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酒場姫の秘め事  作者: あまがえる


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4/6

初々しい花にちょっと負けそう【セオドア】

「いらっしゃいませ!あ、テオ!良かった、ちょっとこのお皿、奥のテーブルへ持って行ってくれませんか?」


 梟亭にやってくると、いつもマスターがいる厨房から勢いよく娘が顔を出す。


「ん?マスターいないのか?」


「それが、マスター風邪ひいちゃったみたいで…。奥さんもお腹が大きいですから、仕込みをしてお二人とも帰られました。だから、今日は私が切り盛りを任されたんですよ!凄いでしょ?」


 グッと拳を作って娘は笑顔を向ける。ここはグリフィルムという小さな国の酒場、梟亭(ふくろうてい)。人の良いマスターがいて、料理も美味い。

 この国(グリフィルム)我が国(パラガーデン)の友好国であり、資源の豊富な貿易国でもある。周りを強欲な国に囲まれているため、俺は国境周辺の視察と警備を兼ねて頻繁に訪れている。梟亭(ここ)はこの国に来た時に必ず寄る店で、すっかり常連認定されるくらいには入り浸っていると言っていい。


「いらっしゃいませ!すぐご案内しますね!…テオの注文少し待ってくださいね、すみません」


 ペコリと頭を下げてから、パタパタと忙しなく動く娘。美しい金の髪を一つにまとめ、奮闘しているのはここの看板娘カリンだ。

 マスターに無理を言って働いているらしいが、彼女の所作は上品で、育ちの良さが垣間見える。本人は「社会勉強中!」と言っているが、身の上話を聞こうとすると途端に目が泳ぐので余計な詮索はしない。どこかの訳あり令嬢なのだろう。

 詮索されると面倒くさいのはこっちも似たようなモンだしな。

 

「あの奥でいいのかー?」


「あ、先に手を洗ってくださいね。そうです、奥の左で。テオが来てくれて助かります!」


「働きに来た訳じゃねぇけどな。リーリは来てないのか?」


「用事があるとかで、今日はもう帰られましたよ。『どうせ後でテオが来るから大丈夫』とおっしゃってました。それまではお手伝いを」


「あいつ…、俺が動くの分かって帰ってんな」


「リーリさん、テオの事ならお見通しって感じですもんね」


 仲良しですね、と笑いながら器用に料理を取り分ける彼女を見ると、口がへの字に曲がっている。集中する時の彼女の癖らしく、よく知った表情だ。


 皿を運ぶついでに空いた席の片付けと汚れた食器を下げて洗ってやる。ここへ来た当初、カリンは今よりもっと箱入り娘らしさが抜けず、失敗も多かった。

 まるでどこかのお姫様が働いているのかと思うほど、世間知らずというか、おっとりとしていて、忙しい時間でもどこか優雅というか。


 だが、彼女はいつも一生懸命で、マスターに言われた事には何事も熱心に取り組んでいた。普段は優しいマスターは店の事になると結構なスパルタで、甘ちゃん令嬢はすぐに心が折れるだろうと見守っていたのだが、カリンは一度も歯向かう事なく、ひたすら真摯に対応する。

 見かねて少し手伝ってやると、最初は遠慮がちに助けを受けていた彼女は「じゃあ今日も頑張りましょうね!」と挨拶してくるようになったのは少々解せない。


「でも…まぁ…」


 当たり前のように一緒に働くぞー!と意気込む彼女は何故だか憎めない愛嬌があった。王族を顎で使うとは、時代が時代なら不敬かもしれないが、俺は心地良い図々しさを彼女に感じている。この場所を気を張らなくて良い店だと感じるのは、いつも一生懸命な彼女の存在も大きい。


 だからまさか。


 元気印の初心(うぶ)な娘から『初夜を教えろ』と言われた時は耳がおかしくなったのかと思った。


 考えてみれば確かに今日は様子がおかしかった気がする。葡萄酒は溢すし、寸胴のスープをいつまでも上の空でグルグルとかき混ぜていたし。


 いつもなら段取り良く閉店作業をしている彼女が、今日はもうずっと心ここに在らず。


 体調でも悪いのかと早めに閉めて帰そうとしたところで、急に大粒の涙をボトボトと落とす。

 店の事をやりすぎたのかと思い、ハンカチを渡してやると、花が綻んだようにこちらを見つめて手を握り、あまつさえ『初夜の指南』という、普段の彼女とはまるで結びつかない言葉が飛び出て面食らう。


 キラキラと目を輝かせながら、名案だ!と彼女の綻ぶ笑顔を見て、俺は説明出来ないザラついた気分になった。

 この娘は素性も分からぬ(おれ)を相手に、とんでもない願い事をしていると分かっているのだろうか?世間知らず過ぎて心配と苛立ちが混ざる。


 まるで『捨てないで』と言っている犬のような視線で、俺を見つめるカリンを見て、どうしたものかと思案する。

 正直、何も考えずに彼女の体をこちらに寄せてしまったのは非常にマズかった。本当にマズかった。


「…テオ?」


 カリンの声で我に返ると、彼女の頬を指でなぞる。いつも色仕掛けを受けて辟易している自分が、何も知らない娘相手に何という品位を欠く行為か。


 ぼんやり彼女の柔らかな頬を撫でていると、カリンがギュ、と力一杯目を瞑る。


「…!」


 これは本当にイカンな。計算されていない無垢な行動に、こんなに破壊力があるとは。


 先ほどから大揺れしている理性の天秤が、カタ、と傾くのが分かった。

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