モテモテ王子は疲労困憊【セオドア】
久しぶりの自室だというのに、大きなベッドが不自然に膨らんでいるのを見て俺は盛大にため息をついた。毎度毎度、人の私室を何だと思っているのか。
そして思い切り息を吸って、その膨らみにも聞こえるよう、外に向かって腹から声を出す。
「おい!リーリ、そこにいるか?!」
ドアの外に控えている従者を大きな声で呼びつけると、同時にベッドの膨らみがビクリと大きく揺れ、シーツの隙間から瞳が二つ、こちらを伺っていた。
「リーリ!放蕩息子でもここは一応王族の部屋になるんだがな!間者が入ってるぞ!城の警備はどうなってる!!めんどくせぇからシーツごと斬ってしまってもいいか?!」
その言葉を聞いて、ヒュ、とシーツの中から息が漏れる。俺が軽く動きを見せた瞬間、布団の塊がゴソゴソと動いた。
どうせいつものやつである。塊のシーツを剥がして確認すると、体に香油を塗りたくった薄着の女が上目遣いで震えていた。
「お…王子。わたくし、ご寵愛を…授けていただきた…」
「いらん、帰れ」
殆ど見えてしまっている乳房の上に、その重みが分かるように剣を乗せる。
「ヒッ…!そんな…!後生でございます!一時の夢をお与えくだ…」
ザクリ、女の足元を剣で一刀してやると、シーツが切れ、そこに詰められていた綿と羽が女の前に舞う。
「悪夢はいらん、帰れ、と言った」
それでもなおモジモジとベッドから下りる気配のない女に、根性のある馬鹿は始末が悪いと苛立ちが募る。
「リーリ!早くこい!」
苛立ちながら女の足元に追加で何度か剣を突き刺す。「どうして」だの「酷い」だの喚いているが知る事か。
「殿下、やり過ぎですよ」
黒い髪の毛を高い位置で一つにまとめた従者が、諌めるように部屋に入って来る。
「体はどこも切ってねぇよ。俺の部屋に勝手に入ってきて、即斬首しないだけマシだと思って欲しいけどな。あ、そいつちゃんと縄で縛り上げて連れて行けよ。事後みたいな顔して出て行かれたらどんな噂が立つか分からねぇからな」
「とりあえず、その裂けたシーツお借りしますね。ほら君、誰に唆されたのか知らないけど、裸で城内引きずり回されるのは嫌だろ?ちゃんと布巻いてこっちに来…あ、こらこら!」
「…わたしッ!!本当に王子の事が……!!………ぎゃ!!!」
薄着の女がヨヨヨとわざとらしく体を倒してきたが、触る事なく避ける。すると、支えを当てこんでいた女は蛙のような声を出して勢いよくひっくり返った。
「凄いですねぇ、ちょっとでもチャンスがあると思っているんでしょうか、この子」
「知らねぇよ、俺は疲れてるから体を休ませたいんだ。カウチでちょっと寝るから早くソレ連れてけ。あと派遣元がどこか、ちゃんと口割らせとけよ」
「はいはい。さ、君、もう諦めて行くよ。これ以上やると本当に斬られてしまうからね。殿下はお疲れなんだ。さぁさぁ」
促された女は、従者の袖をグッと持ち懇願する。
瞬間、空気が緊張したものに変わったが、鈍感な女はそれに気付かない。
「……ですからッ!!!わたしが王子を癒し……グェ!!…カハッ……」
腹を硬い靴先で思い切り蹴り上げられた女は、そのまま強引に髪を掴んで引き上げられる。髪が抜ける事も皮膚が引き攣れる事も構わず女を引っ張る黒髪の従者は、今までの柔らかい雰囲気を全て消していた。
「何回も言わせないでね?君、即斬首でもおかしくないの。部屋を出た瞬間に首が床に落ちればいいけどさ、我が国最強の拷問隊に引き渡されたら、死んだ方がマシな扱い受ける可能性もあるんだよ?今なら僕の蹴りだけで終わるけどね。それでももうちょっと粘るかい?」
口元は笑っているのに、一つも笑っていない黒い瞳を見て、女はようやく観念したのか、シーツを自分で巻きつけた。
「どちらにしても尋問はあるだろうからね、しばらくは冷たい部屋で過ごしてもらう事になる。身につける布は多い方がいいよ。どうせもうこのシーツ類は使えないし」
従者は慣れた手つきで素早く女の手を縛って、更にシーツで女の体を重ね巻いて連行した。
「ふぅ………」
カウチに腰を掛けると疲れがドッと襲ってきて、窓は開けたが女の甘ったるい香油の匂いも部屋に充満していて気分も滅入る。
「ホントに懲りねぇ奴らだな…」
いつもの事とはいえ、国に帰る度にこういう類いの対応をせねばならない事に嫌気がさす。もちろん、自分がさっさと身を固めないせいだとは理解していてるものの、正直放っておいてくれ、と叫びたくなるし、もはや国外の方が居心地が良いまである。
俺の上には二人の兄がいて、そちらは早くに結婚し、長兄は時期王として、次兄は宰相として、どちらも国に尽力しているだけに、フラフラしてる三男坊の動向がどうにも放っておけないらしい。
国内は優秀な兄達がいるので、国境の警備と軍事力を上げるために国外を奔走するのが自分の役割だと思っているのだが…。
「毎回毎回、こっちを盛りのついた家畜か何かだとでも思ってんのかよ…」
若い男に裸の女を放り込めば必ず抱くとでも算段しているのか。これでも一応外では気を張って公務をしているのだ、一人の時間くらいは好きに過ごさせて欲しい。机の上に大量に乗った縁談の資料にチラリと視線をやるが、一枚たりとも目を通せていない。
遠征の疲れも手伝って、俺はカウチでウトウトと船を漕ぐ。
「セオドア殿下、よろしいですか?」
コンコン、と扉が鳴って先ほどの従者が声を掛ける。
「ん…リーリか、入れ」
失礼します、と言いながら黒髪の従者は、先程纏っていた刃物のような空気を元に戻し、やれやれといった顔で入ってきた。
「困ったものですね、今回は前宰相のいとこの息子の友人の手引きだそうで」
「もはや王族からしたら他人じゃねぇか」
「だからこそ、殿下と縁を作りたいのでしょう」
「無理やり作るのは縁じゃねぇよ」
腕を上に伸ばして大きな欠伸をする。
「はー…どいつもこいつも勝手な事を。唯一、陛下が妙な政略結婚を王命で持ってこないだけが救いだけどな」
「しかし、両陛下とも、セオドア殿下の結婚については気を揉んでおられますよ」
「知ってるよ。いつも気を遣って会話してくれているのは分かるからな。そういえば、もしかしたら俺が男色家なのかもしれないと思っている素振りもあったな」
思い出して少し笑ってしまう。年頃の息子が気に入った女性の影すらみせないので、王と皇后はその線が有力なのか?と少し疑っているようだ。
しかも、そうであっても応援するからね!という会話だった気がする。
「まぁ、いつものらりくらりと話題を変えますからね、殿下。しかも特定のお相手が居ないわけではない、という感じでお話しされるからタチが悪い」
「一応匂わせとかないと話広げられても困るだろ。まぁ今は色恋沙汰に興味ねぇな。国と自分を高める事以外に使う頭も時間もねぇし」
「だから嘘でも決めた相手がいる、それはこの人だ!と宣言なさればよろしいのに」
「嘘でも誰かを使うのは嫌だよ。相手に迷惑かかんだろ」
「じゃあそのように仰ればいいんです」
「そしたら王が用意した相手をすぐあてがわれて結婚一直線だろうが」
「困ったワガママ王子ですね」
「いいんだよ、三人の内一人くらい言う事きかねぇ王子がいても。……よし、ちょっと出るか。部屋にいる気分じゃなくなった」
そう言うと、ジットリとした視線をリーリが投げつけてくる。
「……また、お出掛けでございますね?」
「見回りと言ってくれ。ついでに国境の様子も見て回るんだからいいだろ?…で、次の花の月に帰ってくればいいんだったよな?」
「…ええ、王が……祭事を考えておられる…とかで」
「珍しいね、あの人が。祭り事は国に活気が出ていいけどな。じゃあちょっと足を伸ばして…」
「また、グリフィルムへ行かれるのですね?」
「あぁ、あの国は過ごしやすくていい。飯も美味いし気のいい国民も多いしな。周辺国が色々アレなのが多いのが難点くらいじゃねぇか?ここで油まみれの裸の女を切り付けるよりよっぽどいい環境だわ。じゃあ今から発とうぜ」
「セオドア殿下!色々と手続きがあるんですから!せめて明日に…」
「善は急げだ、行くぞ、リーリ」
こんな甘ったるい部屋にいるより、体を動かしてからあの美味い飯屋で安酒飲んでる方がよっぽど性に合う。
俺は梟の看板の店に想いを馳せて、さっさと部屋を後にした。




