8匹目:黒猫と女
リョウ
「なぁ、あの人何なんだろう?」
リョウはカウンターの隅で昴とヒソヒソ話していた。
時刻はただいま午後2時半。
この時間帯は、デザートがメインになっている。
アップルパイやショートケーキはもちろん、モンブラン、チーズケーキ、タルトまでありとあらゆる甘いものが、店の壁と外に置かれたボードに書かれている。
ちなみに、日毎にころころ変わるメニュー《本日のスイーツ》は木苺のムースだ。
昴
「一番端の席に座ってる女性のことですか?」
ちらりとカウンターから顔を除かせる昴。向かって右側奥の席に、一人の女性が座っていた。
リョウ
「そうそう。あの人かれこれ四時間近くいるぞ。開店した時からずーっとあそこに座って、何かするでもなく、特に何かを頼むわけでもなく、ただコーヒーばっかりおかわりしてる……。変だと思わないか?」
昴
「それはまぁ他の人とは少し違った人ですけど、一概に変とは……。ソウマさんのコーヒーのファンではないでしょうか?」
リョウ
「あー…………………そっか、それもあるなぁ」
リョウは納得した。
ソウマの煎れるコーヒーはとても香りがいい。リョウ曰く、ソウマのコーヒーは何度飲んでも飽きないらしい。
喫茶『黒猫』は、この辺りでも有名な店で
扱っているコーヒー豆の種類がとても豊富だ。それら一つ一つの入れ方も全て違う。
それを全てソウマは暗記している。
その日の気温、湿度、はたまたソウマの気分によって毎日微妙に味が変わる『黒猫』のコーヒーは、街一番と巷では有名だ。
だから時々居るのだ。
ずーーーっとコーヒーばかり飲む客が。
だから昴も、ナギサ達もそのときはあまり不思議に思わなかった。
ところが
その女性はずっとそこに居続けていた。
ただただ、コーヒーだけを注文して。
さすがに不思議に思ったソウマがついに動いたのは、もう客が一人もいなくなった閉店時間間際だった。
ソウマ
「あの、すみません。そろそろ閉店時間なんです」
申し訳なさそうにソウマが女性に頭を下げる。
するとその女性はハッとして
女性
「えっ……………えっ!?あっごめんなさい!もうこんな時間なんて気づかなくて!」
あわてて荷物を片づけ始める。
あわてたその女性はうっかりカバンの中身を床にばらまいてしまった。
紙やらポーチやらが床に広がる。
女性
「きゃあ!ごめんなさい!!」
ソウマ
「手伝いますよ」
カウンターの奥で片づけをしていた三人も手伝いにやってきた。
女性
「あの………本当にごめんなさい。忙しいのに、みなさんの邪魔をしてしまって………」
顔を赤くしながら一つ一つカバンに戻していく。
そんな中、床にばらまかれた紙の中から一枚の白い封筒をナギサが見つけた。
そこには『黒猫の皆々様へ』と書かれていた。
ナギサ
「ソウマさん、これ……」
女性
「あっ!」
ソウマ
「この字…………まさか……………」
四人に嫌な予感が走る。
ソウマが恐る恐る女性に尋ねた。
ソウマ
「あの、一つお聞きしたいんですが…………。もしかしてこの手紙、『嶺岸神社』の枯館様から預かりました?」
女性
「は………はい………。実はその…………ご相談したいことがありまして……」うつむいてそう答えると、四人が一斉にため息をついた。
(またあの人か……)
また厄介な《仕事》が舞い込んできたな、と思う『黒猫』の皆々様だった……。




