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「ごきげんよう、紳士淑女のみなさま」
通されたその人物は、扉をくぐるなり膝をつき深く頭を下げ、歌うような調子でそう声を張り上げた。
代表してカイが答える。
「頭を上げてください。
あなたは一体?」
問われて顔を上げた客人は、褐色の肌に金の瞳の映える美丈夫だった。
金のウェーブがかった短髪の中にさきほどのタッセルの耳飾りの片方が揺れ、立ち上がったその長身はシャツの上からも分かる引き締まった筋肉に包まれ、まるでしなやかな馬のような男だ。
「私はアレハンドロ。
こちらの紋章を許されてはいますが、
皇室の者ではありません。
どうぞお楽になさってください」
そう言われてあからさまに態度を崩すものはここにはいない。
チョウさん姉妹に命じて新たなティーセットをサーブさせると、着席を促した。
「で、本日のご用件は」
「・・・こちらの淑女の中に、
ウィリアム・マクライネン様と懇意のお嬢様は?」
他の面々はそれぞれ顔を見合わせる。
「マクライネン公爵令息と繋がりのある者はいるが、
貴殿の目的を先に聞かせて貰おう」
カイが明確には答えぬまま続きを促す。
「・・・率直に申し上げます。
私と組んで、競技ダンス大会に出て欲しいのです」
「・・・ほう?」
興味深そうに声を上げたのはティアンナだ。
「我が国のメアリーローズ第三皇女と、
貴国のウィリアム・マクライネン公爵令息。
ふたりが組んで大会に出るのはご存じですか」
皆は頷く。
「では、皇女が優勝した暁には、
褒美として婿に望むということも」
「・・・どうやらそうらしいね」
「阻止したいとは思いませんか。
マクライネン公爵令息には懇意の女性がいると聞きました。
きっとその方なら、志を共にしていただけるかと」
「志を共にって…あなたも阻止したいってこと?」
アミーが問う。
アレハンドロは胸元から一枚のチラシらしきものを取り出し、広げてみせる。
「これは…劇団の公演チラシ?」
「はい。
中央に描かれる踊り子が、
当劇団の看板であった現側妃のリリーブライト妃です。
こちらを見てください」
大きく描かれたリリーブライトの横、向かい合って踊る一組の男女が少し小さく描かれている。ふたりともよく日に焼けた艶めく肌、そして女性は黒髪、男性は金の髪。
「あなたと皇女ね」
「その通り。僕は長年、
劇団で皇女とパートナーを組んでいました。
劇団で長く旅をし、
数えきれぬほどのステージを踏んできた。
あの皇女…元の名をアドリアナといいます。
彼女は僕の幼なじみであり、兄妹のようでもあり、
唯ひとりのパートナーなんだ」
アレハンドロはかぶりを振って嘆く。
「カタリナ…彼女の母が皇帝に見初められてから、
僕ら劇団の生活は一変しました。
側妃の家族同然として皇宮に召し上げられ、
皇室の紋章を許され、代わりに旅に出ることはなくなった。
…アドリアナとはもう踊れなくなりました。
皇女とただの庶民の踊り子がパートナーだと、
外聞が悪いですから」
「続けて」
「…はい。
アドリアナが根っからのダンス馬鹿で、
並々ならぬ情熱を持っている事は重々承知です。
だからって、ひどいとは思いませんか!
皇女になって、我が儘三昧許される身分になって、
ちょっと顔がよくて踊れる身分の高い男を見つけたら、
『お父様、婿が欲しいわ』なんて!!
あいつは姫君になっても踊る気なんだ!!
俺を捨てて、すっかり次の男とね!!
だから俺は、正々堂々とダンスの場で、
あいつと勝負することに決めたんです。
このまま忘れられたのでは悔しくて仕方が無い」
「なるほどねえ」
のんびりとケイナが言う。
「お前のパートナーだった男はこんなに踊れるんだぞ、
逃した魚は大きかろうと見せつけたかった。
そしてどうせパートナーに選ぶなら、
あのいけすかない公爵令息の想い人をスカウトしようと」
「なんかちょいちょい上から目線よねえ」
気に食わないわ、とアミーが吐き捨てる。
「アレハンドロ、話は分かりました。
でもあなた、皇女の結婚を阻止したい、
とまでは思ってないように見えるけど」
ティアンナが突っ込む。
「…それは。
彼女と僕はもう、身分が違いますから。
僕がどれだけ踊れようと、
皇女となった彼女と再び踊る日は二度と来ない」
うなだれたアレハンドロに、ティアンナは何を思ったかさらに追い打ちをかける。
「まどろっこしいわね。
あなたね、本音が隠せていないのよ。
…言いなさい、皇女を愛していると。
奪い返したいと、そう言いなさい」
アレハンドロは弾かれたように顔を上げ早口で言う。
「そんな皇女になった彼女に対して僕のような庶民が」
「やかましい!!」
ティアンナは吠える。
「言いなさい!!
じゃないと協力してあげないわよ!!」
「は、はい!!
俺はアドリアナを愛してる!!
ポッと出の坊ちゃんになんかくれてやるもんか!!」
「よく言ったわ!!」
「ありがとうございます!!」
何やら突如始まったスポ根劇場を横目に、他の面々は鼻で笑う。
「あ~、何だか面倒くさそうな予感」
アミーが疲れたように肩を落とす。
「と、とりあえず、
俺たちはもうお役御免でいいかな…?」
心底帰りたそうなヒューとフリンをハンカチを振って皆で見送ると、
「やるわよ!!」
「はい!!」
なんだか燃え始めた二人を眺め、深いため息をついたのだった。
ーーーーー
「ティアンナ様に、手紙を送られるべきでは?」
傍に控える諜報員(侍従)が、ベッドに仰向けに力なく沈み込むウィリアムに投げかける。
「こんな情けない話、彼女に言えるものか」
己の瞼の上に腕を落とし、ウィリアムは嘆く。
『あなた、結構いい体格してるわね。
「闘牛の踊り」はできる?』
外交官として新たに皇室に加わった側妃母子に謁見した際、真っ先にそう言われたのが始まりだった。
その場で皇女と組んで踊らされ、何を気に入ったかその後事あるごとに皇女のお付きとして皇宮に呼ばれる羽目になった。
挙げ句の果てに、競技ダンス大会の報せが舞い込むなり、
皇女に皇帝の私室へと連れて行かれ、
『お父様、
私、とびきりダンスが上手い殿方と結婚したいの。
それが私に相応しいと思わない?
ね、今度の大会で優勝したら、婿にくれる?』
と腕を組んで言われてしまったのだった。
皇帝は苦虫を噛みつぶしたような顔をし、
『し、しかし、メアリーローズよ、
その男は弱国とはいえ公爵家嫡男。
簡単に婿というわけには』
と一応止めてくれた。しかし皇女は止まらない。
『だから、タダにとは言わないわ。
もし私が優勝できたら、よ』
その後もおねがーい、おねがーい、とまるで懐いた猫のように皇帝におねだりを繰り返す皇女に、ついに皇帝も折れた。
『ウィリアム・マクライネンよ』
『は』
皇帝直々にひとり呼び出され、威圧マシマシで凄まれる。
『儂は可愛いメアリーローズの婿を決めるのには、
まだ早いと思っておる』
『は』
『その様子だと、
おぬしもあの子と結ばれたい訳ではなかろう。
だが儂も親として、あの子を喜ばせてやりたい。
そこでだ』
『は』
『おぬし、此度の大会、全力で挑め。
手抜きなど許さん。
上手くやれば望まぬ婚姻は回避してやろう。
優勝でなくとも、メアリーローズが笑顔なら良い。
もしメアリーローズが納得できる結果でなかったならば』
ひらり、と一枚の肖像画を皇帝はウィリアムに見せつける。
そこに描かれているのは、一人の嫋やかな女性。
『ティアンナ・オーブリーといったか。
おぬしの長年の思い人』
『!!』
『帝国を挟んで反対側の国にな、
嫁取りに苦労している貴族がいる。
ティアンナ・オーブリー…良いではないか。
皇帝として縁談を斡旋するのも悪くない』
『おやめください!!
どうか、彼女を巻き込むのは!!』
『ならば全力で挑め。
メアリーローズを満足させるのだ』
ではゆけ、と皇帝の部屋を追い出されたウィリアムは、その日からメアリーローズ皇女の許に毎日のように呼び出されるようになったのであった。
そして誤解を生む状況であると分かっていても、どう言い訳しても苦しくなる気がして、結局ナヨナヨずるずるここまで来てしまった。
「で、結局どうされるおつもりです」
「無論だ。
優勝は私たちがもらう。
そしてティアンナ嬢を帝国の手から守る」
だからそれを伝えれば良いのに、という侍従のぼやきは届かない。
所詮ヘタレであるウィリアムは考えることを放棄したのだ。
だいたいそういう時は状況が悪化すると、相場は決まっているのに。




