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【外伝】ティアンナ戦記〜ロード・トゥ・ザ・ウエディングベル〜  作者: wag


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29/30

2-9

・・・一体何が起こったのか、メアリーローズには分からなかった。


見えたのは、フロアの天井の、煌々と自分を照らすライト。

そして脚に広く感じる床の冷たさと、


・・・夢にまで見た男の体温。


『何が、起こっているの』


メアリーローズは自身の頬を濡らす涙にも、気がつかなかった。



ーーーーーーーー



競技最終日。

本日は『情熱』カテゴリのうち、アミーらの出場する『愛嬌の踊り』、そしてティアンナら、皇女らが出場する『跳躍の踊り』の本番である。



最終演目として多くの観客を集めた『跳躍の踊り』では、

ティアンナと皇女は同じ組でフロアを踏むこととなった。



コールに誘われ現れた皇女の姿に、皆が驚く。


多くの女性選手が足のかたちを隠す衣装で出場するなか、メアリーローズ第三皇女は短いドレスを身に纏い、堂々とその褐色の脚線美をさらけ出した。


「まぁ、皇女と在ろう方がはしたない」

「おいおい、強国の品性も落ちたもんだ」


そう口さがなく言う者もいた。

しかしメアリーローズは気にしない。


『私は私の、最高のダンスをするだけよ』



・・・母を超えて劇団の花形になることが夢だった。

母より大きなステージに立つのが夢だった。


そんな日を夢見て、アレハンドロと練習を繰り返した日々。

知り尽くした互いの癖。呼吸のリズム。

二人ならできると、信じていた。


だが追いかけた母はあっさりと、

ただの踊り子から強国の皇帝の妃へと成り上がった。


メアリーローズを「皇女」という名の道連れにして。



フロアから観客席を見渡す。


『来たのね』


昨夜、予定になかった隣国の皇帝夫妻の観戦が周知された。


貴賓席で自分たちを見下ろす新たな父、皇帝の隣には、メアリーローズの母リリーブライト・・・かつてカタリナと名乗った側妃が座っている。


母カタリナの成り上がりは、

アドリアナから名を奪い、

家族を奪い、

パートナーを奪い、

そして夢を奪った。


皇女となった今、メアリーローズに踊ることを期待する者は誰もいない。


淑女教育。

勉学。

社交。


急に始まった全く別の人生に、メアリーローズは毎夜枕を濡らした。


泣いて泣いて、アレハンドロと踊る夢を見た。


もはや身分が分かれてしまったパートナー。

自身の半分。夢の象徴。


そのアレハンドロが今、同じフロアで他の女と踊っている。

カタリナの見つめるフロアで。


その事実が、悔しさの記憶が、メアリーローズに火を付けた。



走り出す軽快なリズム。速いテンポ。鳴る手拍子。


メアリーローズは駆けだした。

手足を伸ばし、縮め、また伸ばして跳ねる。


蹴って、回って、飛ぶ。

パートナーのウィリアムと力強くフロアをけり、長い手足を目一杯伸ばして縦横無尽に走り躍動する。


メアリーローズは狂ったように笑った。

駆け巡るテンポに合わせ、さらに追い抜くように、

自身の心臓がもっと速く打つ。


『私はただ、踊りたいだけだったのに』


きっと今日が、アレハンドロと本当の意味での決別の日だ。


アドリアナは優勝して多少踊れる婿を手に入れ、

メアリーローズとしてそこそこの皇女になる。


アレハンドロはどうするだろう。

あの女のそばに侍るのだろうか。

あの女は、アレハンドロを満たしてくれるだろうか。


『寂しい、寂しいよ、アレハンドロ』


もはや狂気じみた激しいステップは、他のペアを圧倒する。パートナーのウィリアムですらかすんで見えるほどだ。


曲はさらに盛り上がりを見せ、メアリーローズの弾む息が華麗なターンを決める。


そしていっそう高い跳躍をした、


その直後。



ーー…ばつん



メアリーローズの右足首から、鈍い音が鳴った。


がくんと体重を受けきれなくなった右足から大きくバランスを崩し、身体がくずおれる。



「アドリアナ!!」



叫んだのは誰だったろうか。



『あぁ、頭を打つ』



そう予感して、メアリーローズの視界は暗転した。



ーーーーーーー


「皇女!!」


会場は騒然となった。


明らかに怪我であろう体勢の崩れと、その後の転倒。


抵抗もできず頭を強打するかと思われた瞬間、滑り込むように彼女の頭を抱え込む人の姿。


「…アレハンドロ…!」


今日も観客席にいたケイナは叫んだ。

同じフロア、ティアンナと並んで踊っていたアレハンドロが、皇女の危機にいち早く反応し、彼女の頭部を守ったのだ。


競技ダンスのルールは「曲が止むまでダンスを止めない」ことだ。現に周りのペアは心配そうに彼らにぶつからないようにしながらも、踊り続けている。


ただ、パートナーをそれぞれ失ったウィリアムとティアンナは、皇女とアレハンドロを挟むかたちで立ち止まり相対していた。


「アドリアナ!!」


叫んだのはアレハンドロだけではなかった。

階上の貴賓席で、リリーブライト側妃が柵から飛び出さんばかりに身を乗り出し、皇帝に止められている。


フロアにはすぐさま白い担架が運ばれ、怪我をしたメアリーローズが運ばれていく。



異様な雰囲気を残したまま『跳躍の踊り』はその幕を閉じた。



ーーーーーーー


白い天井。意識が浮上した瞬間痛む右足。


メアリーローズが次に目を覚ました時、そこはフロアではなかった。


「アドリアナ!」


その呼び声と共に顔をのぞき込むのは、


「ママ・・・

 じゃなかった、お母様。

 それに、お父様も」


顔色を蒼白にした母、リリーブライト側妃と、その夫皇帝であった。


『アレハンドロが、

 来てくれたような気がした』


どうやらあれは夢だったらしい。周りはここ数ヶ月で見慣れた皇室の使用人が囲んでおり、大会の練習に打ち込んだこの数週間ごと、夢だったような気にさせられる。


もっとも、足の痛みが大会が現実であったことを物語っているが。


「申し訳ありません、皇帝陛下、妃殿下。

 醜態をさらしました」


皇女らしくしおらしく頭を下げるメアリーローズを見て、皇帝夫妻は顔を見合わせる。

何やら頷き合った二人は、ややあって側妃が口を開く。


「・・・アドリアナ、ごめんなさい。

 あなたに無理をさせたわね」


「お母様・・・?」


「あなたのダンス、素晴らしかった。

 あの姿が本来のあなたなのよね。

 私の幸せに貴方を巻き込んだこと、

 心から後悔したわ」


皇帝も口を開く。


「誤解しないでくれ、

 リリーブライトは本当に君の幸福を願っていた。

 だが・・・私たちはやり方を間違えた」


大国の皇帝がまるでススキのように頭を垂れて、義理の娘となったばかりの少女に懺悔する。

「あなたたちにもう苦労させたくなかった。

 辛い旅に出なくてもいいように、したかった。

 …でも、全ての女の子がお姫様になりたいわけじゃ、

 ないわよね」


リリーブライトはメアリーローズの手を握る。


「あなたが慣れない皇女教育に苦労しているのも、

 私が一番知っていたはずなのにね。

 私はこの人のためなら、何があっても耐えられるけれど」


そっと目をやったのは隣にいる皇帝。

意外にも、二人は純粋な恋愛結婚であるようだった。


「あなたは私とは違う。

 ・・・踊りたかったのよね、アドリアナ」


母の言葉に、メアリーローズ…アドリアナの唇が震える。

喉も引き攣れたように震え、言葉にならない。

息を整え、メアリーローズは無理に笑う。


「うん、踊りたかったの。

 分かってくれたのは、嬉しい。


 でもママに幸せになって欲しかったのも、本当。

 だから私、これでおしまいにする。

 足ももう使い物にならなさそうだしね。

 

 思い切りやって吹っ切れたわ。

 これからはちゃんとした皇女になる」


そして皇帝のほうを向き、


「お父様、無理を言ってごめんなさい。

 婿の話も忘れてくださいな。

 ちょっと怪我して不格好かもしれないけど、

 ちゃんと頑張るから」


と頭を下げた。


「・・・倒れ込もうとするあなたを助けたのは、

 アレハンドロよ」


唐突にリリーブライトが告げる。


そうか、やはり夢ではなかったか。


「じゃあ、アレハンドロの演舞は・・・」


「途中で止まったわ。失格よ」


「そんな・・・!」


メアリーローズは取り乱す。


「どうしよう、私、アレハンドロに謝らないと!

 せっかくいいパートナーが見つかったのよ!

 私のせいで・・・」


両親は顔を見合わせ、ドアに向かって「入りなさい」と告げた。

入ってきたのはアレハンドロだ。


扉に入った直後に跪き、皇帝からの次の言葉を待つ。


「メアリーローズの近くに」


「は」


言葉に従い傍に来たアレハンドロは、すっかり皇族に対する態度になっていて、近いようでとても遠い。


「まずは第三皇女を守ったこと、

 褒めて使わす」

「有り難き幸せ」


「・・・皇帝としての言葉はここまでだ。

 お前も畏まらずとも良い」

「それは・・・」


「儂らのことは気にするな。

 これまで通りの言葉でメアリーローズと話せばよい」


「は・・・」


困惑しきりのまま、アレハンドロはメアリーローズを見る。

メアリーローズはその視線に身を竦めた。


『謝らなきゃ』


そう思うものの、脳裏にあの『輪の踊り』が掠めて素直な言葉が出てこない。


「・・・良かったの? 

 ティアンナさん放り出して」


視線を外し、出てきた自分の言葉のぶっきらぼう加減に呆れる。


アレハンドロはひとつため息をつき、


「・・・彼女には全てお見通しだったさ」


とだけ告げた。


「お見通し・・・?」


「ああ。

 『闘牛』の時点でアドリアナに何かあったことも、

 それを見た俺が心ここに在らずになったことも。

 ・・・俺の心が、ずっとどこにあったのかも。


 ティアンナ嬢はすべてお見通しだったよ」


「アレハンドロの、心」



アレハンドロはふ、と笑い、


「きっとこんな風に話せるのは最後だから、

 せっかくだし伝えておく。


 ・・・俺はお前をずっと愛していた。

 一生一緒に踊ると思ってた。

 

 今回大会に出たのは、

 俺なりの当てつけだ。

 

 お前が皇女になって忘れた男は、

 こんなに踊れる男だったんだぞって、

 見せつけたかったんだよ。


 でも駄目だった。

 お前の足首から鈍い音がした瞬間から、

 ダンスなんて吹き飛んでしまった」


「愛・・・」



思わぬ言葉、とは思わなかった。

アレハンドロとアドリアナ、

二人の間にずっとあったもの。


踊り繋いだ手に、組んだホールドの中に、何も言わず芽生えて巡っていたもの。


二人の手が離れ、行き場を無くして流れ出したそれが、言葉になっただけ。



「私も・・・アレハンドロを愛しているわ」


だからこそ、アドリアナは自然にそう言えた。


「ティアンナ嬢と踊るあなたを、

 とても平常心では見ていられなかった。

 馬鹿ね、嫉妬してムキになって、

 しまいには怪我してあなたに迷惑かけて」


アドリアナは笑い、アレハンドロの手を取った。


「ありがとう、助けてくれて」


そしてそのまま、別れの言葉を告げる。


「私、あなたの幸せを心から願ってる」



自分は皇女になった。

アレハンドロを望んではいけない立場に、なった。

美しく賢いアレハンドロを縛ってはいけない。


きっとアレハンドロは、大会が終わればこの国に残るだろう。

長年の勘がそう言っている。


だからこそ、美しく終わらなければならなかった。

握った手を自らの額に当て、メアリーローズは祈る。


「元気で」


「ああ、元気で」


久しぶりに繋がった手を巡り、喜んでいる二人の愛。

離しがたい手を、引き剥がすように指一本ずつ離そうと、した。



「・・・待ちなさい」


皇帝の声だった。


「アレハンドロ、君は今後どうするつもりだ」


「私はこれからも踊ります。

 できればこの国にこのまま残ろうかと」


「ふむ」


皇帝は考える。


「・・・私の可愛い第三皇女は、

 『踊れる婿が欲しい』と言った。

 だが皇女と並び立って踊れる男などそういない。


 ・・・成人と共に、

 メアリーローズには男爵位を授ける。

 男爵ならば、貴賤結婚も不思議ではあるまい」


メアリーローズとアレハンドロは顔を見合わせる。

皇帝はなおも続ける。


「踊る場所は我が国でも良かろうが・・・

 どうやら、メアリーローズはまだ療養が必要だ。

 長旅での帰国には耐えられまい。

 どうだ、皇女教育も兼ねて留学・・・というのは」


「皇帝陛下、お、お言葉ですが」


「どうした、アレハンドロ」


「それはいささか、僕らに都合が良すぎるのでは?」


皇帝は大きく口をあけて短く笑い、


「それでいいと言っておる。

 これからこちらの国の王族によく頼む必要があるが」


そしてリリーブライトの手を取り、


「儂らは恋に落ちた。

 どんなことになっても一生を共にすると誓ったが、

 それは儂らの話で、子らの人生には関係がない。

 儂は自らの影響力を今一度省みる必要があるな。

 気付かせてくれたこと、感謝する」


と、アレハンドロに頭を下げた。

 

「しかし可愛いメアリーローズを頼むのだ。

 この国には何か土産を用意せんとな。

 ・・・あぁ、そうだ。

 あの男ら、公爵家と侯爵家の嫡男。

 それをお返しするか」


「あぁ、それは私のパートナーが喜びます」


「ティアンナ・オーブリーか。

 想像していたより骨のある女人であったな。

 彼女にも一度謝りたいものだ」


「謝る?なぜ皇帝が?」


「実はな、ウィリアム・マクライネンを焚きつけるのに、

 彼女の名を使わせてもらった。

 ちょっと遠方の縁談を匂わせてな。 

 あの男が必死になって踊ったのは彼女のためだよ」


「なんて酷いことを」


リリーブライト妃がたしなめる。


「すまない、

 あの時はメアリーローズを何とか丸め込もうとしたんだ。

 メアリーローズを大会で良い位置に導けなければ、

 ティアンナ嬢に縁談を用意すると」


「ウィリアムにそんなことを?!」


叫んだのはメアリーローズである。


「だから変に切羽詰まった顔をしてたのね」


その場の大人が皆揃って静かにため息をついた。


「お父様。

 それはウィリアムにもティアンナ嬢にも謝罪すべきですわ。

 そもそも我が儘を言った私が悪いのだけれど」


「そうですわね。

 私も一緒に謝ります」


「あぁ、それでは正式に国のほうに申し入れよう。

 メアリーローズの療養と留学の件、

 そして謝罪の場も設けてもらえないか」


皇帝はその場で書状を書き出した。

それをすぐ傍で見守るリリーブライト妃。


ベッドの上では未だ手を握り合ったままのメアリーローズとアレハンドロが、展開の早さに戸惑いながらも、どうやら自分たちは別離しなくてよさそうだと確かめ合っていた。


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