では、ご指南お願いします!【カリン】
ハンカチ越しに握る手に、グッと力を入れると、応じるように目の前の色男の手がピクリと震え、私の手を包み込む。
「…テオ?」
何も言わずに手を包まれ、私はどうして良いか分からずに相手の言葉を待つ。
「……テオ?…あの…」
不意に私を掴む彼の手に力が入り、グイっと体を引っ張られた。
ぽすん、と彼の胸板に頭を預ける形になって、急に恥ずかしさが込み上げる。お父様と踊る以外にこんなに異性の近くに寄った経験のない私は、どうすれば良いか分からないまま、彼を見上げた。
「て、テオ?抱擁の練習ですか?」
気まずさから声をかけても、彼は何も言わずにこちらをじっと見ている。濃い茶色の瞳から、彼の心を読む事は難しい。
ため息を一つ吐いてから、掴んだ手と反対側の手で、テオが私の頬をなぞり始めた。彼の瞳からはやはり感情が読めない。
「あ…あの…」
何だかとんでもなく悪い事をしていような、しかし何かが始まった気がして、私は覚悟を決めてギュっと目を閉じた。
初手が口付けなのは浅い知識で唯一知っている。こういう時は唇に力を入れていていいものか?変な力が顔の筋肉にかかってる気もするけれど、私は彼の次の行動を待っていた。
スルリ、と頬を撫でていた指が唇を掠め、そのまま瞼の辺りを優しく撫でる。普段の彼の言動からは想像も出来ない優しい触れ方だ。
そのまま、指をゆっくり……
パチン
「いったーーーい!!!!」
急に痛みをおでこに感じ、私は思わず声を出した。
「何するんですか!!」
どうやら特大のおでこ小突きをされたようである。
ヒリヒリ痛むおでこをさすりながら、私はテオを睨んだ。
「こっちの台詞だ。お前は痴女か何かか?」
「な…何て事言うんです!私、真剣に教えて欲しいだけなんですから!!」
「お前ね、そういうのは大事な相手にお願いするんだよ。だいたい順番がめちゃくちゃじゃねぇか。ある程度お互いの事分かってるやつとやれよ。そうすりゃ失敗もクソもねぇ」
呆れた顔でテオが指を振る。もう一回小突かれそうな勢いだ。
「駄目なんです、ちゃんと何かしらの技術?を駆使してお相手を落とさないと…私…」
また涙が溜まる。
「わーやめろ、こんな状態で泣くな。俺が泣かしてるみたいだろ」
小さい子どもを慰めるように、頭を撫でながらハンカチで涙を拭ってくれる。
「す…すみません、私…こういう経験が無いもので…。でもどうにかして成功しなきゃだし、でも時間がないし…」
ハンカチを奪い取りながら、でもでもとグズる私を見て、テオは困った顔のままこちらの頭を撫でた。
「あのな、そういうのは相手に任せておけばいいんだよ。新婦が百戦錬磨のヤル気満々で初夜に現れたら嫌だと思うぞー?」
「でも、お相手の好みも分からないので…。チャンスも一回しか無いですし…」
「最初なんだから失敗したって大丈夫だよ。そんな事を気にしないといけないようなトコに嫁ぐ気かよ?見合いにしたってココはそんな古い考えの国じゃないだろ?」
確かに国民は皆思い思いに恋愛をしている。国民はいいのだ、国民は。最近は階級の低い貴族なんかも恋愛結婚が主流で、国や血統のために決められた先へ嫁ぐのは王族くらいしかいない。
「それは…そうなんですけど…」
テオに全ての事情を話す訳にもいかないが、こうなった以上、何とかして打開策を見つけなくてはいけない。それに諸々の手練手管を習得するには、あまりにも日数が無いのだ。
「だいたい初見の相手と結婚する訳でもねぇんだろ?相手の年齢とか、ほら、お付き合いして知り得た趣味嗜好とかに沿えばいいんじゃねぇのかよ?…というか、お前結婚するの?」
テオが言うのは至極真っ当で、お見合い結婚であっても互いに理解する時間を過ごしてから式を挙げるのが一般的だ。
「はい。…えーーーーと、その、相手と、その…顔合わせの日に結婚をするので…」
「は?」
「えーーーと、だから、結婚する日が初顔合わせで、そのままその日が初夜になる予定なんです」
「は?」
「それで、ですね、どうにかその時に私の事を気に入っていただかないと…」
どこまで誤魔化せばいいか、考えながら喋っていると、特大のため息が上から降ってきた。
「カリン、一応聞いておくが、相手の名前は分かってるんだよな?」
「えーーーと、テオには内緒です」
「年齢は?」
「私より年上、としか…知ら…なくて…」
「何で初日に結婚なんだよ?」
「王……お父様が、その、国…じゃなくて、家の為?に決めてこられたのです。結婚と初夜がつつがなく終われば、戦…じゃなくて、えーと、みんな仲良く出来るみたいで」
「何でそんな大事な婚姻なのに、相手の事を何も知らねぇんだよ」
「常に家を空けておられる方なんですよ。軍…じゃなくて、えーと、とにかく!家にはあまりおられず、外で色々と戦…発散されているみたいですね」
とりあえず私の知りうる情報を話していると、テオの眉間にどんどん皺が寄る。
「良く知りもしねぇ血の気の多い男と、会ったその日に結婚するって事で合ってるか?」
「そうです、そうです。さすがテオ!理解が早いですね!あ、でも政略…じゃなくて、家の存続のために私が結婚する事は前々から決まっていたので大丈夫なんです。ただ、ちょっと色々ありまして、急に組み合わせが変わったといいますか…」
「は、王族でもあるまいし、そんなのちょっとゴネて破棄すればいいじゃねぇか。それに、王族でも結婚まで日数は設けるはずだぞ?」
「王族………ではないんですけど、王…お父様が王家に傾倒されていまして…その、憧れて?いまして…その、王家の慣わし的な事を踏襲していると言いますか…。ほら、この国に限らず王家は結婚と初夜は同日が慣わしでしょ?」
「あー…だからお前、名前がカリンなのか。ここの姫さんもそんな名前だったよな」
「ひぃ!……そうです、テオ、よく知ってるんですね…。名前もそこから…です」
参ったなーと言いながら、テオは何やら思案している。
「家の事だから、俺がとやかく言う謂れはねぇけど、せっかく縁のできたカリンには、幸せな結婚して欲しいけどな」
「ありがとうございます。テオは優しいですね」
「…そうか?さっきちょっとヤバかったぞ、俺」
「……?」
「………いいよ、分かんなくて。とりあえず今日は帰って少し休むんだな。明日もまた来るんだろ?一緒に何か方法考えてやるよ。あ、ほら友達が迎えに来てんぞ」
そう言って彼が顎をやる方を見ると、黒髪の短髪を後ろになでつけた人物が不安そうにこちらを見ていた。
「あ、パトリー!ごめんなさい、遅くなって」
「カリンさ…ん、早く帰りましょう。王…お父様に見つかると大変ですよ」
「そうね、ごめんなさい。テオ!今日はありがとうございました!」
泣いたり笑ったり感情が忙しい。でも誰かに相談したり話を聞いてもらうだけでずいぶんと心が軽くなった気がする。
テオには大変迷惑な相談になるけど、少し協力してもらおう。何せ私には猶予がないのだ。




