駿馬よ駆けろ【セオドア】
昼に連絡を受けてから、殆ど休息を取らずに自国へと馬を走らせる。
馬も少しは休ませねばならないが……分かっていても気が急く。
「リーリ!大丈夫か!」
後続の先頭を引っ張るリーリに訊くと、腕を上げてまだいける、と示してくれる。リーリにも後続の隊にも馬にも申し訳ないと思いつつ、俺は速度を落とさずに手綱を握った。
昼に連絡を受けてから、最低限の休憩を挟んでもパラガーデンに着くのは夕方を過ぎるだろう。
出来るだけ日が高い内に着きたい。少しでも早く。
「……カリン」
俺は風に乗せて彼女の名を呟いた。
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「セオドア様、隊商一行です。少し速度を」
ようやく市街地に入った所で、大通りを賑やかに闊歩する一団がいる。思っていたよりも早めに着いたものの、それでも随分と太陽は傾いていた。
ちょうど各国へ帰還する団体が連れ立って城を出て行くところのようだ。
その一団だけでなく、皮肉にも王子の結婚で街は賑わっていて、出店や商店が軒を連ねている。
リーリの声を受けて、俺は安全のため馬を常歩に戻した。一刻も早く城へ行きたいが、隊商一行目当てに沢山の市民がいる中、騎馬隊で彼らの中を駆け抜ける訳にはいかない。
「おやおや、新婚の王子がどうしてこんな所へ?」
わざとらしい咳払いをしてから、甲高い男の声が聞こえる。振り向くと、ゴテゴテとした装飾品に身を纏い、布地の少ない服を着た女達を侍らせた、ザッカーリ軍総指揮のポメラ伯爵がいた。
「…ポメラ卿…」
何となく今は会いたくないタイプの人間に声を掛けられ、俺は内心で舌打ちをする。
「新妻を置いて視察とは奇特な。いけませんな、あのように可憐な奥方を放っておくとは」
「…どんな時でも自分はいつもと同じ過ごし方をしておきませんと、悪い虫が蔓延ってはいけませんから。それに、自分は我が妃を放ってなどおりません。そちらのようにベッタリ一緒にいる事が愛情表現とは限らないでしょう?ポメラ卿も道中気をつけてご帰還ください。…急ぎますので、失礼」
やや険のあるもの言いになってしまったが、あまり構ってもいられない。俺は軽く礼をしてその場を去ろうとする。
「これは無粋でしたな。いやはや、近頃の若者の考えは老躯には解りかねますなぁ。…ああそうだ、セオドア王子、城に戻られるのなら儂の行商が良い品々を持っておりますから、妃に土産でも一つ如何かな?」
婚儀の時にあれほど俺を睨みつけていたポメラは、やけに饒舌にこちらに絡んでくる。
相手にするのは面倒だが、あまり無碍にも出来ない。まさか嫁いだばかりの姫が居なくなったと言う訳にもいかず、俺は濁った返事をする。
「いえ…そうですね、まぁ贈り物はこれから沢山…」
「いけませんなぁ、いくら政略結婚とはいえ、あまり放置していると、どこぞの好色漢に掻っ攫われますよ」
「政略結婚…では…」
ない、とは言えない。周りから見れば婚姻を結んでからすぐに結婚しているのだ。政略結婚に映るのは仕方ない事だろう。
「旦那ぁ、そろそろ」
荷物を積んだ馬車の中から、鼻の曲がった男がポメラに声を掛ける。行商人だろうか。
男はこちらに一瞥をくれると、ポメラに何やら耳打ちをする。それに頷き、何か用意してやってくれ、とポメラが男に言っているようだ。
「荷物がねぇ、痛むといけねぇですからねぇ。…そこの高貴な御方のお眼鏡にかなう商品ありますかねぇ」
男の後ろに見える、大小様々な木箱と大量の麻袋。何の気なしにそちらに目をやると、鼻の曲がった男は下卑た笑いを作る。
「これは家畜用の餌でさぁ。王族様のお口に合うようなモンはありませんねぇ」
男がそう言った時、僅かに麻袋が動いた気がして、反射的に目をやる。
「おっと、中の芋が転がったんですかねぇ」
そう言って男は乱暴に麻袋を蹴って整える。
「…そうか。……あ、そうだな、そのショール…あ、ガウン…かな、を頂こうか。朝晩は冷えるし、色も妃に似合いそうだ」
早く話を終わらせて城に戻りたい。適当に買い物すれば切り上げられるだろう。
「……………これは…売り物ではないんですが…まぁいいですねぇ、お売りしましょう。何たって俺は一流の商人ですから、売れねぇモンはないですからねぇ」
「そうか、では包んでくれ。貴公も道中気をつけて帰路につかれよ。失礼する」
半ば強引にやり取りを終わらせ、俺は城へ向かった。
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城に戻ると、自室の前が物々しい雰囲気に包まれていた。
扉の前に立つ衛兵の一人に声をかけると、室内はそのまま触らずにいるという。
乱暴に扉を開けると、サイドテーブルに置かれていた水差しやグラスが故意に壁に叩きつけられているのが分かる。相手を攻撃する目的がなければ、十中八九、ガラスの砕ける音で人を呼ぶのが目的だろう。
絨毯の下には溢れた液体が染みていた。
「セオドア殿下」
「リーリ、妃の侍女に話を聞きたい。都合はつくか?」
「パ…キャティ妃付きの侍女は大変取り乱しており、今やっと休んだところです。本人も少量ながら何か盛られたようなので、大事をとってそのまま休ませております。分かる範囲ですが…妃のご様子はいつもと変わらず、ちょうど軽食を取りに行っている間の出来事だったそうで」
「…薬を盛られただと?誰に?」
「それが、軽食の用意をしていると、後ろから水を勧められた、と。てっきりパラガーデンの料理場で働く人間が気を遣ってくれたと思い、口に含んだそうですね。その後うたた寝をしてしまい、大きな音が聞こえ慌てて戻ると、このような事に。うたた寝も時間にすれば短かったみたいですが…」
「顔は見たのか?」
「それがバタバタしていてあまり見ていなかったと。侍女も妃と一緒に入国していますから、慣れない場所で色々と気を張っていたのでしょう」
「…そうか」
リーリの報告を聞きながら部屋を見渡すと、ドレッサーの前の絨毯に、赤茶色の染みがある。俺はハンカチを取り出し、その染みを叩く。絨毯から布へ色が移り、液体がまだ時間が経っていない事を示していた。
「…血か」
誰の血か分からないが、少ない量ではない。ここで何かがあったのは明白だ。
「怪しい者は?この城への出入りはどうなっていた?」
俺は血のついた布を包んでトラウザーズにしまいながら衛兵に訊く。
「はい、婚儀の為、たくさんの貴賓が城にはおりました。みな、厳しい検問を通ってから入城しております。また、昨晩からは順次帰国、帰還する者もおりますが、特に怪しい動きをしていた人物はおりません」
「城内に誰か残っている可能性は?」
「先ほど最後の来賓の一団が退城されましたので、全軍あげて城内を探索しましたが…」
そう言って衛兵は首を振る。つまり城にはもう犯人もカリンも居ないという事だ。
考えたくはないが、手負いの状態で連れ去られた線が一番濃厚な気がする。問題は誰に?怪我の程度も非常に気になる。
「セオドア殿下、酷い顔色です。少し休まれてはどうですか?」
リーリが心配そうに声を掛けてくれる。
「…そうだな。お前も隊員達も皆休息を取ってくれ。馬達にもしっかり栄養をやって欲しい。みな無理をさせて悪かった。俺も…少し休む」
俺はそう言って自分の執務室へと移動する。もちろん気は少しも休まらないが、何の手掛かりもない以上、いたずらに自軍を動かす訳にはいかない。
執務室の椅子に座ったまま、俺の頭は目まぐるしく動いていた。
どこに行った。誰が連れて行った。最初から何もかものボタンが掛け違えていて、どこから考えを整理すればいいか。
ふと、先ほどの行商から買い上げた包み紙が目に入り、俺はそれを解いて中のガウンを手に取る。贈るつもりは無かったが…昨日の寝着のままだと寒かろうな、そう思いながら俺はガウンをたたむ。
コロン、とガウンのポケットから石ころのような物が転がり落ちた。
「何が一流の商人だよ。検品出来てねぇじゃ…」
そう言って拾ったソレを見て、俺は大声で衛兵を呼ぶ。
「殿下、お呼びですか!?」
「おい、退城の時、荷物の確認はしているか?」
「いいえ、退城は帰られるだけですので、特に詳しい検問は…」
「最後に城を出たのは誰だ!?」
「はい、ザッカーリ国のポメラ伯爵と、そのお抱えの隊商一行です」
「……あの、くそジジイ」
俺はすぐに服を整えてリーリに声を掛ける。
「リーリ!姫の居場所が分かった!俺は直ぐに出る。グリフィルム国王に伝えておいてくれ。彼女はポメラといる!」
俺はガウンから転がった指輪を握り、厩舎へと走った。




