騙し討ちとは卑怯なり【セオドア】
俺は今、非常に機嫌が悪い。どれくらい機嫌が悪いかと言うと、全方位にピリピリとした空気を飛ばしているため、従者達がとんでもなく気を遣っているのが分かる程度には機嫌が悪い。
「セオドア、そんなに苛立つな。お前がいつまでも腹を括らないから、陛下が苦渋の決断をされたんだ」
「本人に許可も得ずにな」
「…きちんと事前に説明されていたらしいぞ?」
「ふざけるな、こんな大事な事が大量にある資料の中に、紙切れ一枚で書いてあったんだ。普段城に居ない俺がどうやって見つけんだよ」
確かに帰る度に自室の机には堆く縁談の資料があり、いつも後回しにしていた。その結果が今である。全く納得していないが。
「帰ってきたら街に活気があっていいと思っていたら、まさか自分の婚礼を祝う祭りだとはな、笑わせる」
「まぁそう突っかかるな。私たちもお前が帰る度に変な虫が部屋に侵入しているのは知っていたからな」
「兄様達と違ってフラフラしてるから、さぞかし唆しやすいと思われてんだろうよ。挙句、身内に嵌められて、このザマだ」
吐き捨てるように言うと、胸元の勲章がシャランと揺れる。
我が国では花婿の衣装は軍服の正装に近い。俺は兄弟の中で1番外に出る機会が多い分、勲章も多く、それが衣装がゴテゴテと飾り立てているのも腹立たしい。とにかく全方位に腹が立つ。
「セオドア、あと半刻で式が始まる。どうしても嫌なら宣誓の時に拒否するんだな。あの恥ずかしがり屋な花嫁はさぞかし悲しむだろうが」
ニヤリと笑って王族の象徴である鷲の紋章が入った指輪を触りながら、第一王子であるリハルトは告げた。
「それも訳が分からねぇよ。昨日会った女と、なんで結婚する事になるんだよ。仮にも王子の結婚が雑過ぎるだろ」
そう言いながら、俺は昨晩、騙し討ちのように始まった茶番を思い出していた。
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「リーリ、何だこれは?」
「……何、とは?」
「前日からの祭事とは聞いていたが、俺が正装する必要あんのか?」
「…………勿論です」
「まぁ別にいいけどな。各国の貴賓も揃って中々盛大な事で。久しぶりにザッカーリの馬鹿ポメも見たぞ。相変わらずアイツは強いだけで品がねぇな」
「………………それは、それだけ大事な事ですから、各国の要人をお招きしているのです。多少軋轢のある国も、呼んだ呼ばないで後から揉めるといけませんからね」
「ただの祭り事に大層なモンだ。あぁ、そういえば陛下に呼ばれているんだったな。行くぞ」
明日の段取りでもあるのかと思い部屋へ急ぐ。王族が揃って城から手を振るだけでも華やかになるからな、そんな事を思いながら俺は陛下の部屋を訪ねた。
「陛下、到着いたしました。セオドアです」
「……来たか。入れ」
部屋に入ると玉座に王と妃が、その周りに兄夫婦達がいる。横の椅子に見慣れぬ男性と、俯いたままの小柄な女性。
王の部屋にいるという事は、何か重要な来賓なのだろうか。
「セオドア、いつも国の為に奔走してくれている事、感謝している。この国は常にお前が軍の士気を上げ、国境を正しく保全してくれているから成り立っていると言っていい」
「ありがとうございます。まだまだ私には至らぬ所がありますが、邁進して参ります」
頭を下げ、謝辞を述べる。人のいる前で陛下が俺を褒めるのは珍しい。次の言葉を待っているが、中々出てこないので俺は顔を上げた。
「陛下?」
コホン、と軽く咳払いしてから陛下は俺をじっと見つめてこう言った。
「……セオドアの功績を讃え、此度は我が国の重要な友好国、グリフィルムの王女と婚姻を結ぶ事とした。これは大変誉な事である。遠慮せずに受けるが良い」
「はい?ちょ、陛…」
「グリフィルム第一王女、キャティ王女は大変な才女であられる。お前の良き伴侶としてはこれ以上ない、秀でた方であるが、なにぶん非常に繊細な姫であるため、顔合わせが今日まで叶わなかった。しかし、今日からは二人夫婦として力を合わせ……」
その辺りからの記憶がない。いや、正確には意味が分からなすぎて一度自室へ戻ってきた。
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「はーーー……やられた」
俺はカウチに深く腰をかけて天を仰いだ。
「おい、リーリ!いるか?!」
「はい、セオドア殿下」
「お前…知ってたのか?」
「そうですね、知っていたような気がします」
「お前もグルかよ…。勘弁してくれ」
「主はセオドア様ですが、いかんせん王命より強い命令はございませんから」
いつもならこういった理不尽な事には一緒に憤ってくれそうなリーリが、何だか少し楽しそうに言う。
「しかも式が明日とはえらく段取りがいいじゃねぇか。これだけの来賓を呼ぶのだって、昨日今日の準備じゃ出来ねぇだろ」
「そうですね。まぁ我々は国外におりましたから、知る術はありませんでしたけどね」
「お前が知ってるなら、知る術もなにも…」
そこまで言ってリーリを見るが、微笑むだけで彼は何も言わない。王命か。俺が好き勝手動いていたのは、逆に陛下にすればちょうど良かったんだな。
「はーーーー…どうすんだよ。あと、キャティ王女、顔も何も見えなかったぞ。言葉も碌に交わせなかったし…」
そうなのだ。あの来賓の席にいた人の良さそうな髭の男性が、グリフィルム国王だった。その横にちょこんと座っていたのが、キャティ王女と思しき人なのだが、彼女は異常に分厚いベールで顔を隠し、終始俯いていた。
「ベールというより、もう雑巾くらい分厚かったぞ、あの布。表情どころか何も見えねぇし。はー…あの様子だと無理やり連れて来られたんだろうな」
「……そんな事はないみたいですけどね」
「頷くだけで声も発してなかったから、余程無理やりこちらへ連れてこられたように思うけどな。グリフィルムとうちじゃ、圧倒的に国力が違うから、どうせ陛下にゴリ押しされたんじゃねぇか?可哀想に」
あの不意打ち顔合わせの後、キャティ王女と話をさせて欲しいと願い出たが、婚儀までは新郎と新婦は別室で過ごすのが決まりらしい。そんなの知らねぇよ、と思いながらも取り付くしまもなかった。
二人で辞退すれば、どうにかして回避できそうな気がするのだが、いかんせん接触禁止、との事である。
そして
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なす術もなく、光の早さで結婚の儀が終わる。
周辺国の来賓に祝われ周知され、何故だかポメラにだけは異常に睨まれ、式の間も絹の手袋越しにしか触れていないキャティ妃と、俺の部屋に放り込まれて、今。
とんでもなく長い沈黙である。
国を代表して嫁いできている姫を無碍には出来ないが、俺には結婚願望もない。
せめてもう少し互いを知る時間くらいくれればいいのに。
部屋の椅子にちょんと座る、分厚いベールの姫を見て、梟亭の娘を不意に思い出す。彼女も近い内に結婚すると言っていたが、あの娘なら大切にしてもらえるだろう。
カリンに結婚の指南とか言ってる場合じゃなかったな。俺の方がピンチじゃねぇか…。
気付かれないようにため息を吐いて、俺は小さくなっている姫をもう一度見た。
すると、急にキャティ王女がこちらに顔を向ける。いや、正確にはベールが分厚過ぎて見ているかは分からないが。
「…セオドア様。…あの、急に押し掛けてきてしまい、申し訳ありません」
「いや、貴殿が決めた事では無いのでしょう?こちらも少々急な運びであったので、何も準備が整っておらず申し訳ない」
「…いえ……」
「我が国とグリフィルムは友好国ですから、婚姻で繋ぎ止めずともずっと共にあります。ですから、姫、貴女も無理せずにご自身の良縁を見つけられるといい。勿論、離縁したとて、我が国との縁は切れませ…」
「だ、駄目!駄目です!」
「姫?」
「セオドア様、わたくし、あの、頑張りますので、どうにかして気に入っていただかないと…。あ、そうだ!お酒…じゃ、なくて、お水、いただきましょう、そうしましょう!」
急に捲し立てるように話すキャティ王女は、水差しに入った水を二つ、グラスの際まで注いでこちらに渡す。
相変わらずベールで顔も何も見えないが、渡されたものを断る訳にもいかず、少し口を付ける。
「ん?これは…」
口に含むと、水差しに入っていたのが強い酒だと分かり、俺は顔を顰める。
「姫、これはどうやら蒸留酒のようです。水を持ってこさせましょ…あ、姫!」
ベールを少し持ち上げ、キャティ王女が酒を一気にあおる。水だと思って飲んでいないだろうか。
「姫?大丈夫ですか?」
「だ…大丈夫…れす…」
キャティ王女はそのままこちらにポスンと体を預けた。どうやら急に酒が回ってしまったようだ。
小柄な彼女がこちらに倒れ込む瞬間、分厚いベールがヒラリと落ちて、俺は初めてキャティ妃の顔を見た。
「……え?…どうして、ここに?」
どこからどこまでが仕組まれているのか分からぬまま、俺は梟亭で元気に働いていた娘を抱き止めていた。




