一回戦!【カリン】
「見て!パトリー!こんな立派なお城…。本当に大きな国なのね。活気があって、道行く人も何だか洗練されていて…。大国になると凄いわねぇ…」
「カリンお嬢様、危ないので座ってください。もうじき着きますから」
揺れる馬車の中で、侍女長のパトリーが私を諌める。侍女とはいえ年齢も近く、パトリーは第二の姉のような存在だ。
「こんな大きな国の王子を、こちらの思惑通りに動いて頂く事が出来るのかしら?…結局、これといった策は思いつかなかったし…」
「実際にお会いした事はないですが、軍では厳しい指導をされていても、決して理不尽な事を要求されるような人ではないようですよ」
「誠実に生きておられる方なのね。なおのこと、何だか申し訳ないわ…」
「大丈夫ですよ、カリンお嬢様ならきっとすぐにお好きになってもらえます」
「パトリーは私を高く評価し過ぎよ。でも頑張ります」
拳を作って気合いを入れる。もちろん、頑張るのは顔合わせ、式、初夜、この三つのミッションである。
先ず、キャティお姉様の情報は最小限にしておく方がいい。
私は極厚のベールを用意してもらった。結婚式はもちろん、普段も『非常に照れ屋』という設定で、四六時中そのベールを着用し続けるつもりだ。これが一つ目の作戦である。
結婚式にはポメラ軍師も来る。もちろん、キャティお姉様が大国へ嫁いだ、と目の前で立証する為にパラガーデンの国王様とお父様が呼んだのだ。
しかし彼は人柄はともかく、軍人として優秀なので、万が一にも偽物だと見抜かれる訳にはいかない。
「それにしても…ちょっとやりすぎてしまったかしら…」
私は手元のベールを見ながら考えていた。発注から時間が無かったせいか、生地がとんでもなく分厚くなってしまって、こちらからの視界もほぼゼロである。
前はもちろん、お相手の足元くらいしか見えないので、表情が分からないというのは非常にやりにくい。
「でも、ポメラ軍師にハッキリと顔を見せて気付かれる訳にはいかないものね…。だけど、これじゃセオドア殿下のお顔もこれでは分からないわ…」
本来であれば、婚姻が決まる段階で互いの姿絵くらいは送り合うのだが、いかんせん私たちには準備期間が短かく、姿を知る事が叶わなかった。
それに嫁入りする姫は盛大なパレードなどで入国したりするのも通例なのだが、セオドア殿下にバレぬよう、とても嫁入りとは思えないコソコソ入国を無事?に遂行したのだった。
お城の中は絢爛豪華な内装で、天井もとても高い。私はバレないようにベールを時々持ち上げながら、その国力に感嘆する。
「ん?」
キョロキョロと城内を見回していると、黒い髪を一つに束ねた男性が、遠くを颯爽と歩いている。
リーリさんみたい…と見ていると、不意にその人がこちらを見たので、慌てて私はベールを下げる。
いけないいけない、あまり人に見つからない方がいいものね。私は視界不良に悪戦苦闘しながら、王族の皆さまが待つ部屋へと赴いた。
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「グリフィルム国王、よくぞ参られた。此度はこちらの難題を押し付けるような形になってしまい、大変申し訳ない」
「とんでもございません。こちらといたしましても、とてもザッカーリに立ち向かう軍事力がなく…。パラガーデンのお力添えをいただける事に深く感謝しております」
「彼の国にはポメラ軍師がいるから、さぞ肝の冷えた事であったろう。こちらのセオドアでさえ互角と言われる相手であるからな。しかし、案ずる事はない、我が国総出でグリフィルムを守ると約束しよう」
「有難い御言葉でございます」
その後のパラガーデンの国王様とお父様のやり取りを聞いていると、本当にギリギリの嫁入りだったのだと分かる。第三王子のセオドア様には相変わらず大量の美人局がやってきていたし、ザッカーリ軍も殆ど出立の準備が整っていたというのだ。
そんなお二人の会話を聞けば聞くほど、国王様が大変聡明な方だと分かり、そんな人がひと時とはいえ義理の父になってくださる事に安堵する。
同時にそんな聡明な方のご子息を騙すような事になるのが心苦しい。
セオドア殿下は一番最後に謁見の間に呼ばれ、あっという間にベールの女と婚姻せよと告げられていた。
あぁベールがもどかしい。やっぱり分厚すぎたわ。セオドア様はどんな顔をされているのだろうか。憤慨されているのかもしれない。せめて直接謝罪したいと思いながらも、結局私は結婚式の夜までセオドア様と言葉を交わす事ができなかった。
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寝室と呼ぶには広すぎる部屋で、私は小さくなって座っている。どこに座ればいいか分からず、一人掛けのソファに浅く腰掛ける。
結局、二人きりなってもベールを外すタイミングも分からないままだ。
とても長い沈黙。
こういう時は男性にお任せ…という所にさえ辿りつけていない気がする。
だってセオドア様の意向は何も汲まずだものね。元凶になった私と同じ場所にいるのさえ腹立たしいに違いない。
そうだ!先に謝罪だわ!私ったら…。今日の事を詫びると、セオドア様はとても寛大な言葉をおっしゃった。
「我が国とグリフィルムは友好国ですから、婚姻で繋ぎ止めずともずっと共にあります。ですから、姫、貴女も無理せずにご自身の良縁を見つけられるといい。勿論、離縁したとて、我が国との縁は切れませ…」
そこまで聞いて私は慌てる。離縁はいけない。とりあえず結婚の事実と初夜が上手くいった、という事実だけはもぎ取らねば。
あたふたしながら水差しの水を注いで、セオドア様に渡す。この水は私が事前にお願いして用意してもらっているお酒だ。
こっそり調理場を覗きに行った際に「これを準備いただけますか?」とお願いすると、料理長が「……え?え?これ…で大丈夫ですか?」と訊いてくれたので、きっと美味しいお酒に違いない。
その横にはセオドア様が来る前に、同じグラスに注いだお水を用意しておいたから、私はそちらを飲めばいい。
自分のグラスを取る練習は出来なかったけれど、きっと大丈夫。とにかくセオドア様を酔い潰してから次の作戦を考えましょう。
セオドア様に警戒されないように、私はベールを少しずらして一気に水を飲む。
昨日から殆ど何も口にしていなかった喉と胃に、水が燃えるように染み渡る。
ん?燃えるように?水が?…なぜ?
考える間も与えず、そのお水は私の体を駆け巡るのだった。




