戦う花嫁【カリン】
どうして、ここにテオがいるの?
私の頭に沢山の疑問が降ってくる。軍に携わる仕事と言っていたから、パラガーデンからテオの所属する隊に保護の依頼でもされたのだろうか。
色んな可能性をグルグル考えていたけれど、そんな事よりも、よく知る人が目の前にいる。その事が私の涙腺を緩くする。テオだ、テオだ…!
「そうだよ、カリン。迎えに来たぜ」
その言葉が私に与えた安心感で、気を失ってしまいそうなくらい力が抜けた。
ようやく戻りつつあった手首の感覚。私はそれを実感しながらテオの服をギュ、と掴む。
体はまだ大部分が痺れているし、太腿と胸元の傷も痛い。だけどもう大丈夫な気がした。
テオは心配そうな顔で覗き込んでいたが、私の無事を確認すると柔らかい表情を落とした。
唇がまだ震えて言葉が出ない。ありがとう、怖かった、と伝えたいのに。
言葉の代わりに涙がボロボロと流れる。テオは笑って「大丈夫だ」と言いながら涙を拭ってくれていて、その安心から涙が止まらない。
されるがまま、私は濃い茶色の優しい瞳と月明かりを見ていた。
その月明かりが不意にユラリと動いた。
テオの後ろに影。影に背を向けている彼はそれに気付いていない。
うしろ、に、だれか、いる。
そう伝えたかったが上手く唇が動いてくれない。私は感覚を取り戻しつつあった腕に、全身の力を込めてテオを引っ張った。
私がそこまで動くと思っていなかったのか、テオは私を抱えるようにして膝をつく。
必死に腕に力を入れて、ぐるり、と彼の背に乗るようにして体を被せると、右肩に鋭く熱い痛みが走る。
「…ッ!」
「ほう、荷物が動けるようになってきたか」
「カリン!」
テオがすぐに体勢を整えて、私を自分の後ろに庇う。
後から肩にズクズクとした痛みがやってくる。どうやら肩を斬られたようだ。
「だ…い…じょう…ぶ…」
どうにか動き始めた唇で、テオに伝えると、彼は持っていたハンカチですぐに傷口をきつく縛り、怪我の程度を確認する。深くは無いがしっかりと斬られたようで、縛られたハンカチにジワリと血が滲んだ。
そして私を斬り付けた相手を、激しい怒りを含んだ視線で見据えた。
斬りつけた刃の切先をこちらに向けている男は、フンと鼻を鳴らしてつまらなそうに告げる。
「これだから若造は礼儀がなってなくて困る。それは儂の荷物だ。返さんか」
「ふざけるな、お前のした事は重罪だ。王族の人間を攫って傷つけて…タダで済むと思うなよ」
「ま、バレれば罪になるかもしれんがな、証人が死んでりゃ罪にもならんだろうよ」
「…貴様」
「どちらにせよ、それを守りながら儂の相手が出来ると思うな、小僧め」
対峙する男は刃をこちらに向けている。刃先を時々揺らしながら、こちらの出方を伺っているようだ。
テオは私を背中側に隠し、自分の剣を鞘から抜いた。
「ほう、やるのか?短慮な王子だ。ま、有名な武人と直接やり合えるとは光栄だよ。残念ながら未来ある間抜けな王子はここで死んでしまうがな」
クッと笑い、男が切先の音を鳴らす。
テオの背中を見つめながら、私は周りを見回す。確かに私が後ろにいれば、テオが十分に剣を振る事は難しいだろう。しかし、十分に距離を取れるように、私が直ちに動く事もまた難しい。
どうすれば…。そう考えていると、後ろで呻き声が聞こえた。
視線をやると、私を攫った男がうずくまっていた。男はまだ動けないのか、首の辺りを押さえながら呻いている。
彼の服からは小刀や針やなどの暗器が見え、その幾つかは散乱していて、針は数本、私の足元にも転がっていた。
足は…はたして動くだろうか?私は二人にバレないように足首を動かした。数刻前までは力の入らなかった指が動いてくれる。これなら武器を手繰り寄せるのは出来るハズ。あとはどの位踏ん張れるか。
しかし考えている暇はない。テオが動くその瞬間、その時に私も動くしかないのだ。
足をそろりそろりと動かして、針を私の近くに寄せる。手の方はもうだいぶ動くようになっているので、私は何本かの針をまとめて持つ事が出来た。
私は二人の動きに全ての集中を向ける。
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「強くても賢くないのはいかん。すぐに死んでしまうからな」
そう言って男が刄を振り上げた瞬間、テオが私を後ろへ突き飛ばす。
鞘で相手の刃を受け、反対の手で剣を構える。
二人の間に激しい金属音が鳴り響く。
私は何とか踏ん張る事が出来て、そのままもつれる足で男の後ろに回り込み、二人のやり合いから逃げるフリをする。
握りしめている数本の針をもう一度固く握って、男の背後から思いきり突き刺した。のに、
「きゃあ!!!」
後ろを一つも見ていないはずの男は、私が近寄るとすぐにこちらを振り向き、私を背中から締め上げる。
針は数本男の腕に刺さっているが、男はものともしないようだ。
「カリン!」
「言っただろう?これを守りながら儂の相手は無理だ、と」
男は鼻をフンと鳴らし、自分に刺さっている針を抜き取る。そして、その内の一本を私に突き刺した。チクリ、と針が刺さって小さな痛みが首にはしる。
「…ッ!!」
「カリン!」
「もう一度寝ておれ。その間にあの若造を躾といてやるわ。ま、死んでしまうかもしれんがな」
「……駄目!…そんな事…しないで…!ちゃんと着いて行くから…テオを傷つけないで!」
テオに目をやると、私がいるせいで動けずにいるのが分かる。
「お願い…!言うことを…聞く…から……テオに……乱暴な事…し…な……」
再び痺れが戻ってきてしまう。また同じ薬なのだろうか。悔しくて涙が溢れる。
「美しい自己犠牲の心か。そんなもの、戦いの中では傲慢な自己満足よ。おっと、若造、動くなよ。動けばこの娘は寝るより先に死ぬ事になる」
どんどん力が抜けていき、立っているのが難しくなる。体がグラリと揺れると、男は私の髪を鷲掴んで無理やり立たせようとする。
「カリン!」
先ほど盛られた薬と違い、目の前が暗くなってきた。テオが私の名を呼んでいるが、その声は靄がかかったみたいに遠い。男に引っ張られている髪の痛みも曖昧だ。
どんどん意識が混濁していき、私の世界は真っ暗になった。




