと分かっている黒丸に、なんの嫌味もなしに、直志はにっと笑ってみせた。
はぁ、と、大きなため息を黒丸は吐いた。
❖ ❖
パンフレットを何となく見た清蓮が、それをテーブルの上に置く。
それをのぞきこみ、大きな灰色ネズミがぼやいた。
「西暦四千四十二年度、歌舞伎座公演・・・紅茶一座 座長 ういもん・・・?」
「そうだ。その羽衣門さんから、依頼が来たんだ」
ネズミは小首をかしげた。
「そんなひとから、こちらに依頼なんて来てないですけどねぇ・・・?」
「いや、俺ごしに、清蓮に相談したい、と、文が来たんだ」
「うん?」
「正確には」
「うん・・・正確には?」
「シュウセイ兄さんの西洋館宛てで、俺に届いて、俺が、届けに来たんだ」
「依頼文を?」
「そうだ」
「ああっ。なるほど・・・ですってよ、清蓮さまっ」
「ああ、説明ありがとう。サクラヒコ」
「いえ。いいでござる。いいでござる」
照れくさそうにしている大きなネズミは、桜飛湖。
人型になると、背丈の高い細見の灰色長髪になる、ひとならざるもの。
訪問者を迎えるのは人嫌いな黒丸の役割の方らしい。
びっくりすると、すぐに本来の大ぶりなネズミの姿に戻ってしまうからだ。
「あ、そうだ。お茶っ」
そう言って、その場を退室しようとする桜飛湖。
ぎゅむ、と音がすると、ちょうどお茶を運んできた黒丸にぶつかって踏まれたところ。
「まただー」
「またか・・・」
黒丸は桜飛湖を足でどかして、お茶を運んでくる。
「またか」
白真珠百合王画が言う。
清蓮が「そうだな」と呟いて、黒丸を見る。
「茶菓子はなんだ?」
「そうだそうだ、今回の茶菓子はなにぞな~」
「断絶層ケーキでございます」
「オレンジかぁ。初めてだ~」
直志がケーキを見て言うと、白真珠百合王画が言った。
「はよう~」
「くねくね、するな」
「僕の分は・・・」
桜飛湖が患部をさすりながら言うと、黒丸は壁際の絵画に茶菓子を差し出した。
茶菓子がすぅと絵の中に入ると、オレンジ色のケーキの絵になった。
絵の中の住人、白真珠百合王画は、ケーキを受け取ると、背景のソファに座った。
フォークでオレンジケーキを食べると、「うまっ」と言って、動きが停まる。
白真珠百合王画もまた、「付喪神」というひとならざるもの。
絵に命が吹き込まれ、意思を持ち、額縁内でなら身動きができる。
最近は、手首あたりだけなら絵の中から出てこられるそうだ。
白髪に白肌、白い腰布に、白真珠飾りを全身に散りばめている美しい青年の絵画だ。




