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酒場姫の秘め事  作者: あまがえる


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10/14

*さあ、召し上がれ【カリン】

 目が回る。私が回っているのか、世界が回っているのか、まっすぐ立っていられない。


「お、おい。大丈夫か?」


 遠くでセオドア様が声を掛けてくださる。やっとこちらと対峙して頂けるタイミングだというのに、私は目も開けていられない。


 あぁ、目の前の布、本当に邪魔だわ。そういえばセオドア様のお顔はまだちゃんと見ていなかった。

 結婚しているのにお顔も知らないなんて…。


「ふふ……ふふふふふ…。変な結婚…」


「……姫?」


「ふふふ…へへへ…へ」


 妙に愉快な気分が迫り上がってきて、笑いを止められない。

 お顔は見えないけれど、セオドア様の声色で彼が戸惑っているのが分かり、回らない頭で考えながら説明する。セオドア様が酔い潰れても大丈夫ですよ、とお伝えしなければ。


「ふふ…ふ、セオドア様、そろそろお酒が回ってきたの…れ……あー…ちょっと気持ち悪い、れす。少し服を脱いでもよろしい、れすか?」


 ゆっくりおやすみになって下さいと説明しようとするのに、自分の体がどうにも上手く動かせない。思考もどんどん鈍くなって、何だか胃の辺りが気持ち悪い。


「…腰回りの締め付けを緩めると少し楽になるはずだ。水を持ってきてやるから、横になって」


 ほら、と言いながら腰紐を緩めてくれる。何と頼りになる王子か。テオといいセオドア様といい、私が知らないだけで世間の男性はとても紳士なのだ。


 その後も少しやり取りした気がするけど、ぼんやりしていて記憶が無い。

 覚えているのは、セオドア様が私を抱えて優しくベッドに寝かせてくれた事くらいだ。


()()ドア様、優しい…れすね。わたくし…そんな優しい人に…何て事を…グスッ……騙すつもり…は…無いのれす…けど…」


「わー泣くな。…大丈夫だから」


「ふふ…ふふふ…テオみたい、れすね。みんな優しくて、良い人………」


「テオ?」


 そうセオドア様に言われて、ゆっくり沈みつつあった意識が急に浮上する。

 いけない、他の人の名前を呼ぶなんて失礼だよね。ちゃんと説明しておかねば。


「…違います、テオは…優しい人…で。とても…頼りになる…素敵な方れす……。でも…閨で…他の男性(ひと)の…名前を…言うなんて……私、花嫁失格…れす…ね。でも…良い人…なんれすよ…」


「……気にしないから、もう寝なさい」


 セオドア様、優しいな。ふわふわした意識の中で、セオドア様に頭を撫でられている気がする。


 私はその手を掴んで、頬に寄せた。男の人の大きな手は、触っていると何だか安心する。と言ってもテオの手くらいしか知らないのだけど。


「…!こら、もう寝なさい」


 まるで小さい子を諭すように、セオドア様が優しく頬を撫でる。ひんやりとした彼の手がとても気持ち良くて、ずっと触っていたい。

 顔も体も熱い私は、その冷たくて優しい手にずっと頬を擦り寄せる。止めなさいと言いながらも、セオドア様は触る事を咎めたりはせず、好きにさせてくれているようだ。


 私はその手の親指を軽く咥えた。冷たい指が唇に当たって気持ちいい。


「…ッ!」


 セオドア様が息を呑むのが分かった。困っておられるかもしれない…謝らなくちゃ…。だけどどうしても瞼が重い。まるで縫い付けたように硬く閉じた瞼を、必死で開けようとすると、ボンヤリとセオドア様の輪郭が見える。


「…カリン」


 セオドア様ったら、名前を間違えておられるのね。ちゃんと訂正しなくちゃ…。だけどやはり強烈な睡魔が私を襲ってきて、再び瞼を閉じてしまう。


「……お前は本当に」


 何かセオドア様が言っているけれど、いよいよ私は頭が回らなくなって、唯一意識の拠り所になっている彼の冷たい手をギュッと握る。そのままその手に何度も口付ける。


「セオドア様……セオドア様の、体、冷たくて、気持ちい……」


 横に寝ているであろうセオドア様の体をペチペチと触る。骨格も女性のそれとは全然違うし、張りのある美しい身体だ。

 寝着の隙間から彼のお腹を弄ると、良く鍛えられた彫刻のような筋肉があり、私はそこを無意識に撫でた。


 不意に、触っていた私の手をセオドア様が優しく掴んだ。

 そのままベッドに押し付けるようにして、彼は指を絡ませてくる。いけない、許可も得ずにセオドア様を触りすぎてしまったかもしれない。


 彼は紐で軽く結んでいた私の寝着を更に解き、脇腹辺りに手を添える。その手がやはり優しくて、私はゆっくり息を吐く。

 その様子を確認してから、ユルユルと背中を触っていた彼は、私の首筋にゆっくりと口付ける。

 唇から与えられた冷たさも気持ちよくて、私はそのまま彼の頭に手を添えた。


「んッ……気持ち…い……」


「…馬鹿、そんな声出すな」


 セオドア様がひどく掠れた声を出した。先ほどまでの堅い喋り方ではなくて、気安い相手に喋っているみたいで私は何だか嬉しくなる。


「気持ちいい…です。もっと触って…欲しい」


 思った事をそのまま口にすると、セオドア様が息を呑むのが分かった。


「……そういう台詞をベッドの上で言うのが、どういう事か分かってんのか?」


 掠れたままの声でセオドア様が私の頭を撫でる。


「…本当は良く分からない…のですけど、セオドア様に触られるのは気持ちいいです…。優しくて、安心します」


「…優しい触り方だけで済めばいいけどな…」



 そう言うと、ゆっくりと二人の唇が重なった。

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