2-10
「・・・そういうことでしたのね」
ドアにもたれ掛かり、ティアンナは大きく息を吐いた。
隣には同じくドアにもたれかかるウィリアム・マクライネン。
・・・メアリーローズが運び込まれた救護室の前で、パートナーを無くした二人は対峙していた。
ティアンナは自分を捨てて皇女との結婚を望んだ男を一瞥すると、ドア越しに聞こえる皇室の面々の会話に耳を傾けた。
隣の男は白い顔をしていたが、ティアンナ同様静かに事の成り行きに聞き耳を立てている。
思いもよらずメアリーローズとアレハンドロが上手くいきそうで、さらに自分たちの名前も出され困惑していたが、ついにこの場で全ての答え合わせが成った。
ウィリアムはなおも紙のように白い顔で、吹けば消し飛びそうなか細い声でたった一言、
「・・・申し訳なかった」
とだけ呟いた。
「どこが?」
ティアンナは即座に聞き返す。
しばし黙り込んだウィリアムは意を決したように、
「・・・手紙を・・・返さなかった」
とだけ絞り出した。
鼻で笑って「お話になりませんわね」と一蹴したティアンナ、未だウィリアムとは目を合わせない。
「す、すまない、
皇女との結婚を望んだ訳ではないんだ。
あなたに望まぬ結婚を強いたくなかった。
俺のせいで犠牲にしたくなかったんだ」
「そういうことじゃありませんわ」
「だ、駄目か」
ウィリアムはひたすら考え、そこらを歩き回り、突然跪く。
「ティアンナ嬢、俺は貴女を想っている。
その想いがぶれたことはこれまでない。
どうか信じて欲しい」
ウィリアムは必死で懇願するも、ティアンナは未だ顔を背けたままだ。
「ま、まだ俺は足りないのか」
何だ、何が足りない、と再び考え始めたウィリアムに、ティアンナは一言投げかけた。
「わたくし・・・当て馬は三度目ですの」
「当て馬・・・?」
「レイフォード様とお義姉様、
ギルバート様とゴーシュ伯爵令嬢、
そしてアレハンドロと皇女」
それらはティアンナを踏み台にして、結ばれていった恋人達のことだった。
「正直惨めですわね。
向き合っていたはずのわたくしの前を、
素知らぬ顔で通り過ぎて、
ただ一人の女性の手を取るんですわ」
ウィリアムが何と返して良いか分からぬまま、ティアンナは続ける。
「アレハンドロが私の手を振り払って、
倒れ込む皇女に掛け寄ったとき。
どうしようもなく惨めでしたわ。
・・・分かっていたはずなのに」
「…察して余りある」
「わたくしは選ばれない。
ずっと気高くあろうとしてきたけれど、
どうしようもなく惨めなの」
「そ、そんなことはない、
現に俺は貴女を」
「一度も言ってくれたことはなかったでしょう?!」
そこでウィリアムは初めてティアンナの顔を見た。
白い頬が紅潮し、唇が薄く噛みしめられ、そして大きな瞳いっぱいに涙が波打っていた。
「ティアンナ嬢!」
思わずウィリアムはティアンナの手を取る。
再び俯いたティアンナの目からは涙の粒が弾け、握った手に落ちた。
「貴方がいくらわたくしを想ってくれても、
いくら守ろうとしてくれていても、
貴方はそれをわたくしに伝えてはくれない。
伝えてくれなければ、
わたくしにとっては無かったも同然ですわ。
わたくしはずっと寂しかった」
「ティアンナ嬢」
「貴方が侍女を使ってわたくしの動向を探っている間も、
わたくしの絵画を買い占めた時も、
わたくしの縁談を阻止するために奮闘しているときも。
・・・わたくしはずっと、
選ばれない寂しさを味わっていた。
今回の大会だって、
貴女が皇女と結婚すると聞いた時の、
わたくしの気持ちが分かりますか?」
その告白を聞いて初めて、
ウィリアムはようやく己の犯した罪を悟った。
ウィリアムはずっと独りよがりだったのだ。
独りで想い、独りでティアンナを守った気になって、
勝手に彼女のためになったつもりでいた。
「ティアンナ嬢、俺が間違っていた。
伝えれば良かったんだ、俺は貴女を想っていると。
今回のことだって、皇女と皇帝とのやりとりを、
貴女に伝えれば良かった。
振られることを怖がった俺の自己満足だった」
握った手を増やして両手を包み込み、ウィリアムは続ける。
「恋に落ちるのは自分だけの心だ。
だが、その先を望むならば、
俺はあなたと向き合うことを恐れるべきではなかった。
言葉を尽くすべきだった」
ウィリアムは請うようにティアンナをのぞき込む。
ようやくその大きな瞳がウィリアムを映すのを見て、少し安心した。
だがまだ足りない、話さなければ。
「・・・あなたがわたくしを想ってくれていると、
信じるよすがが、わたくしには無かった」
「仰るとおりだ。
俺は自分が格好付けることばかり考えていて、
あなたの心を思いやる誠意が欠けていた」
「わたくしは、わたくしは、
たくさん手紙を送ったのです。
あなたが何をしているか、
わたくしが何を考えているか、
色んな言葉を交わしたくて」
「申し訳ない、すべて大切に取ってある。
返事もすぐにすれば良かった。
たとえ良くない話でも、
言葉の使い方を慮れば良かっただけの話だった」
「寂しかった、悲しかったのです。
貴方がまたわたくしから去ってしまうと思って」
「すまない、本当にすまなかった。
俺の心はずっと貴女に捧げたままだ」
「受け取った覚えがありませんわ」
「ぐっ、そ、その通りだ。
ずいぶん遅くなってしまったが、
今俺の心を受け取ってくれないか。
ティアンナ嬢、俺は貴女を想っている。
もし貴女が俺の心を受け取ってくれるならば、
貴女を再び孤独にしないために言葉を尽くすと誓おう」
「…悪いことがあっても、
隠さず教えてくださいますか」
「ああ、約束する」
「ティアンナのことが重くなっても、
すぐ去らずに向き合って頂けますか」
「貴女の事を重く思うことはないが、
何か問題があればまずは話し合うとしよう」
「子供はナニーに任せずにふたりで育てたいのですけれど、
協力してくださいますか」
「…ん?もちろんだ、
どうやら帰国できるらしいから、
仕事は最大限調整しよう」
「マクライネン家は膝が悪い家系と聞いていますが、
もし貴方が膝を痛めたら家を改修してもいいですか」
「なぜそれを…
ああ、ありがとう、貴女の気遣いが嬉しい」
「アミー嬢とは姉妹として仲良くしたいのですけれど、
お許し頂けますか」
「もちろんだ、え、あ、姉妹?」
色々違和感マシマシのウィリアムは、見つめるティアンナの瞳が何か言いたげなことにようやく気付いた。
男ウィリアム・マクライネン、
もしや今が人生の正念場なのではあるまいか。
ロケーションは医務室の扉前、
背景は白い壁と廊下。
お世辞にも良いとは言えないが、先ほど「格好をつけない」と誓ったばかりだ。
こほん、とひとつ咳払いをし、
姿勢を正し改めてティアンナの前に跪く。
「ティアンナ・オーブリー嬢。
このウィリアム・マクライネン、
先の人生の幸福をあなたと分かち合いたい。
どうか、私の伴侶となってくれないだろうか」
ティアンナの目尻が安堵に和らぐ。
やはりそうだ、自分たちは交流が始まって日が浅い。
言葉にして確かめ合わないと、彼女の不安は拭えない。
それを怠っていた己の愚かさを実感し、ウィリアムは猛省した。
「貴女のその芯の通ったところも、
苦境を経てさらに強く前に進むところも、
その裏の傷つきやすい温かな心だって、
俺はこの上なく尊いものだと思っている。
これまでの男が貴女を選ばなくたって、
俺には貴女が唯一の人だ。
どうかこの手を取ってほしい」
ティアンナは強く目を閉じ、眉間に皺を寄せ、
そして一度だけ深く頷いた。
「……うれし、い」
長いまつげを伝って次から次からしたたり落ちる涙を隠すように、ティアンナはそのかんばせを両手で覆って隠す。
ウィリアムはその手をそっと退けると、自らの掌でティアンナの涙を拭った。
「ティアンナ嬢、隠さず見せてほしい。
俺はこの涙を一生覚えていなければならない」
貴女を今後、不安にさせないために。
そう真剣に言ったウィリアムの優しい視線に、
ティアンナはようやく、目尻を下げて笑えたのであった。
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「収まるところに収まったわねえ」
「その節はご心配おかけしました」
令嬢達はシャンパングラスを掲げ、かんぱーい、とその日何度目か分からない音頭を取った。
もはや恒例となりつつあるオーブリー家パジャマ晩酌。
今回はケイナ・ティアンナ義姉妹に加え、アミー・マクライネン公爵令嬢、キーラ・ゴーシュ伯爵令嬢、レティシャ・ウィンダム伯爵令嬢、ミンディ・ヒルトン子爵令嬢、そしてこの国の社交界におけるニューカマー、メアリーローズ第三皇女という豪華メンバーである。
「いつの間にか大所帯になったわねえ」
ティアンナはすっかりいっぱいになった部屋のソファを眺めて目を細める。給仕する人数が増え、侍女であるチョウさん姉妹も大忙しだ。
「最初はお義姉さま。
そしたらお義姉さまの養子入りにアミー嬢が反発して、
わたくしごと悪い噂を立てられて」
「本当にすみませんでした」
潔い詫びを入れるアミーに、「気にしてませんわ」とひらひら手を振るティアンナ。
「お詫びに殿方を紹介するよう頼んだら、
当て馬にされるわ不良債権押しつけられるわ、
お見合いの口実にされるわ散々だったけど」
「本当にすみませんでした」
次ぎに頭を下げたのは令嬢たちだ。
「みんな収まるとこに収まったし、
結果オーライなのかしらね」
あの後、無事にウィリアムとカイの帰国が許可され、ついでにウィリアムとティアンナの婚約も整った。
メアリーローズの留学も許可され、足の療養をしながら令嬢たちと共に勉学とリハビリに励んでいる。男爵位を得るまでまだ公表はされていないが、アレハンドロと一緒になることは国の承諾を得たらしい。
「まだ収まってない人のこともお忘れ無く」
まだ婚約者のいないアミーとレティシャは頬を膨らませる。なんとミンディは4度目の婚約中である。過去3回は詐欺師や既婚者に入れあげてしまった「見る目のない」彼女だから、うまく行くかは分からないが。
「アミー嬢はうちの兄はどうなの?
優勝するくらいの相性なんだし」
「あれはたまたまよ。
2冠のあなたには負けるわ」
そう、先日のダンス大会、『愛嬌の踊り』部門でアミー・カイそれぞれが優勝を飾ったのである。ちなみに2冠とは、ティアンナが『輪の踊り』と『闘牛の踊り』で優勝した。
ちなみにアレハンドロは『輪の踊り』で、ウィリアムは『闘牛の踊り』で優勝している。
開催国のアドバンテージがあるとはいえ、なんだかんだスペック高すぎである。
「でも確かに、侯爵家に降りられるし、
この国ならみんなと一緒にいられるし、
カイ様とっていうのも悪くはないわね」
「そっか、公爵令嬢っていえば他国に嫁ぐこともあるのね」
元平民の踊り子、メアリーローズ皇女がため息交じりで言う。
「むしろうちの国は王女がいないから、
自国に留まれる可能性のほうが少ないわよ。
やだなぁ、この国にいたいわ」
「だったらやっぱりカイ様じゃない?」
「乗ってくれるかしら、この話」
「でもあの人、押したらいけそう」
やいのやいのと恋の話(?)は盛り上がる。
ー歓談が盛り上がる中、
こっそりとケイナはティアンナに耳打ちした。
「あのね、ティアンナさん」
「どうしましたの?お義姉さま」
「色々あったけど、
こうしてみんなが笑っていられるのは、
あなたがとても素敵な人だからよ」
思わぬ褒め言葉にフリーズするティアンナに、さらにケイナは言う。
「貴女は本当に素敵な人。
強くて、優しくて、脆くてやっぱり強い。
貴女だから、周りに人が集まるの。
幸せになって、私の大切な義妹」
その言葉に、少し酔いの回ったティアンナの涙腺は崩壊した。
「おねえさま~~~!!」
珍しくわんわん泣くティアンナに、最初に反応したのはチョウさん(侍女)である。
「いかがなされましたお嬢様!!
季節のフルーツはまだたんまりございます!!」
令嬢たちも、
「ケイナさん、何したの?!
ほらティアンナさん、チョコ!」
「こっちにはチーズもありますわよ!」
と大騒ぎである。
ー…貴族令嬢にとって、婚活は戦である。
己の将来の大部分が決まってしまう、
失敗できない大きな勝負。
窮屈に思うこともある。
理不尽に思うことすらある。
婚活戦士であったティアンナは、
孤独な戦いの中でいつの間にか仲間を得た。
『頑張ってきて、良かったのかも知れない』
何度も空回りして、何度も悲しい思いもした。
でも、その度に何かを得た自分がいた。
ティアンナは思うのだが、
結婚相手に人生を規定されるほど、もう自分を含めた女性たちは弱くないのではないか。
女性たちにも戦いを駆け抜ける力はあり、
その力があれば、何なら自分の手で人生を切り開ける。
でも、恋に夢見る自分たちを、嫌いにはなれない。
『悪くないわね、こういう自分も』
令嬢達の夜は更ける。
これにてティアンナの婚活戦、
一旦幕引き、である。
その後の話は、また今度。




