*マイ・ターン【カリン】
目の前に濃い茶色の瞳。よく見ると遠くに緑色が混ざっていて、まるで特別な宝石のよう。
真っ暗な冷たい氷の中に沈んでしまいそうな場所にいた私を、とても優しい声で呼ぶ人がいる。
ゆっくりと目を開けると、テオが心配そうな顔で私を見つめていた。
どうやら何かしらの薬が入ってしまったらしい。またテオに迷惑をかけてしまった。
私に触れる、と言ってからも具体的に何かする訳でなく、テオは私を見つめている。
珍しく彼の瞳には迷いがあって、私もどうすればいいか分からない。
しかし、その間にも何だか体の中心がとても冷たくなっていくような気がする。
毛布をしっかり掛けて寝ているのに、まるで雪の中にいるような冷たさがあった。
「……テオ、寒い」
私の言葉を聞いて、テオが大きく動いた。
今日の事は全部忘れていいから
そう言って、テオはとても優しく私に顔を寄せた。
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口付けとは唇を合わせるだけのものだと思っていたから。
「…は……っ……」
息をするのも忘れてしまう程の深い口付けは、挨拶でする軽いそれとは違い、私の体の芯をゾクゾクとさせる。
重なっている唇から二人が混ざってしまうような感覚があって、彼の吐息も熱い。
体を温めるために、どうして口付けが必要なのか分からなかったのに、不思議と彼の唇が離れると体の熱が寂しさを感じるのだ。
もっと、ずっと、していたい。
はしたなくも物足りない顔をしてしまっているような気がした。
テオはゆっくりと私に口付けを落とす。瞼に、耳に、首筋に。
まるで私を宝物のように丁寧に扱う彼の体は、私と違ってとても熱く、優しく落とされた唇から、熱が点になって広がっていくような気がした。
くすぐったさの向こう側に、自分の知らない感覚が芽生えて、恥ずかしさと、だけどやめて欲しくない浅ましさが湧き上がって涙が出る。
彼はその涙さえ掬い取って、私に熱を与え続ける。
体の中心に彼の指が触れた時、自分では処理出来ない感覚が胎の奥から迫り上がる。
怖い、でも。
彼の瞳に熱を感じる。彼も気持ち良いと言ってくれる。彼に触られて、体が芯から悦んでいて、もっと深く、と本能が求めている。
「…テオ……気持ちいいよぅ…もっと、触って…もっと、もっと…」
途中からもう何も分からなくなって、テオが触れた全ての場所が気持ち良く、そこから全て溶けてしまいそうな、自分が自分でなくなったような、不思議な感覚になった。
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目を開けると、真横にテオの顔がある。離れようとしても彼は私を正面から抱きしめていて、そのまま眠ってしまっているようだ。
モゾモゾと動くと指先の感覚は完全に戻っていて、私は何も身につけていないけれど、先ほどの寒さは少しもなかった。
むしろテオと抱き合っている分、ちょっと暑い。
長いまつ毛を見ながら、彼の頬を指でなぞる。
優しい人。危険だと分かっていて助けに来てくれて、こんな世話までしてくれたのだ。
今更ながら申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「ごめんね、テオ」
小さな声で彼に謝る。私を抱くテオの腕をすり抜け、ベッドから降りようとすると、後ろからグイ、と抱きしめられた。
「こら、どこ行くんだよ」
「わ、テオ、起こしちゃった?ごめんね」
くるり、と向かい合うように体を彼の方に向けられる。
「体はどうだ?もう寒くないか?怪我は…?」
聞かれた途端に太刀傷が少し疼く。現金なものである。
「寒いのはもう全然。傷は…ちょっと痛いけど大丈夫だよ。テオは?あの刃物振り回してた男の人に何もされてない?」
「男?俺とやり合った方なら…ポメラか。あいつはパラガーデン側に捕まったよ。そう簡単には釈放されねぇだろな。もう一人の自称商人もちゃんと捕らえたから安心しろ」
「あの人がポメラ軍師なの?!知らなかった…。すごく強いんでしょ?テオ、そんな人と対峙できるなんて凄いね」
「凄くねぇよ、殆ど負けてた。けど、カリンが死ぬ気で刺しにいった針が効いたんだ。だからギリギリ死なずに済んだぜ。ありがとうな」
死ぬ、という言葉を聞いて、急に恐怖が甦る。恐怖がそのまま涙になって、パタパタとシーツに染みを作った。
「わーどうした?….あ、その…嫌だったか?緊急とはいえ、お前にちゃんと許可も得ずに…その、ごめんな」
どうやらテオは私に触れた事に申し訳なさを感じているようだ。
「違うよ!何度も助けてくれて…本当にありがとう。謝るのはこっちで…嫌な役、させてゴメンね」
「さっきも言ったけど、全然嫌じゃねぇって。…ただ、思いの外…」
そこまで言ってテオは言葉を濁す。何だか耳が赤い気がする。
「あのね、私まだテオに言ってない事があって、しかも謝らなくちゃいけなくて」
「うん?」
「実は私、グリフィルムの第二王女なの…。黙っていてごめんなさい…」
「あー…そうなのか、そうだな。知っ…いや、いいよ、ホントに全然大丈夫」
「それでね、実は結婚相手というのがね…」
「あーー…そこも、別にいいよ、聞かなくても知ってる。セオドアだろ?」
「…そうなの。あ、そうか、テオはセオドア様に依頼されて探しに来てくれたんだよね?…あのね、私、実はセオドア様を騙すように嫁ぐ事になってしまって…。まあそこも色々と事情があるんだけど…」
「依頼された訳でもないんだけどな…まあいいんじゃねぇの?多分お前の事情だったら汲んでくれるんじゃないか?…と思う」
「駄目だよ!やっぱり不誠実だもの。お顔は拝見してないんだけどね、セオドア様、とても戸惑っておられたと思うの。私、初夜でお酒を盛ろうとしたんだけど…失敗しちゃって…。よく考えるとそれも凄く不敬だし…しかも婚儀の次の日にこんな事になっちゃったでしょ。すごく迷惑かけちゃった」
「あー…多分、大丈夫だと思うぞ。お前が無事なんだから。そんなんで怒るような狭量な男じゃない、と信じたい。むしろお前が攫われたのは王子側の警備が甘いまであるからな。ちゃんと強化するようにしてお…いてもらえよ」
「そんな事ないよ、パラガーデンでは皆さんにとても良くして頂いたもの。なのに私が軽率に扉を開けちゃったから…。あ、でもね!初夜は無事に終わったっぽいの!すごいの、セオドア様!初夜って大抵痛いって聞いてたのに、私次の日どこも痛くなくて…」
「……あーと…カリン、多分だけどな、最後までしてないんじゃないかな?セオドア様も」
「そうなの?」
「ああ、そうだと思うぜ。俺たちのさっきのも、別に最後までしてる訳じゃないから…」
「え?あの続きがあるの?」
「まあ…そうだな。殆ど済んでるけど、まー…ギリ未遂だからな…多分」
歯切れの悪い物言いをテオがするのは珍しい。
「それだと万が一、初夜のやり直しになった時にやり方が分かんないよ…。続きってどうするの?…ね、テオ、もうこの際だからそこも教えて!お願い!」
「馬鹿言え、あと服着ろ」
思い出したかのようにテオは毛布で私をぐるぐる巻きにする。
「怪我人は大人しく怪我を治すのが先。…続きはちゃんと体が治ってからセオドア様にお願いして最後までしてもらえ」
「だってセオドア様、私の事どう思ってらっしゃるか分かんないんだよ?!ちゃんと技術を…」
そこまで言うと、テオは私の頬を指でつまむ。
「セオドア様は、ちゃんとお前を好ましいと思ってる!…と、思うぞ。だから、カリン、お前もちゃんとセオドアの事を知って好いてやれ」
テオがまた耳を赤くしながら付け加えた。
「好き同士の最後まではさっきの何倍も善いからな、ちゃんと好きになってやれよ?」




