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「俺も出るのか?まあいいが」
帰国するなり妹軍団に捕まったカイ・オーブリーであったが、これっぽっちも嫌がる素振りなく出場を快諾した。
「カイ様は踊れるの?」
まだあまりお互いを知らないカイとケイナであるため、多少失礼ではあるが確認が入る。
「このお兄様、
こんな感じだけど意外とハイスペなのよ。
大概のことは人並み以上にできるわ」
「さっすがティアンナさんのお兄様」
あのろくでなし両親からどうしてこんな兄妹が産まれるのか。養女であるケイナは心底不思議に思う今日この頃である。
「で、だ。
どうせあれだろ?
ウィリアムの婿入りを阻止しようってんだろ?」
兄に言い当てられ、顔を赤くして口ごもるティアンナ。
「マクライネン家としても看過できませんわ。
嫡男を婿に強請るなんて、面の皮の厚いこと」
「じゃあ敵を知らないと駄目なんじゃないか?
そもそもどのジャンルに出るか知ってるのか?」
「知りませんわ」
「そんなこったろうと思った。
相変わらず突っ走るんだから、我が妹は」
「面目ないですわ」
「とりあえずみんなでお茶にしよう、
俺が知ってることを共有するよ」
あっという間にその場の熱狂のボルテージを納めたカイは、チョウさん姉妹を呼び、ボールルームでの優雅なお茶会を提案したのだった。
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一方その頃。
「・・・到着しましたわね、あなたの国に」
4頭立ての豪奢な馬車が、王宮に到着する。
馬車の中では、艶やかな黒髪を流し、張りのある日に焼けた肌を惜しげも無くさらしたタイトなドレスを纏う女性が優雅に座っている。
その瞳は爛々と闘志に輝き、そのドアが開かれるのを今か今かと待っている。
「何か言ったらどうなの、ウィリアム。
・・・まだ怒ってるの?」
「当然です」
同じ馬車に乗るのは、この国の公爵令息であり、現在は隣国で任務中のウィリアム・マクライネン。ウィリアムは今回、この女性のエスコート役として帰国したのだ。
「仕方ないじゃない、
私の望みを叶えるのがあなたの仕事でしょう」
「両国の関係性を友好に保つのが仕事です。
貴女個人の従者ではない」
「だったら一緒よ。
お父様は私が満足するのが一番なんだから」
出迎えのセレモニーが始まり、歓迎の意味を込め、軍服に身を包んだ王太子クリストファーが馬車のドアを叩く。
「よくってよ」
合図とともにドアが開かれる。
手を差し出された女性は居丈高にその手を取る。
「ようこそお越しくださいました、
帝国第三皇女メアリーローズ様」
さあ、やってやるわ。
小さく呟いた女性、ことメアリーローズ皇女は、背中の大きく開いたスリットドレスから鍛えられた美しい背筋と腓腹筋をさらし、燦々と輝く日の光の中に踏み出した。
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「第三皇女ぉ?!」
ボールルームのお茶会はカイのその言葉に沸いた。
「ちょっと待ってください、
帝国には姫君は二人しかいなかったはずでは!」
王宮事務官も務める頭脳派、レイフォードが突っ込む。
「そう。第三皇女なんていなかった。
こないだまでは、な」
「どういうことなの・・・」
アミーも訳が分からない、というように頭を抱える。
「俺たちがいる帝国っていうのが、
ものすごい強国だってことは知ってるよな」
「もちろん」
だからこそ我が国も、公爵家と侯爵家の嫡男を外交官として差し出すという厚遇ぶりなのである。
「押しも押されぬ強国となった帝国は、
まあ正直暇になったわけだ」
「はぁ」
「で、遊興にふける日々なわけだが。
ある日皇帝は、一人の踊り子を見初めた」
「げ」
「踊り子を囲うだけに留まらず、
反対を押し切って側妃にしちまった」
「ひえぇ・・・」
「その踊り子には17歳の娘がいた。
それが・・・」
メアリーローズ第三皇女だ。
そう言って差し出した写真は、黒髪に褐色の肌、どう見ても皇室のメンバーとは似ていない令嬢だった。
「元は名も違ったらしいが、
輿入れの際に母子共々帝国風の名を授かったらしい」
ちなみにこれが母親のリリーブライト側妃、と新たな写真を投げる。これまた年頃の娘がいるとは到底思えない美魔女だ。
「皇帝はもう、この母子にデレデレでな。
望みを何でも叶えてやろうとするもんだから、
帝国はもう大混乱さ」
「うわぁ・・・」
本来であれば側妃輿入れは近隣諸国を招いて盛大に行うものであるが、さすがに周囲の反対にあったか、秘密裏に行われたらしい。
「それならそれで、
しれっと『前からいましたよ-』
みたいな扱いを強いる皇帝に、
正直みんなドン引き」
「でしょうねえ・・・」
「で、相手はこの第三皇女な訳だよ、
ティアンナよ」
「・・・手強いわね」
メアリーローズの写真を穴があくほど見つめていたティアンナはぼそりと呟いた。
「そ、そうなの?」
ケイナは何が分かるのかとティアンナの手元の写真をのぞき込むが、いまいちピンと来ない。
「ご覧なさいな、このふくらはぎ」
スリットから覗く引き締まったふくらはぎをトントン、と指し、ティアンナは唸る。
「加えてこの位置の高いヒップ、
そしてしなやかな背筋のライン。
・・・これは相当鍛えているわ」
あけすけに女性の身体のことを言われ、カイ以外の男性陣は気まずそうに顔を逸らす。
「さらに言うと。
踊り子の娘ということは、
皇女ももちろん?」
「踊り子さ。
ステージでの経験は抜群に豊富だ」
「やはりね。得意ジャンルは?」
「『闘牛の踊り』、そして『跳躍の踊り』」
「げえ」
今度はアミーが嫌な顔をする。
「我が国ではあまり踊られないジャンルですわね」
「そうなの?」
ケイナが首をかしげる。
アミーが親切にも解説を始めてくれた。
「競技ダンスはおおまかに2つのカテゴリに分かれるんですの。
『流麗』と『情熱』のふたつ」
「ど、どっかで聞いたような・・・」
「『流麗』は表情を崩さず、淑やかに優雅に、
流れるような動作が良しとされるカテゴリで、
我が国の夜会でよく踊られるのはこちらね」
「ほうほう」
「『情熱』は感情を抑えず、身体を躍動させるカテゴリ。
帝国のような武力国家や、
皇女のように芸術として踊る人に好まれるの」
「うーんやっぱり既視感」
「見てみる?」
「ぜひ!」
アミーはそう言うと、壁際に控えるチョウさん姉妹を呼びつける。
「『闘牛の踊り』か『跳躍の踊り』、
踊れるかしら」
「無論でございます」
チョウさん(姉)はそう言うと、姉妹で小声で相談し合う。
「音が欲しいですわね」
アミーがボールルーム備え付けの蓄音機横の棚からレコードを漁り、
「これ!どうかしら」
とかけた音楽は、力強い2/4拍子の、何かの行進を思わせるリズム。かき鳴らす弦楽器の音が扇情的だ。
「・・・うーんやっぱり聞き覚えが」
頭の中のどこかに引っかかりを覚えるケイナをよそに、チョウさん姉妹の準備が整ったようだった。
「私(姉)が男性役」
「そして私(妹)が女性役でございます」
「『情熱』カテゴリから『闘牛の踊り』、
ご覧に入れましょう」
うん、と皆が頷いたのを見、ダンスが始まる。
男性は力強く肩肘を上げ胸を張り、何かを操るような勇敢な表情。リズムに合わせて踏みならす足音。女性も同様に足を踏みならすが、まるで自身が男性の衣装の一部であるように身をしなやかに翻し、男性のダイナミックな動きに身を任せて情熱的に舞い踊る。
「こ・・・これは・・・」
ケイナはようやく既視感の源に近づく。
「続いて、
同じく『情熱』カテゴリより『跳躍の踊り』」
軽快でテンポの速い音楽に切り替わり、二人は手を合わせてホール中を跳ね回るように踊る。表情も非常に豊かで、足を高く上げ全身を伸ばしては縮め、まるでゴムボールのように楽しそうに跳ね回っている。相当運動量の多い踊りだ。
「いかがでしょうか」
それぞれ一節踊り終わったチョウさん姉妹に、ねぎらいと賞賛の拍手を送る面々。
ケイナはひとり呟いた。
「『パソドブレ』と・・・
『ジャイブ』だ・・・」
「なんて?」
ティアンナが聞く。
「いや、私の世界にも似たようなダンスがありまして」
「あら!じゃあ出る?」
「出ません!踊ったことないもの!」
「ざんねん」
「『流麗』と『情熱』・・・
『スタンダード』と『ラテン』・・・」
だいたい分かった、と納得するケイナの元に、こっそり入ってきた侍女が耳打ちした。
「お客様?」
「はい、お嬢様に合わせろと、こちらを持って」
侍女が預かったものは何かのチャームが付いたタッセルの耳飾り。
「これ・・・」
隣に座るレイフォードにチャームを見せると、その刻印に驚いた顔をする。
「これは帝国の刻印ですね。
カイ様、どうされますか」
「どうもこうも、追い返す訳にはいかないだろうね」
誰が来たかは知らないが、失礼ないようにしないとね、
と、改めて気合いを入れる面々なのであった。




