拳か剣か選ばせてやる【セオドア】
「カリン!」
思いがけない動きで俺に覆い被さった彼女の背後から、鋭い刃が見える。
力の限りカリンを引っ張っぱったが、間に合わず、彼女は肩に太刀を受けてしまった。
すぐに彼女を後ろ手に隠し、次の攻撃に備える。
しかし、ポメラはすぐに次斬を打つ気はないようだ。俺は持っている布地で彼女の切り口をきつく縛る。ジワリと布に血が滲んでいるが、カリンは大丈夫だと震える声で告げる。
大丈夫な訳がない。特別に鍛えてもいないただの娘だ。太腿の乾いた血、新しく出来た肩の傷、そして胸元の歯形。全て普通なら経験する事のない痛みだ。
腹の底から湧き上がる怒りを、目の前の男に向ける。
ポメラは自分が強い事を知っている。そして俺がカリンを守りながら剣を振るう事が出来ない事も。だからすぐに次の一手を打ってこないのだ。
だが、俺は自分の剣を鞘から抜いた。戦いの意志をを示す為に。剣の刃先に全ての集中を乗せる。相手は必ず自分から斬りかかって来るだろう。最初の一撃で己の強さを分からせるために、必ず。
ユラリ、相手の刃筋がこちらに向かって牙を向いた瞬間、俺はカリンを遠くへ突き飛ばした。
太刀筋を見極め、鞘で相手の刃を受ける。老年とは思えぬ力でポメラは刃ごと俺を押し込んでくる。さすがに軍の総指揮官なだけはあって、彼は押し込みながらニヤリと余裕の笑みを浮かべていた。
強い。しかし、負ける訳にはいかない。
カリンはよろめきながらも俺達から距離を取った。俺が突き飛ばした意味を理解してくれたようだ。足の感覚が戻ってきたのだろうか、少しでも距離が出来れば、俺も剣を振るうのに遠慮しなくて済む。
彼女の動向を気にする隙は与えてもらえず、ポメラは凄まじい速さで連撃を打ってくる。
正直なところ、受けるだけで精一杯だ。俺は歯を食いしばりながら反撃の機会を待つ。
「この程度も流せんか。軟弱な王子よ」
確かにそうだ。ただのやり合いならば、互いに急所を打てばいい。しかし俺はこいつを生きて連れ帰らねばならない。人の目がない場所で国の重要人物を殺してしまえば、どんなに弁明しても大きな戦が起きかねない。
今の怒りのままやり合えば、俺は刺し違えてでも必ずポメラを打ち殺してしまうだろう。
頭の芯に冷静さを保ち、決して殺さず、生捕りにする必要があるのだ。
「は、つまらんな。本気を出せんのか、それともお前の実力が噂以下なのか」
連撃を続けるポメラの勢いはどんどん増してくる。持久力も恐ろしく高い。
どうすればいい、どうすれば。
集中しているはずなのに、考えが散る。
その時、ふと目の端に金色の糸が揺れ動くのが見えた。
「…カ…」
名を呼ぶ前にカリンがポメラに体当たりをした。子犬程度の衝撃に、老将は少しも怯まない。ポメラはいとも簡単に彼女の細い手首を捻り上げ、後ろから羽交締めにした。
「カリン!」
迂闊に近寄る事も出来ず、俺は彼女の名を叫ぶ事しか出来ない。
服の上に刺さっている複数の針を抜き、ポメラは彼女の首元に一本の針を刺し返す。
途端、カリンの瞳が混濁する。グラグラと揺れながら、俺の身を案じて叫ぶカリン。その金色の髪を、ポメラは乱暴に掴んで体を持ち上げたが、カリンが完全に脱力すると、その手を離して床に横たわる彼女を蹴った。
「…やめろ、それ以上傷つける事は許さない。今すぐ彼女から離れろ」
俺が両手で剣を構えたのを見て、ポメラはニヤリと笑う。
「やっと本気か。まだまだ青いな」
同じくポメラも両手で構える。
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動いたのは同時。
そして、俺の足元には自分の剣が回りながら落ちていた。
「儂の勝ち、だな。お前はそこの商人と揉み合って死んだ事にでもしておいてやる。ああ、心配せずともこの女は儂が可愛がってやるから、安心せい」
ポメラの持つ刃が、顔の前で光る。俺はポメラを睨みつけた。
「ん、この期に及んでまだ諦めておらんのか?生に執着する男は嫌われるぞ」
嘲笑うようにクッと喉を鳴らし、刃は振り上げられた。
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命の尽きる最後の一瞬まで、目を逸らすつもりはなかった。
しかし
痛みがこない。振り上げられた刃は空中で止まっている。
「……は……ッ……何…だ…」
ポメラは俺にとどめを刺さず、仁王立ちになっていた。よく見ると、先ほどまで余裕を見せていた顔に大量の汗が吹き出していて、見て分かるくらいに顔色が悪い。
「…な……にが…」
コホ、と咳き込むと、ポメラはゆっくりと膝をつく。
「…あの…娘…か…」
ポメラが自身の腕を押さえている。
どうやら服の上に刺さっていたと思っていた針が、数本、服を貫通してポメラの体に上手く刺さっていたようだ。
どんな効力のあるものかは知らないが、ポメラは目に見えて緩慢な動きになってくる。
俺は素早く己の剣を拾い上げ、膝をつくポメラに己の刃を向ける。
「…く…そ……」
ギリギリと歯を食いしばり、ポメラが俺を見上げる。どうやら動くのは難しいようだ。
「ポメラ、お前の身はセオドア・パラガーデンが拘束する。此度の狼藉はそちらの国への交渉材料として、我が国の重要なカードとなろう。………それと」
俺は近付いて拳でポメラを殴りつけた。本当は何度も殴ってやりたいところだが、一発だけ。
「カリンを何度も痛い目に合わせやがって。お前には然るべき措置が取られると思え。くそジジイ」
カリンに向かう俺の後ろで、ドサリ、とポメラの倒れる音が聞こえた。
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「…か…!殿下!セオドア殿下!」
カリンを俺の外套で包んでいると、遠くからリーリと騎兵がやってくる。ちょうど良いタイミングだ。
「リーリ、ここだ!ポメラもいる。連れ帰って色々と聴取せねばならん」
それともう一つ。
俺は床に転がっている鼻の曲がった男の首根っこを掴む。
「おい、お前もこれからめでたく牢屋行きだ。その前に姫に刺さった針の効力を言え。解毒が必要ならその方法も。いいか、隠し立てるなら容赦はしない」
男はすでに観念したのか、転がっている針を確認してニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。
「しませんよぅ。あぁ、姫さん、青い針を刺されちまったんですねぇ。えぇ、えぇ、死にゃしませんが、解毒にはコツがいりますねぇ。それは…」
俺はその内容を聞いて、再び天を仰ぐ事になった。




