没収試合【セオドア】
「ねむ…」
欠伸をかみ殺しながら馬に揺られていると、後ろから蹄の音と共に声がした。
「セオドア殿下、昨晩は…」
「………寝られる訳ねぇだろ」
並走するリーリを軽く睨みながら、ぶっきらぼうに返事をする。
寝不足と罪悪感で体調は最悪だ。
「カ……キャティ王女は、どうしていた?」
「随分とお疲れの様子だそうで。今日は部屋で朝食をとってから休んで頂く予定、とあちらの侍女が申していましたけど…殿下の方がご存じでは?」
「………おい、変な勘繰りすんなよ?」
「何も勘繰っておりませんよ。そうですね。…心残りを置いてすぐに城を空けなければならない新郎を、不憫に思う位でしょうか」
「勘繰ってんじゃねぇか。何もなかったよ、未遂な、未遂」
「未遂…という事は、何かしら起こりそうな展開はあった、という事では?」
「うるせ。行くぞ」
結局朝までカリンと同じ部屋にいたが、彼女はその後一度も覚醒する事なく、それはそれは気持ち良さそうに眠っていた。
起きたら酒が頭を割る事になるんだろうな…と考えながら、彼女の絹糸のような髪を梳く。
日が昇り、明るくなった部屋でカリンの胸元に散る紅い花に目が触れると、とてつもない罪悪感に襲われて死にそうになる。
無抵抗の女になんて事を。俺は昨晩の醜態を思い出して頭を抱えた。
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「…あっ…何か……あのっ……きもち…い……」
抵抗と快楽の狭間にいたカリンは、初めての感覚に戸惑いながらも、その全てを素直に受け入れようとしていた。
ゆっくり彼女の胎に指を滑らせたところで、彼女の顔を見つめる。
紅潮した頬で迫り上がる疼きを、何とか散らそうとしている様子に、堪らず何度目かの口付けを落とそうとした時。
「…テオ…ドア…さま…」
その言葉を聞いて、ようやく我に返る。
「…………は、何してんだ、俺」
気合いで頭の中にあった煩悩を引きちぎり、彼女から体を離す。鈍い動きで俺を捕まえようとするカリンの腕が空を掴む。
逃げようと思えば簡単に逃げられたのに、俺は彼女の心地よさを言い訳にして、自分から触れに行ったのだ。
「…ごめん、な」
俺が触れた全ての部分を素早く清めてから、彼女の寝着を元に戻す。終始されるがままになっていたカリンの首元を見て、再び情欲が疼いた気がしたが、気付かぬふりをして俺は静かにシーツをかけた。
部屋の横には簡易的な浴場があり、そこで水を浴びて頭と心を冷やす。まだ肌寒い花の月の気温が、俺の冷静さを取り戻すにはちょうど良かった。
それで収まるような類いの熱ではなかったが、俺は部屋に戻り乱暴にカウチに腰掛ける。
「はー…危ねぇ」
後ろに頭を倒し、色んな感情を抑えるために大きな息を吐く。
「危な…いとかじゃ…ねぇか。普通に駄目なやつだな、これは」
もう一度深呼吸をして、眉間を揉む。色んな事が昨日から起こり過ぎて、危うく判断を間違えるところだった。いや、多少は間違えた気がする。
とにかく、明日ちゃんと酒が抜けた状態で本人と話をしよう。その前に今日の行動もきちんと謝らねば。
立ち上がってベッドの側に行くと、カリンは相変わらずふにゃふにゃと笑いながら寝ている。
「…お前の無自覚なソレもちょっと悪いんだからな、分かってんのかよ」
頬をつつくと、相変わらずのんきにふにゃふにゃ笑うカリンを見て、寸でのところで止められた事に本当に安堵する。
「…なんでおねーさまのフリしてんだよ。普通に嫁いでくれば、また違ったのか…も…」
俺はその言葉の続きを上手く表す事が出来ず、カウチで少しも休まらない時間を過ごした。
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カリンが目覚めるまで待っているつもりだったが、早朝からリーリが部屋にやってきて、その声色に緊張を感じ取った俺は、すぐに部屋から出た。
カリンはまだ当分起きないだろう。
「どうした?何か、あった…な?」
「お休みの所、申し訳ありません。ザッカーリ軍に動きありとの早馬の知らせが来ました。あまり良くない方の動き方のようです」
「まー次から次へと…。何でこのタイミングなんだよ」
ザッカーリ軍といえば、ポメラも結婚式に来ていたはずだが…。
「ポメラ軍師はまだ我が国に滞在されていますから、大きな軍事ではないとの見方もできますが…。グリフィルム国王がこちらに来ている間に、領土を少しでも広げようという算段もあるかと」
「祝いの時に攻め入るか。相変わらずセコい事する国だな…。準備する、すぐ出るぞ」
御意と言ったまま、リーリはこちらをチラリと見ている。すぐに動かない彼を俺は訝しむ。
「どうした?他にも何かあんのか?」
「…いえ、花嫁に声を掛けずに行かれるのですか?」
「それは…」
正直、話をしてから行きたいところではある。が、彼女を無理やり起こすのは憚られる。
「……ちょっと待っててくれ」
俺は部屋に戻り、スヤスヤ眠るカリンの頭を撫でる。
「…帰ったら答え合わせしような、よく休めよ」
そう言って、いつも嵌めている指輪を外す。
指輪は自分の髪色に寄せて作られており、濃い茶色の石と鷲の紋章が入っていて、俺を俺だと証明出来る数少ない装飾品だ。
他に何も思いつかなかったので、せめてもの印に彼女に渡しておこう。何かしらのやり取りがあった事が、目覚めた時に分かってくれればいい。
しかし、指輪は彼女の指には大きすぎるようで、かろうじて抜けなさそうな親指にそれを嵌める。
名残惜しさを感じながら、もう一度、カリンの頬をつついて俺は部屋を後にした。
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国境近くで野営をしながら、ザッカーリ軍の動きを見る。
夜になっても顕著な動きがなかったため、長期戦に備えて仮拠点を高台に設けた。
「どっちかっていうと、動き始めを狙って牽制するのが一番いいんだけどな」
「そうですね。しかし、思っていたような動きがありませんね」
「国王不在、かつ警備が手薄になる日を狙うなら、今日だけどなぁ」
諍いは無い方がいいが…。野営の焚き火を見つめながらリーリと話していると、遠くから馬の走る音が微かに聞こえた。
「リーリ、何か来る」
彼は俺の言わんとする事を素早く理解し、火を消す。
蹄の音が大きくなり、それが後方から聞こえた事に背筋が冷える。挟み撃ちだとしたら、今の人数でどこまでやれるか。一瞬でいろんなパターンを考えなくてはならない。
しかし、よく聞くと蹄の音が一つしか聞こえず、単身で走るにしては、随分と速度を上げて馬を走らせている。
「……伝令か!」
直ぐに気付いて種火からもう一度火をあげる。
特殊な鉱石を砕いて粉にしたものを火に焚べると、火が一瞬発光した。ここに居る、という合図を送るのに良く使う手法だ。
光に気付いたのか、ザザッと木々の間から馬が現れ、その馬の鞍に鷲の紋章を見て、我が軍の使者だと分かる。
「セオドア殿下!」
よく知る騎馬隊員が息を切らしながら馬から下り、敬礼をしてこちらへ腰を折る。
「どうした?何があった?」
「城からです!パラガーデン城におられたキャティ王女が、何者かに攫われました!すぐ、お戻りを!!」
「攫われた…?」
「はい、寝室から大きな物音が聞こえ、侍女が部屋に入ろうとするも、内側からは鍵がかかっており、お声がけしても返事が無かったそうです。どうにかして開錠し、中に入るともぬけの殻だと」
報告を受けながら、色んな可能性を考えるが、思考がまとまらない。
もしかしてカリンが自ら抜け出した…か?そんな事を考えていると、隊員は言いづらそうに報告を続ける。
「…部屋には、血痕とキャティ妃の服の一部があったそうです。ともかく、すぐにお戻りを!」
隊員の言葉を最後まで聞かず、俺は馬に飛び乗った。




