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酒場姫の秘め事  作者: あまがえる


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13/20

It's 神技【カリン】

 頭が重い。鉛を頭に流し込まれているみたいだ。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


 聞き慣れたパトリーの声が微かに聞こえる。その声でさえ、私の頭をコツコツと叩き、不快な痛みを揺り起こす。

 何か大切な事をしなくちゃいけなかった気が…。


「あー!!!大変!!…ッ!いたたたた…」


 急に起き上がると、頭痛は更に酷くなり、胃の辺りもムカムカと気持ち悪い。


「カリン様、急に動かれるからですよ。随分と深酒なさったみたいですね。さぁ、薄めた果実水です。ゆっくり飲んでください」


 パトリーが冷えたグラスを差し出してくれる。


「いたた…。私…なんで…?」


 僅かに甘みのある水を口に含み、ゆっくり呼吸する。清々しい果実水は疲れた体によく染みた。

 一息ついてから部屋を見渡してもパトリーしかおらず、セオドア様も見当たらない。


「推測ですけど、ここに空のグラスと、水の入ったグラスが置いてありますから…」


「やだ、間違えてお酒の方を飲んじゃったのね…」


 失態である。窓から差し込む光の強さで、もう随分と日が高い事が分かった。


「すぐに軽食もお持ちしますね。お身体は大丈夫ですか?」


「身体?うーん、そうね、頭が痛いくらいかしら。お酒って凄いのね、記憶も飛び飛びになるし、恐ろしい飲み物だわ」


 頭をさすりながら言うと、パトリーが何だか躊躇いながら私に訊く。


「えーと、お嬢様?昨日は…色々と遂行できたのでしょうか?…出来たっぽいですけれど、大丈夫でしたか?」


 はて、昨日?


「あ!そうだったわね!例の"酔いつぶせ大作戦"ね!」


 そうだった。こっそり用意したお酒を、自分が間違えて飲んでしまったが、本来はセオドア様を酔い潰して既成事実っぽい事をする予定だったのだ。


「…ご覧の通り、私が潰れちゃったわ。大失敗ね。しかも今セオドア様がいらっしゃらないんですもの、不興を買ってしまったかもしれないわ…。だけど、おそろしい事に何も覚えてないの」


 そうだとしたら最悪だ。何も覚えていない上に、弁明の余地も頂けないという事になる。


「…お嬢様のお体を見る限り、そのような事はないと思いますけれどね」


 パトリーが私にガウンを掛けて、物言いたげな視線を寄越す。はて?私の体がどうしたというのか。


「何もなかったわよ?というより、セオドア様のお顔も拝見出来なかったの。一緒にベッドに寝たような気はするんだけど…。お声は聞いたわよ。思っていたより若々しくて。でも言い訳する時間を頂けなかったらどうしましょう」


「………そう、でございますか。内容はともかく、同衾は成されたような」


「それが本当にボンヤリしか覚えてないのよね。それに、噂では初夜は相当に痛いものだと聞いたのに、私どこも痛くないわ。何なら心地よく寝た気がするもの。あ、お酒の頭痛は別だけど」


 薄い記憶で、確かにセオドア様は横にいた気がする。触れていただいた気もするが、現実か夢か良く分からない。


「何だか添い寝のような事をされた気がするんだけどなぁ…」


「添い寝でそのような状態にはならないかと」


 先ほどからパトリーが私を見ながら含んだ物言いをする。


「やっぱり初夜を越すと(はた)から見ても何か変わるのかしら?纏う空気感とか?」


「……そうですね、激しい情交の花がお嬢様の首まわりに…」


 パトリーが話し始めた時、私は手に違和感を感じて見つめる。

 親指にサイズの大きい指輪が嵌めらていた。


「……これ…」


 よく見ると、透き通って濃い茶色の宝石(いし)と、鷲の紋章。鷲はパラガーデンの象徴(シンボル)だ。


 間違いない、これはセオドア様の物。


「カリン様、いいですか。いくら新婚とはいえ、そのように他人から見える位置にベタベタと所有の印をつけまくる独占欲強めの男は…」


「パトリー大変!私、どうやら初夜でセオドア様の指輪を盗んでしまったみたい…」


 これは一発アウトの失態ではなかろうか。何も覚えておらず相手の指輪を盗むとは、それこそ弁明の余地もない。


「どうしましょう…。セオドア様はしばらくお帰りにならないのよね?」


「本来は今日から国境の警備と軍の指揮を執りに出立される予定でしたが、火急の用が入ったとかで早朝に発たれましたよ。お戻りの日程は決まっていないと、側近の従者が言っていましたね」


 いよいよ困った。お手紙でも書くべきか。

 万が一、全てが元に戻ってキャティお姉様がセオドア様と結ばれた時に、円滑にいくようにしておかねばならない。 


 ぐぅ


 色々と考えているとお腹が鳴る。パトリーは微笑みながら「軽食お持ちしますね」と部屋を出た。


「ともかく腹ごしらえしなくちゃね。腹が減っては何とやら、だもの。あー…梟亭がもう恋しいわ」


 私は指輪を手のひらで転がしながら呟いた。


--------


 パトリーが部屋を去ってすぐ、扉がノックされる。


「パトリー?」


 返事がない。もしかしたら城の侍女かもしれない。私は慌てて分厚いベールを装着する。指輪は目立ってはいけないと、ガウンのポケットに入れた。


「はい、どなたでしょう?」


 服を整え声を掛けるが、返事がない。


 ベールのせいで自分の足先くらいしか見えない視界を頼りに、私は扉の前へ行く。

 扉を少し開けると、誰かの靴先が見える。靴の先っちょだけしか見えず、男性か女性かも分からない。


「……あの?」


「キャティ妃、ですね?」


 男性だ。


「……え、ええ。どなたでしょうか?セオドア様のお付きの方?」


「そうです。中に入っても?」


 ここまでやり取りして、訝しむ。さすがに新婚の私室、ましてや花嫁だけの部屋に男を招き入れる訳にはいかない。この従者も少し非常識ではなかろうか。


「わ、わたくしが応接室へ参りますわ。すぐに用意するからお待ちになっ…」


 そこまで喋ると肩に衝撃があり、私が部屋に押し戻される形で男を招き入れた状態になった。

 男に肩を強く押されたのだ。


「…ッ!何されるの?」


「………」


「……あの?」


 相変わらずベールで何も見えない。しかし顔を出すのは危ないような気がして、私は男に問いかける。


「お話なら別室で聞きます。誤解を招いては大変ですから、すぐに退室なさって」


「……わかりました。では」


 その言葉にほっとしたのも束の間。


「一緒に退室しましょうや、姫」


 聞き慣れない訛りで男が笑っているのが分かった。

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