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酒場姫の秘め事  作者: あまがえる


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14/20

お手本のような曲者【カリン】

「…あなた、誰?」


 分厚いベールが煩わしい。相手の動向が分からない。


「名前を聞いてどうするんだい?」


「名も名乗らない相手に、丁寧な対応をするつもりはありません。もう一度訊くわ。あなた、どなた?」


「意味がない事に答える義理は無いねぇ」


「…あなた、この国の者ではないわね?何かお話があるなら聞きます。ともかく、出て行ってください」


「おや、お嬢さんは耳がいいねぇ。訛りで俺がこの国(パラガーデン)の人間じゃないと分かるのかい?さすが大国に嫁いでくるお姫様は教養がおありで」


 見えないはずの顔が、ニヤニヤしているのが何故か分かる。どんな質問にも答える気はないようだ。


「……私はあなたの顔を見ておりません。これ以上のやり取りは無意味だわ。大事になる前に、立ち去りなさい。これは最後の警告よ」


 語気を強めて男に告げる。ベールで相手の顔は見えないまま。


「立ち去るさ、あんたを連れて、な」


 狭い視界から見える相手の靴先が、僅かにこちらへ寄る。私は体に力を入れて警戒を強める。


「残念だけど、侍女がすぐに戻ってくるわよ。そうすれば貴方は捕えられるでしょう。早く出て行って」


()()()()()()()()()()()()、な」


 男の言葉にヒヤリと背筋が凍る。


「パトリーに何をしたの?!」


「おぉ、勘もいいのか。賢い姫さんだな」


「パトリーに何かしたら許さないわよ!」


 先ほど微笑みながら部屋を出たパトリーを思い出す。その瞬間に恐怖よりも怒りが勝った。


「おぉ恐い恐い。安心しな、あの黒髪の姉ちゃんには何もしてない。ちょっと眠ってもらってるだけだ」


「…何てこと!すぐ助けに行かなくちゃ…」


 居ても立っても居られず、私は扉へと急ぐ。すると後ろから羽交締めのように男に拘束されてしまった。


「離して!大声を出すわよ!すぐに衛兵が来るわ!」


 叫んだ瞬間、チクリ、と首筋に痛みが走る。男はベール越しに私の口を押さえ、耳元でこう言った。


「しー、静かに。まぁすぐ動けなくなるだろうけどねぇ」


 男が言い終わらない内に、唇が震える。指先にも痺れるような感覚があって、それがどんどん体の中心に向かってくる。壁に手をついて立っているのがやっとだ。


「……な…に…した…の…?……どく…?」


「そんな物騒なモン、大事な()()に使わないねぇ。俺は一流の商人だからな」


 どうやら何かを塗った針を刺されたようで、声を絞ろうとしても、体が痺れて上手く動かせない。

 私は力一杯男を睨む。


「ただ、多少ここで何かあった事にはしとかなきゃいけねぇからな。ちょっと我慢してくれよ」


 そう言って、どこからか出した小刀で私の寝着を割く。その際に私の太ももが切れてしまったようで、鋭い痛みが走った。深くはないが、押さえても血が滲む程度には深い。


「…ッ!」


 声を出さないが、呻くような音は喉から出るようだ。


「おお、すまねぇすまねぇ。ちょっと傷がついちまったな。まぁ、あの御方はお嬢さんが生きてさえいれば傷の有無は問わない、とおっしゃってたから、多少の誤差で勘弁してもらうとしよう」


 一つも悪びれずそう言うと、私の傷口を広げるように、小刀の柄の部分をグッと押し当てる。


「ッ!!ーーーッ!!!!」


 傷口を故意に押さえられ、私は堪らず呻く。本当は声を出したいが、それも叶わない。

 生暖かいものが太ももを伝って流れ落ちるのが分かる。


「痛いねぇ。声も出ないねぇ」


 私の足を伝っているであろう血を、先ほど引き裂いた布でゴシゴシと擦る。


「ッンーーー!!!ーーー!!!」


 痛い。だけど男の力には容赦がない。


「……こんな、もんかな。あとは黒髪の姉ちゃんが戻ってくれば、ちょうどいい時間になりそうだ」


 そう言うと、男は私に頭から麻のような袋を被せ、その口をぎゅっと縛る。

 まるで抵抗出来ない私は、なされるがままだ。


「動けないと思うけどよ、動くんじゃないよぉ」


 そう言って男はサイドテーブルに置いていたグラスを思い切り壁に叩きつけた。


--------


 しばらくすると、私の周りが騒がしくなってきた。


「お嬢様!!!!何て事…!!」


 悲鳴のような声で叫んでいるのはパトリーだ。私は麻袋に入ってすぐ近くにいるというのに、体は動かせず、声も出せない。


「わ…私が…軽食を取りに行って、その時に厨房でお水を一口頂いたんです。その後…少しうたた寝してしまったみたいで…。なんて事でしょう…私がすぐに戻っていれば…!」


 普段聞くことのない憔悴した声のパトリーに気付いて欲しくてモゾモゾするが、外から袋を蹴られた。

 動くだけで太ももの傷はズキズキと痛むが、誰かに気付いて貰わねばならない。


「大きなガラスの音がして…。鍵がかかっておりました。…いえ、いえ!…私が…私が……ちゃんとしていれば…!!」


 パトリーの声に涙が混ざる。違うよ、私が確認もせずに開けてしまったの、そう言いたいのに声が出ない。


 すると、先ほどの男の声が横から聞こえた。


「セオドア殿下からの贈り物を妃殿下にいくつか持ってきたのですが、扉を叩いても返事がなく…。ええ、ええ、扉を開ける訳にもいかず、待っておりましたらガラスの音が。そこの侍女さんと一緒に部屋に入りましたら、このような状態で…」


 図々しい嘘吐きだ。私は抵抗するために動いてみるが、微かにしか動かせず、すぐに外から蹴られてしまう。


「このような状況ではとても商売できませんから、今日は引かせていただきます。そこのお嬢さんも気を確かに」


「ありがとうございます。お嬢様に何かあったら…私…私…」


「また行商の途中で()()見かけましたら、すぐ連絡しますねぇ。…では私達はこれで。また、ご縁がありましたらよろしくお願いしますねぇ」


 よいしょ、と私の入った袋を担ぐ。どうやら私ごとどこかへ移動するようだ。


「お嬢様…お嬢様……!!!」



 パトリーと衛兵の声がどんどん遠くなってしまう事に、私は絶望を覚えた。

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