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【外伝】ティアンナ戦記〜ロード・トゥ・ザ・ウエディングベル〜  作者: wag


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2-8

闘牛の踊り子たちにとって、フロアは己の命を賭けた戦場である。


高らかなファンファーレが天を突き、かき鳴らされる勇壮な行進曲に合わせ、熱狂の死闘を心待ちにする民衆たちの足踏みの地響きが轟く。


「さあ、やってやりましょう」

「ああ」


大きく背の開いたタイトな黒の上半身に、裾に向けて深紅へのグラデーションの乗ったたっぷりの布地を使ったドレスに身を包んだメアリーローズは、パートナーであるウィリアムの手を取りコールを待った。


「メアリーローズ・ウィリアム組」


未だ馴染まぬ新たな名を呼ばれ、どこか胃の辺りに違和感を覚えたまま、それでもメアリーローズは胸を張る。


私は踊り子。

誰よりもしなやかに、誰よりも力強く。


ひらひらとこのフロア中を挑発する真っ赤な花弁になってみせる。


やってやる。


少し汗ばんだウィリアムの手を握り直し、メアリーローズは勝ち気な笑顔を作り、そして脚を踏み出した。



ーーーーーー



「来た来た!!皇女だ!!」


関係者席と呼ばれる割と良い席でフロアを睨み付けていたケイナは、お目当てのうちの一組がコールされ興奮で隣の男の二の腕を叩いた。


「ええ、来ましたね」


バシバシ叩かれても大して動じていない、ケイナの婚約者レイフォードはやや緊張の面持ちだ。


二人は王宮事務官としてここしばらく馬車馬のように働き、そのご褒美として今日の日のちょっと良い席での観戦券を手にした。


ティアンナも気になるが、先に出てきたのは皇女組だ。


数組のペアが同時に踊るこの大会、『闘牛の踊り』では皇女とティアンナの組が分かれた。

ティアンナはこの後だ。



すべてのペアがコールされポジションに付き、フロアが静寂に包まれる。



…バンドの第一音が鳴ってからフロアが躍動し、また静寂となるまで、ケイナは息をするのも憚られるほど圧倒された。


皇女の美しい筋肉や身のこなし、華麗なターンも素晴らしかったが、なによりウィリアムだ。


「あの人あんなに踊れるの…?!」

「言ってたでしょう、敵なしと」


ウィリアム・マクライネンの実力を、ケイナは舐めていた。

てっきり皇女のオマケみたいなもんだと思っていたが、とんでもない。

軍人時代を想像させる芯の通った姿勢、勇猛を超えていっそ獰猛なほどの気迫。


パートナーである皇女を一枚の布地として自在に操り、目に見えぬ敵に立ち向かう姿はその一挙手一動、指先の機微に至るまで観衆の目を引いた。


『闘牛の踊り』は男性が主役の物語と言う者がいるが、なるほど納得であった。



「まさにマタドールね、

 あんなに覇気のある人とは思ってなかったわ。

 というより、むしろ皇女よ。

 なんか正直・・・あんま大したことないような」


「そうでしたね。

 確かに上手いですし目を引きますが、

 アレハンドロの話とはちょっと差違あるような」


「迫力あるラテン美女だってのは分かるけどねえ」


揃って首をひねる二人であった。



ーーーーーーーーーー


「さあ、次の組ですわよ」


ティアンナは軽くジャンプして身体をほぐしながら、パートナーであるアレハンドロに声をかける。


「あ・・・えぇ、そうですね。

 いよいよです」


先ほどまで袖から他組の演舞を偵察していたアレハンドロが、心ここにあらずといった様子で生返事をする。


「アレハンドロ」


ティアンナはアレハンドロの長身にずいと詰め寄り、揺れる彼の両目をじっと見据える。


「集中を欠いたら、それはプロ失格ですわよ。

 ・・・わたくしを見なさい」


その言葉に導かれるようにティアンナな大きな瞳を捉えるアレハンドロ。


そしてティアンナはその白魚のような華奢な手をそっと彼の両頬に添えると、


「・・・アレハンドロ」

「ティアンナ嬢・・・」


振りかぶってバチーン!!


といい音をさせて彼の頬を打った。


「自省なさい」

「ハイ申し訳ありません」


頬を押さえてしゃがみ込むアレハンドロ、しかしその目は先ほどと違い冷静さが戻っている。

ティアンナは己のドレスの裾を振りながら、軽いステップを踏み、足首を回す。

大きく息を吸い、吐く。


「私たちが今から向かうのは、

 子供だましじゃない戦場ですわ。

 うかうかしてたら・・・

 容赦なく殺りますわよ」


アレハンドロも立ち上がり、屈伸運動をして己の戦場となるフロアを睨み付ける。


「その通りだ。

 ティアンナ嬢、ありがとう。

 目が覚めたよ」


『ティアンナ、アレハンドロ組』


そしてコールが鳴り響き、


「参りましょう」


「ええ、参りましょう」


二人は勇ましく、フロアへ足を踏み出した。



ーーーーーーーーー



「来た来たァ!!

 ティアンナさんよ!!

 ティアンナさんー!!頑張ってー!!」


観客席のケイナが大興奮でレイフォードの二の腕を叩く。


二人は堂々と胸を張り、決して駆け足になることなく歩調を合わせ、まるで行進のように勇ましく入場してきた。


「仕上げてきましたね」


レイフォードもその様子に腕を組み、前に身を乗り出す。


ポジションにセット、そして静寂。


軽快なカスタネットの刻むリズム、そして高らかな金管楽器の旋律。



「お、おぉ・・・?!」



パソドブレは闘牛の踊り、男性がマタドール、女性が闘牛士の振る布地を表現すると言われ、ラテンカテゴリの中では比較的男女がホールドした状態で踊る時間が多いジャンルだ、とケイナは認識していた。


しかし二人は違う。


おおよそ向き合って対峙し、アレハンドロが妖艶に挑発し、ティアンナが姿勢を低く足を踏みならして躍動する。


そしてティアンナの衣装。


上半身が鳥のファーを使って腕にボリュームを出したブラウンのデザイン、そして紅のスカート部分。


「牛・・・?!

 牛のほうなの、ティアンナさん・・・?!」


そう。彼らの『闘牛の踊り』は「マタドールの華麗な演舞」ではなく、「牛と闘牛士の死闘」のほうを表現していたのだった。


どのアクションも常にティアンナ側から先に踏み出し、アレハンドロがそれを優美に躱す。組んではほぐれ、また向き合って挑発を繰り返す。


そしてティアンナ牛の猛攻を余裕のある表情で躱していた闘牛士アレハンドロ、曲の終わり際にその表情を豹変させた。攻撃的に犬歯を剥き出しにしティアンナに向き合うと、大きく足を踏み出しその右手をティアンナの脇へ一突きする。


鮮やかな一閃。


その刹那、闘牛士の鋭い一撃に身体を貫かれたティアンナ牛は全ての動きを止め、力なくその身を倒す。


それをアレハンドロが大切な宝のようにスマートに受け止めたところで、曲は止まった。



「ブ・・・ブラボー!!」


思わずケイナは誰よりも早く叫び、立ち上がる。

それを呼び水に観客席から次々にブラボーと拍手のウェーブが巻き起こった。


「あれ、あのティアンナって方、

 先日の輪の踊りとは雰囲気が全く違いますわね」

「まったくだ、どんな柔な闘牛になるかと思ったら」

「まさしく怒れる雌牛でしたわ」


観客の中からそんな声が聞こえてくる。

牛に例えられて喜ぶ淑女はそういないだろうが、今はそれが最大級の賛辞なのである。


ケイナは手を振って退場していく義妹を誇らしく眺めた。


ーーーーーーーーーーー


選手が集う控え室の廊下で、メアリーローズは物陰から腕を引かれて驚く。


「…アレハンドロ」


暗がりになった脇道には険しい顔のアレハンドロ。

メアリーローズの二の腕を大きな手で掴んだまま、こちらを睨み付けている。


「…やっただろ、アドリアナ」


アドリアナ。数ヶ月前までの己の名。捨てたはずのその名を呼ばれ、どこかで安堵する自分がいる。


「何よ、いきなり」


「右足首。やったんだろ」


やった、とは。詳しいことを話さずともわかり合えてしまうくらいには、この男との時間は長かった。そう、それはほとんどこれまでの半生すべてと言って良いくらいに。


「ちょっとね」


メアリーローズは昔、右足首を酷く怪我したことがあった。ステップを踏んだ途端にバツン、と大きな音がし、足首の後ろの腱が切れかかったのだ。


幸い腕の良い医師が繋ぎ治してくれ、今に至る。だが無理をすると痛むことがあり、アレハンドロはメアリーローズの練習量をいつも管理してくれていたのだった。


「いつだ」


「数日前よ。

 誰かさんが『流麗』に出てた日」


アレハンドロとティアンナの耽美な『輪の踊り』を見てしまったあの日、メアリーローズは少々荒れていた。無茶な練習をして、そして案の定痛めた。


「無様だったでしょ、今日の『闘牛』」


「まあな、精彩には欠いていた」


「今日はもう休むから大丈夫よ。

 明日の跳躍は負けないわ。

 そちらの可愛らしいお嬢さんは?

 今日はずいぶんやってくれたじゃない」


そう問うと、アレハンドロは虚を突かれたように目を見開き、嬉しそうに笑った。


「良い出来だっただろう?

 彼女は根っからの闘士だからな」


その照れくさそうな笑顔がメアリーローズの腹を重くし、口角が下がる。


「見てれば良いわ、『跳躍』はそうはいかない。

 世間知らずの貴族のお嬢さんが、

 付け焼き刃の練習で着いてこれるもんじゃないでしょ」


「まぁ、そうだが。

 俺たちは俺たちの良いダンスをするだけだ」


その言葉に胃が暴れ出す感覚を覚えたメアリーローズは、掴まれたままだった二の腕を乱暴に奪い返し、何も言わずにその場を去った。



・・・アレハンドロの口から出る「俺たち」の中に、

自分が含まれないことなど、これまでなかった。



ぎりりと奥歯が軋む。


メアリーローズは歩きながら器用にヒールを脱ぐと、廊下を裸足で歩き出した。


『ああ、このまま外に行きたい』


『川に行って飛び込むの。

 そうすれば頭も身体も冷える』


『みんなはもういない、ひとりで』


『寂しい』


メアリーローズの心を去来する感情の断片が、彼女の足を止める。


『・・・アレハンドロ』


そこはちょうど、自分たちの控え室の前だった。


メアリーローズは空虚な気持ちのまま、そっと扉を開ける。


そこには、


「遅かったですね」


じろりとこちらを睨めつける、パートナーであるはずの男。

ウィリアム・マクライネンが、機嫌が悪そうに椅子に掛けていた。


『アレハンドロ、私、

 どうして泣きそうなんだろう』


メアリーローズはしばらく、その場に立ち尽くした。

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