ここだよ、ここ!【カリン】
どうやら血は止まっているらしい。
太腿はズキズキと痛むが、どう頑張っても体を動かす事が出来ない。
麻袋ごと担いでどこかへ運ばれた私は、ドサリ、と硬い床に下ろされた。
声も微かに呻く程度にしか出せない。
「旦那ぁ、お待ちの商品ですよぉ」
布越しに私を攫った男の声がする。どうやら依頼主に私を引き渡すようだ。
ゴソゴソと麻袋の口が開けられ、依頼主と思しき人物が私を見ているが、逆光とベールのせいでその顔が見えない。
胸ぐらをグイッと乱暴に引っ張られ、薄い寝着が開ける。
「おやおや…これはお盛んな猿だ。儂が手をつける前に傷物とは。所詮はあの若造も男か」
クックッと喉を鳴らしながら笑う男の声に、力の入らない体で身構える。
「…ん?僅かに力を入れておるな。安心しろ、儂はお前自体には興味はない」
そう言いつつ、男は寝着の隙間から私の胸を鷲掴む。
「…ッ!!」
体は痺れているが痛覚は残っていて、乱暴に触られた胸が痛い。
「ま、さして興味は無いがな…お前を汚した時、あの若造がどんな顔をするのかは興味深い」
そう言って男が私の胸元を噛む。不意に与えられた勢いと痛みは強く、僅かに動いたせいで羽織っていたガウンが落ちた。
「…ウ……ウ…ゥ…!!!」
男は容赦なく力を入れて噛んでいて、肉を引きちぎられるような痛みがある。助けて、と叫んでいるつもりの声は小さな呻き声にしかならない。
男は口を離すと、噛んでいた部分をベロリと大きく舐めた。歯型からはうっすらと血が滲み、舐められた皮膚はテラテラと光っている。
気持ち悪い気持ち悪い!!!私はウーウー唸りながら訴えた。
「おお、おお、嬉しいか?そうかそうか。今は時間が無いからここまでだな。まぁ全部終わったら一度くらいは抱いてやろう。それまでいい子にしていなさい」
クッと笑い、男は再び麻袋の口を閉じた。
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大きく揺れる振動から、自分が荷馬車に積み込まれているのが分かった。外からと思しき音には活気があり、まだ市街地にいるのだという事も分かる。
このままどこへ連れて行かれるのか、皆目検討がつかない。
「…ん?ようやく伝令を聞いて帰ってきおったか。間抜けな王子が急いでおるわ。どれ、ちょっと声をかけてやろう」
横から私を噛んだ男の声がする。王子?セオドア様だとしたら大変な迷惑をかけてしまっている。考えてみれば初夜の次の日に花嫁が失踪しているのだ、大きな騒ぎになっていても不思議ではない。
「…うぅ……う……」
「うるさい荷物が」
何とか声を出そうとするも、麻袋の外から蹴られてしまう。私は痛みで呻く。
声の主はセオドア様に声を掛ける。何とか気付いてもらおうと動くも、やはり動きはとても微かで声も出せない。それでも何とか…と動いているうちに、再び麻袋ごと蹴られてしまう。
痛みはあるが焦りが勝つ。私はここです、気付いてくださいセオドア様…!そう思ってどうにか動こうとするが、無情にも彼は去ってしまった。再び荷台の帆が閉められ、麻袋越しにも暗くなったのが分かる。
それはまるで絶望を表す暗さだった。
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ゴトゴトと荷馬車に揺られる。随分と長い時間のような、それとも私が思うよりも短いのか、視界に制限があるせいで時間の感覚が分からない。途中、どこかに移動されたが、その時もまだ体の自由はきかなかった。
やがて外の喧騒は聞こえなくなり、静けさの中に馬の蹄の音と車体の軋む音だけになる。
荷馬車の動きが止まる。どこか静かな場所へ着いたようだ。
体は少しずつ動かせるようになってはいるが、この袋から出て逃げ出すにはまだ不十分だ。
しばらくすると、私を攫った男たちが何やら会話をしていて、途中で別の声が聞こえてくる。内容は薄らとしか聞こえないので、現れたその人物が敵が味方か分からない。
指先に力を入れると、パラパラと動かせるようになってきている。あと少し、味方なら気付いてもらわねばならない。
その時『ぐぅ』とお腹が鳴った。何という緊張感の無い腹だ。そういえば昨日から殆ど何も食べていない。静かな場所に、その音は良く響き、それに応えるように私に向かって声が掛けられる。
「カリン、迎えに来た。すぐ片付けるから待っていてくれ」
確かにカリンと言った!私の事を知っている誰かが来たのだ。
すぐ後、男たちの声が激しくなり、何やらドサドサと激しく動く音もする。
足音がゆっくり近付き、麻袋の口が開けられた。私の感覚は膝あたりまで戻っている。誰が麻袋を開けているのか分からないが、万が一には相手に抵抗せねばならない。
ベールをフワリと解かれて、その相手を警戒する。
月の光が仄かに届く薄暗い森の中で、私は梟亭で会っていたよく知る人の顔を見つける。
「……テ……オ…?」
月明かりの下で濃い茶色の優しい瞳が、私を見つめて安堵の表情を浮かべていた。




